閑話65・『互いが主人で互いが飼い犬』

奴隷を扱う商売をしてかなりの年月が経過した、家畜を扱っていた頃より随分と楽になった、人間の方が家畜より素直で痛みを与えるとすぐに従順になる。


四つん這いで地を這うから家畜になるのでは無い、二足歩行で歩こうが自らの自尊心が砕けた瞬間に奴隷になるのだ……肌の色の違いも年齢の違いも全てはブランドだ、多くの商品を扱うのは楽しい。


戦争捕虜が奴隷貿易で取り引きをされたのが始まりだと言われているがそれも定かでは無い、大陸の外では捕虜となった奴隷は手荒に扱われ交易港に運ばれて戦利品と一緒に売買されるらしい、その文化が浸透した?


この大陸では奴隷と言っても知的労働に従事する者もいるし能力によって様々な権限が認められている、奴隷の多くは鉱山労働者が怪我や病気を理由に使い物にならなくなった自身を身売りする事で家族に僅かな銭を与える為だ。


「しかし暇だねぇ」


檻に入った奴隷は子供から老人と幅広なラインナップだ、鼻の穴を穿りながら青い空を見上げる、広場で堂々と奴隷を売り捌いているのだが誰も注意しない、景観が崩れるような事柄では無いと皆が納得している、病んだ街だねェ。


この街の住民の多くは奴隷を持っている、まるでペットのように扱って可愛がったりしている、色んな土地に足を囲んだがここまで胸糞悪い慣習のある街は初めてだ、奴隷は奴隷として扱う方が健全と言える、まだ人間として認められているのだから。


娼婦や剣闘士にする事で主人が利益や名誉を得る事も悪い事では無いと思う、奴隷を扱う人間のエゴなのか奴隷は奴隷としてちゃんと扱って欲しい、ペットが欲しいのであればもっと向いている生き物がいるだろう?奴隷に向くのは人間だけだ。


戦争による大規模な搾取と略奪が大量の奴隷を生み出す、しかし自分がしているのは小さな商売だ、そのような国政に通じるような商いでは無い、奴隷となった者の多くは職業固定されていても底辺と呼べるような職業の者が多い、それもまた悲しい現実。


「もし」


一週間だ、この街に来てこの土地に店を構えて一週間、土地代もバカにはならないしそろそろ別の街に足を運ぶとするか?そう思っていた矢先、鈴の音のように美しい声で話し掛けられる、耳朶から伝わって脳味噌に突き刺さる鋭くも美しい声。


抜き身の刃を思わせるようなその声に体が震える、寝惚けていた脳味噌が一気に覚醒する、海からの玄関口でもあるこの広場には潮の香りが漂っている、山で生まれ育った身としてはその匂いを嗅ぐと何故か気怠くなってしまうのだが一気に体が覚醒するのを感じる。


「あの、聞いていますか?」


「え、あ、お、い、いらっしゃい」


奴隷達も騒めく、彼女に買われるのなら本望だと思ったのだろう、信じられない事だが目の前にいたのはルークレット教のシスターだ、この世の美を追求したかのような美しい容姿に世俗と決して交わることの無い神聖な佇まい、自分のような人種とは最も掛け離れた存在。


商売の事で何か言われるのだろうか?自分は家畜商として職業固定されている、人間も家畜として扱う事が出来る、豚や牛と同じく落ちぶれた人間も家畜だ、何も悪い事をしていないはずなのに妙に緊張してしまう、ルークレット教のシスターには見る者を圧倒するオーラがある。


広場にいる全員が注目している、ボール遊びをしていた少年も夫婦で日光浴を楽しんでいた老夫婦も血気盛んな若者も全てがこちらを見ている、ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらシスターは欠伸を噛み殺している。


「ふぁ、よろしいですか?」


「は、はい、何なりと!」


奴隷を売る自分が奴隷のように返事してどうする?この商売を始めて妻子に逃げられ店では相手にされず女性と話す機会が減った、そんな50歳にもなろうかとしている自分にはこの少女はあまりに眩しい、あまりの美しさに冗談では無く失明してしまいそうだ。


会話をするだけで体が悲鳴を上げる、緊張は人体に大きな負担を与える、出来る事ならここから逃げ出してしまいたい、広場には巨大な二本の円柱が存在している、遥か昔にはこの柱の間に死刑執行台を設置していたらしいが今でもソレがあったなら迷い無くこの身を捧げるだろう。


死んでしまいたい、あまりに眩しい少女は自分の惨めさを自覚させる為の存在だ。


「コレも売っているのですか?」


「あ、ああ、本当なら奴隷を買った際に無料で選んで頂けるのですが代金を頂けるなら結構ですよ」


「あら、商売上手ですねェ」


「へへ、ルークレット教のシスターが奴隷を買うはず無いですもんね、緊張しやしたよ」


「緊張?その割には舌先が良く回りますね」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳、宝石も少しだけ扱った事があるがどのような宝石もこの瞳の前では輝きを失う、シスターが問い掛けたのは奴隷に付ける首輪の事だ、奴隷を買ってくれた客に自由に選ばせるようにしている。


様々な土地を渡り歩いて手に入れた首輪の数々、家畜用のモノもあればちゃんとした奴隷用のモノも揃えている、シスターがそれに興味を持つ事が既に疑問だが代金を貰えるなら何でも良い、顎に手を当てて思案しているシスター……早く決めて欲しい。


檻に入った奴隷たちは微かな希望が消え失せた事で意気消沈している、神の使徒であるのに売られている奴隷を救済しようとはしない、頬を赤く染めて悩んでいる表情はその美貌からは想像出来ない程に普通の少女のように見える、恋する少女。


何だか頭が痛くなって来た、広場の男達は老いも若いもその表情に釘付け状態……こいつらが全て客だったらと溜息を吐き出す、シスターは首輪を手にしては表情を輝かせて悩んでいる、幸せな悩みなのだろう、緊張が少しほぐれる。


「首輪なんか何に使うんで?」


「大切な人にプレゼントするんですよ、ああ、これが可愛いですねェ……二つ頂けます?」


鋲付きの様々な装飾のされた首輪を手にしてシスターは笑った、大切な人に首輪をプレゼントする?しかも二つも?疑問しか出て来ないが客のプライベートに踏み込むのは良く無い、やや多めの代金を頂いたし余計な詮索をするのは無しだ。


「おーい、グロリアぁ、変な昆虫売っている店見つけたぁ、面白いぜぇ!」


台詞の内容は間抜けだが目の前のシスターに負けないぐらいの美声だ、庇護欲を刺激する甘ったるい声、駆け寄ってくるのは彼女と同じシスターの少女、目の前の少女が無駄の無い美術品だとしたら駆け寄って来る少女は豪華絢爛な玉手箱だ。


金糸と銀糸に塗れた美しい髪、豪華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている……もし彼女が商品だった場合はどのような値段で売れば良いのだろうか?


「あ、あの娘にプレゼントするんですか?」


踏み込んではならないのについつい問い掛けてしまう、すると目の前のシスターは蕩けるような笑顔で答える、全ての願いが叶った人間でもこのような笑顔は出来ないだろう。


「ええ、互いに互いの首に付けるんです、そうすればあの人は私のモノで私はあの人のモノだとわかるでしょう?」


予想外の言葉に何も言えなかった、シスターに駆け寄るシスターの笑顔は何処までも無垢なモノでそれを迎えるシスターの笑顔は何処までも独占欲と支配欲に塗れていた。


この商売やめようかな。

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