閑話68・『百合百合シスター、いえーい』

他人から見た自分を意識した事は無い、ルークレット教のシスターの美貌は完璧なモノで疑う所が無い、故に容姿に関しては驚く程に興味が無い。


同じ顔をしたシスターを手駒にする為に必要なのは外面では無い、内面だ、父親の愛情も母親の愛情も知らないシスターの多くは内側に大きな孤独を抱えている……そこを優しく抱擁してやれば良い。


同族からの抱擁はシスターをおかしくさせる、例え完璧な精神を持っていても孤独は消せない、私は多くのシスターを手駒にした、手駒にする事で私自身の孤独を埋めようとしていたのかも知れない。


「あはァ」


大好きだった青年は私と同じシスターに落ちぶれた、何も知らなかった無垢な魂は私の教育によって薄汚れてしまった、他者を支配する喜びを教える事で私と同じ存在に近付いている、キョウさんは驚く速度で学習している。


笑い声、キョウさんの声が何も無い宿の一室に木霊する、男性を狂わせる愛らしい媚び諂った声、自分が可愛い事を自覚して発する同性に嫌われる声、私の声のようでクロリアの幼い声のようでそのどれでも無い声、キョウさんの声。


男性とは思えない甲高くも愛らしい声、キョウさんが何処まで女性化しているのかはわからないが少なくともこの声を聞いて男性と答える人はいないと断言出来る、私は椅子に座りながら鏡の前で回るキョウさんを見詰める、ああ、熱心に。


それこそ思春期の少年が大好きな少女を見詰めるような熱量を持って私はキョウさんを見詰めている、キョウさんは触ったらダメと言った、今日はキョウさんに触れる事を禁じられている、自慰行為を禁止されたように私はモヤモヤを抱えたままキョウさんを見詰める。


「グロリアァ、どぉ?」


瞳に正気の欠片も無い、三日に一度のペースでキョウさんの精神は大きく崩れる、今までのキョウさんから容姿に見合った愛らしい少女の人格へ、しかし決して二重人格では無い、キョウさんはキョウさんだ、生理的な現象。


エルフを狂わせて虜にするキョウさんもセクハラ発言をして無邪気に笑うキョウさんも少女のように振る舞って私を虐めるキョウさんもたった一つの人格、エルフライダーの能力が精神を歪に変化させているだけだ、そして私にだけ支配欲を向けてくれる。


キョウさんは農民服を脱いで私の修道服を着てご機嫌だ………鏡の前で何度も姿をチェックしている、愛らしい所作、私を誘惑している、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で無垢な笑顔を振り撒いているキョウさんに似合っている。


「ァア、可愛いですよ、シスターは沢山いますけどキョウさんが一番可愛いです」


「フフ、嘘ばっかりィ、グロリアはすぐに嘘を吐くからきらーい」


「あ、改めますから………そんな事を言わないで下さい」


「きらいー、きらーい、大嫌い、『私』をこんな風にして変な目的の為に利用してるんでしょ?グロリア以外の人と旅をしようかな?」


クスクスクス、あまりの言葉に何も言えない、ベッドに押し倒してその体を貪りながら今の言葉を前言撤回させたい、屈服させたい、しかし触れる事を禁じられているし思った以上に今の言葉が効いている、心に僅かに罅が入る。


利用しているのもキョウさんを歪ませたのも全て真実だ、しかし本人の口から直接それを言われるとキツイ、普段のキョウさんが隠している本心なのでしょうか?嫌い、大嫌い、他者から口にされても何とも思わない下らない言葉。


キョウさんから言われるとこんなにも辛い、キツイ、ニヤニヤニヤ、邪笑を深めながらキョウさんは鏡の前で踊る、何の技術も無い適当な踊り、しかし恋する私には目に毒だ、しなやかに舞うその体が欲望を刺激する、私以外と旅をするだと?


男とですか、男と旅をするんですか?嫉妬、ダメだ、ダメだ、ダメダメ、あの細くて華奢な体を男の欲望が蹂躙する?想像しただけで吐きそうになる、あの肉体も生意気な事を言う桃色の唇も全て私のモノだ、私が見つけた、私のキョウさん。


「もっと褒めてくれないと嫌いになるよ?」


鏡の前で踊る事に飽きたのかトコトコとキョウさんがこちらに歩いて来る………ベールの下から見える金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている。


椅子に座っている私を舐めるように見詰める、温度のある瞳、にっこり、笑顔は何処までも眩しいのにそれに惹かれては危険だと何かが告げている、神話の中の魔性の生き物、人を誑かし毒を与えて殺してしまう。


農作業で日焼けした褐色の肌も激しい修行で刻まれた傷跡も猫科の動物を思わせるしなやかな筋肉も失ったのにその笑顔は変わらない、私が恋した青年の笑顔、だけど自分の魅力を自覚して私を虐めるような事は以前のキョウさんはしなかった。


「綺麗です……キョウさん、本当なら誰にも貴方を見せたく無い、部屋に閉じ込めて二人でずっと過ごしたい」


「え、なにそれ、童貞臭い、もっとちゃんと私を口説いてよグロリア、でないと他の男の所に行っちゃうよ?」


「す、好きです」


「あ、それ、嬉しいかも」


「大好きです、他の人に渡すぐらいなら!」


「ぐらいなら?」


同じ服を着たシスターが向かい合って何をしているのか?以前の私なら下らないと切り捨てただろうが今は違う、この人には多くの一部が存在する、そして他人を惑わせる美貌がある、私がいなくても生きて行ける。


一瞬、顔もわからない男性と嬉しそうに笑うキョウさんを想像する、胸に手を当てて心を落ち着かせようとするが無駄な足掻き、そいつを斬り殺す様を思い浮かべてもやはり駄目だ、誰のモノに手を出しているのです?


「そいつを殺します」


「ぷっ、あははははは、グロリアぁ、サイコパス過ぎィ、こわーい」


「だ、ダメですか?」


「いいよォ、いいよォ、だってグロリアが男を作っても同じ事するからねェ」


私の大好きなシスターはそう言って私の頬に口付けをする、触れるか触れないかの刹那のキス、それなのに私は顔を赤らめて俯いてしまう。


近付いた距離、キョウさんの匂い、甘酸っぱい香り、それだけで心拍数が急上昇、動悸は乱れて汗が噴き出る、大好きな人にキスをされた。


嬉しいです。


「初心だね、ねぇ、この格好で夜中に出歩いたら口説かれるかな?してみようか?」


「あ、それは」


「そしてねェ、口説いた奴をグロリアが追い返してよ、格好良く、私の大好きな強くてカッコいいグロリアが見たいな」


「…………はい、キョウさんの望むように」


嫉妬で殺さないように加減をしないと、私は何度も頷きながら心に誓った。


私に信じる神はいない、しかし愛するシスターなら目の前にいるのだから。

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