閑話67・『二人で一つの完成品、百合りーん』
昼下がりの街の中を二人で歩く、正しくは一人が前を歩いて一人が後ろを歩く、主従の関係を思わせる独特の距離。
事実として前を歩くキョウさんが主人で後ろを歩く私が奴隷だ、滑らかな首輪、鹿の革に漆(うるし)で模様を付けたその首輪を無造作に引かれる。
キョウさんは色んなモノに興味がある、立ち止まる際も早歩きになる際も無造作に紐を引かれるのだ、呼吸が止まって首の骨が軋む、しかし従わないといけない。
シスターがシスターを奴隷のように扱っている姿は奇異なモノに見えるのだろう、誰も彼もが横目でチラチラと見るが立ち止まる事はしない。
「俺って犬を飼うのが夢だったんだ、グロリアは?」
「は、はい、私は別に………」
「そうだな、犬なんて飼える身分じゃないもんな、グロリアが俺の犬なんだから、ほら、鳴けよ」
「ど、どんな風に?」
「え、聞くのか?」
私のご主人様は不機嫌に鼻を鳴らす、機嫌を損ねては駄目だとアレだけ気を付けていたのに質問を質問で返してしまった、瞳に冷たいモノが宿る。
左右の色違いの瞳、それはまるでキョウさんの二面性を示しているようだ、下らない事を言って無邪気に笑うキョウさんもこうして私を支配するキョウさんも同じ存在。
誰かに咎められる事が少なかった私にとってはキョウさんの今の言葉は少なからずショックを受けるモノ、間違った事をしてしまった、キョウさんは怒っている、それだけはわかる。
「わ、わんわん」
自信は無い、しかし命令にはどのような形であれ従わないと!屈辱的な台詞を口にしながらキョウさんの要望に応える、突然の奇行に周囲の人間は目を背ける、このような体験は初めてだ。
恐る恐るキョウさんの表情を窺う、薄く微笑んでいる、能面のように貼り付けられた笑顔、しかし私にはわかる、キョウさんは満足している、私の滑稽な姿を見て心から満足してくれている。
三日月の形をした口元がその証拠だ……紐を何度も引っ張られて鳴く事を強要される、躾だ、キョウさんは私に躾をしている、それはきっと主人として当たり前な事だ、犬として黙って主人の命令を受け入れる。
「わんわん」
「おいで、撫でて上げるね」
乱暴に頭を撫でられる、屈辱的な事なのに口元がニヤけてしまう、人を支配するのは得意だが人に支配されるのは苦手だ、しかしキョウさんはもう一人の私、私がシスターに対して行っていた躾を自然と行っている。
こんな風に他者を誑かして来たのか?客観的に自分を見ているような錯覚、キョウさんはかつての私、私が多くのシスターを支配したようにキョウさんは私一人だけを支配している、ああ、私だけで満足して下さいね?
キョウさんは気付いていないだろうが他者を支配する悪癖が表に出ている時は口調がやや女性らしくなっている、これもクロリアのせいなのでしょうか?それとも他の一部?女性的でいて攻撃的な性格、まさに私ですね。
「グロリアの髪は綺麗だな、銀髪で……ほら、周りの皆も見ているよ?」
「嬉しいです、ありがとうございます」
「俺の髪とどっちが綺麗?」
「――――――――」
あらかじめ会話の展開を予想してキョウさんに満足して頂けるような言葉を用意している、しかし現実はそう甘くない、予想外の言葉に思考が停止する、どのように答えたら正解なのかわからない質問。
底意地の悪い質問です、私の自尊心を砕いて自分の立ち位置を上げる、唇が小刻みに震える、犬の鳴き声を強要された挙句に普段の関係を崩させる言葉、だけど、私は、私はキョウさんの飼い犬なのだから素直に口にする。
「………キョウさんです」
「あはぁ、良い子ォ」
花咲く笑顔、自尊心を砕かれた私の言葉にキョウさんは天使のような笑顔を浮かべる、そのまま抱き着かれる、甘い匂い、人間を惑わせて虜にさせる人外の匂い。
何一つ間違ってはいない、キョウさんは美しい、だって私の飼い主なのだから……だから素直に口にした、こうして褒めて貰えると心が満たされる、尻尾が私にあったなら左右に振っているでしょう。
嬉しい。
「良い子ォ、くく」
「あぁ、キョウさん、もっと褒めて」
「ん?違うだろ?」
「もっと躾けて下さい」
周りの奇異の視線なんかもう気にならない、だって私にはキョウさんがいれば良いのだから。
キョウさんには私がいれば良いのだから。
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