閑話70・『祟木は女を落とすのは上手、ヤクザのようなやり口』

一部が翻弄される様を内側で眺める、外の景色は自身の目を通した映像として伝わる、キョウが狂って壊れてゆく様を眺めるのは何よりも悲しく何よりも美しい。


しかしまさかエスコート役に自身が呼ばれるとは思わなかった、灰色狐やユルラゥは女性に寄った人格のキョウと相性が良い、知能レベルが同じで波長が合うのだろう、その二人で良いだろうに。


秋入梅(あきついり)、長い雨が世界に降り注ぎ続ける、伝統的な建造物群で構成された古都は学術的にも興味がある、傘を遊ばせながら立ち止まりたい衝動に駆られるがお姫様が許してくれない。


泥で出来た特殊な建造物、泥の中にはテロンと呼ばれる木の破片が練り込まれている、これによって強度を底上げしているのだ、表面の材質は全て泥なので一年に一度は街の皆で塗り直しを行うらしい。


「祟木ィ!おそぉーいぃ!」


甲高い声、雨の音でも良く通る、昔の自分だったら学術的な欲求心に従って何時間でも建物の前で立ち尽くしていただろう、しかし今はそれも叶わない、自分の全ては声の主に支配されている。


肌に突き刺さるような冷たい雨だ、買い物を済ませたのでさっさと宿に帰りたいのか件のお姫様が名を呼びながら不機嫌に鼻を鳴らしている、小さくて愛らしい形の良い鼻、そんなに愛らしいのだから怒る為に使うのは勿体無いぞ?


想い人であるシスターは教会の仕事の都合で二日ほど留守にするらしい、今の状態のキョウを一人にしていたら何を仕出かすのかわからない、一部や信者で面倒を見ているのだがコレが中々に手強い、我儘で気分屋で癇癪持ち、フフ。


以前にササがお目付け役をしてかなり疲弊していた、あれはあれで世俗を知らない真面目な娘なのだ、今のキョウの態度を真正面から受け止めていたらそれは疲弊もするだろう、何度も何度も名を呼ぶので仕方無く歩き出す、雨の街は何処か余所余所しい。


「祟木のバカーっ、私が風邪になったらどーするの!?」


「看病するさ、お転婆姫でも眠り姫でも可愛いだろ?」


上流階級の者は傘を差す習慣が無い、馭者を呼び付けて馬車に乗るのが一般的だ、立場で言えば私も上流階級の人間に属するのだろうな、地位も名声も全て持っている、しかし傘を差すのは大好きだ、世界の常識が私には堅苦しくて思えてならない。


常識を嫌う私の前で不満を口にするのは本体であり主であるキョウ、私の故郷を狂わせて滅ぼした天命職の青年、今は少女と言った方が良いのだろうか?あどけない表情で私を見下ろしている、見た目の年齢はキョウの方が年上なのに遥か年下の妹のようだ。


買って上げた傘をクルクルと回してキョウはニッコリと笑う、雲の隙間から晴れ間が見えたかのような錯覚、エルフの要素が無い一部を吸収したせいで強制的に変化した容姿、男性を惑わせて虜にするような魔性の美しさを秘めている、出歩くだけで何人の男が呆けて立ち尽くす?


老舗の傘屋で購入したソレは一般人の半年の収入に相当する値段がした、裁断、縫製、骨組み等の一連の作業を職人が一つずつ丁寧に行っている有名ブランド、貴族の嫁入り道具の一つである日傘を専門に扱っているブランドだが普通の傘も勿論取り扱っている。


金は有り余る程に持っている……物にこだわる性質故にキョウに強請られて普通に買ってやった、しかしまさか店で一番高い傘を選ぶとは中々に計算高い、カラフルな模様をした傘はカラフルな色合いをしたキョウに良く似合っている、小悪魔に見えるぞ?


「祟木はササと違って私が嬉しいって思う言葉をすぐに言ってくれるねェ」


「アレもアレで努力はしているんだ、ほら、水溜りだ」


「きゃ」


手を引く、エルフの国で育った私は10歳の見た目から成長する事は無い、水溜りに映し出されるのは何時もの私、太陽の光を連想させる金糸のような髪、肩まであるソレを側頭部の片側のみで結んでいる、つまりはサイドポニー、手間が無くて良い。


何処かライオンを連想させるような大らかで強い黄金色の瞳はお気に入りだ、キョウにはライオンのようだと良く言われる、百獣の王とは中々に嬉しいでは無いか!赤いフレームをした眼鏡で少しは緩和されているのだろうか?肉食獣だからなァ。


デニムのホットパンツにノースリーブのトップス、開放的なファッションを好む私だが現在のキョウの格好がシスターそのものなので横を歩くのがやや心苦しい、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白でキョウの美しさを際立たせている。


「ざ、雑な扱いしたァ!祟木のアホーっ!」


「水溜りの水が跳ねて濡れるよりマシだろ?」


「お、女の子扱いしてない」


「してるさ、誰よりも何よりも大切に扱っているぞ」


「嘘だァ、物扱いしたもんっ!スゴイ乱暴に引っ張ったァ、ササだったらもっと優しくしてくれるし!グロリアだったら抱っこしてお家まで連れて帰ってくれるもんっ、ほら!腕が赤くなってるし!痛いし!」


「?私はササでは無いしキョウの想い人でも無いぞ、そもそも背丈も力も足りないからキョウを持ち上げるのは無理だ、ワハハ、非力なのは知っているだろ?」


「あ、アホー」


「ははは、チョップされても平気だぞ」


少女と幼女の組み合わせが珍しいのかルークレットのシスターが珍しいのかはわからないが周りの人間に注目されている、私もキョウも派手な容姿をしているから仕方が無いと言えば仕方が無い、この街の治安はあまり良くない、奴隷商人と思われる男も血走った目で私達を見詰めている。


雨の街は音を掻き消す、キョウの手を引いてゆっくりと歩き出す、アホーアホーと涙目で叫んでいるが無視をする、自分では丁寧に扱っているつもりだがキョウは不満らしい、もっと優しくしてと何度も口にする、宿までまだまだ距離がある。


「そんな風に言われてもな、私はキョウを大切にしているぞ?こうして手を繋いでやってるじゃないか」


「そんなの誰でも出来るもん」


言われて見ればそうだ、ササでも出来るし灰色狐でも出来る、不貞腐れたキョウは視線を合わせようとしない、真っ白い肌が少し朱に染まっているのは寒さのせいだけでは無いだろう、宇治氏もこうやって不機嫌になる事が多かったな。


何時ものキョウと違って女性寄りのキョウは甘えん坊だ、高い物を買わせてもっと褒めてと口にして些細な事で不機嫌になる、思春期の少女そのものだが強い悪癖も持っている、ササを惑わせてより自分に夢中にさせて遊んだように。


今でもこうやって不機嫌そうに唸っている、しかし誰でも出来ると言われると少し腹が立つ、生意気な想い人は生意気な言葉でしか私に甘えて来ない、もっと素直になればこちらも出来る事が沢山あるのに……そこも可愛いのだが問題はそこでは無い。


「私で遊ぶのは良いけどな、ササをあまり虐めてやるな、ササは何を仕出かすかわからん危うさがある」


「しらなーい、ササが好きでやってるし、私悪く無いし」


「そうか」


手を引っ張る、体勢を崩したキョウの手から傘が飛んでゆく、すぐ目の前にキョウの顔がある、神の技術によって創造された究極の造形美、私からこのような事をされるのが意外だったのか顔を真っ赤に染めて震えている。


恥辱、一部風情が何をしているのかと視線で問い掛けている、右の瞳は漆黒と黄金が仲良く手を取り合って螺旋状になっている、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている、両目には戸惑いと怒り。


まだまだ子供だ、私の可愛い少女。


「悪いな、ササはキョウの為ならまた人殺しを始めるぞ、何の罪も無い子供達を実験台にしてお前に捧げる」


「う、うるさいなァ」


「五月蠅いのはキョウだろ?ん」


「ん!?」


顎に手を当てて唇を奪う、口で言っても心で繋がっても今のキョウには通じない、壊れかけた精神はまともな反応を示さない、ジタバタと暴れるが無言で口内を蹂躙する。


瞳は開けたままキョウが暴れる様をじっくり観察する、その内、骨が砕けたようにヘナヘナと全身から力が抜ける、雨水が隙間から口内に入り込むが躊躇しない、完全に力が抜けるまで何度も蹂躙してやる。


周囲の視線なんて気にしない、これは私とキョウの問題で他人は関係無い。


「ぷはぁ、美味」


「うぁぁぁあ」


「ササを虐めるのはやめるだろ?なあ、キョウ」


「う、うん」


「な、私で我慢しとけ」


潤んだ瞳が私をずっと見詰めていた。


雨音は聞こえなくなった。

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