第72話・『鼻血シスター洗脳されているのかされてないのかは不明』

伴侶と教育係の製造は同時に行われた、伴侶となるべく開発されたソレにはシスターの中でも最も性能の優れた14302号の遺伝子を使う事が決定された。


教育係が問題になった、様々な角度から検討した結果、アラハンドラの管理職用のモデルを流用する事が決定した、エルフライダーの能力分析の為にエルフの遺伝子を融合させて経過を観察する事も決まった。


どちらも普通のシスターを製造するような費用では開発出来ない、上層部のさらに上からの認可を得て計画は遂行された、炎水と名付けられた少女は抜けた所がありながらも優秀な成績を常に示し続けた、開発陣が満足する程に。


「?」


神にお仕えする自分がエルフライダー様にお仕えする、その矛盾を抱えたまま性能を示し続けた、元々はアラハンドラの管理職用のモデルを改造したものだ、優秀である事は当然としても他の可能性も示し続けなけらばならない。


同世代のシスターからは明らかに孤立していた、しかし彼女達は神にお仕えする存在、自分はエルフライダー様にお仕えする存在、シスターでありながらシスターで無いような不思議な感覚を味わった、私だけですよね?


計画の終盤でアラハンドラに訪れるであろうエルフライダー様の為に様々な教育を施された、外の世界も少しは知っておけと近隣の教会に預けられる事になった、勿論アラハンドラ程では無いが中々に立派な教会だ、神の威光を感じる。


「わぁ」


クロリアと同じで軽量性を重視して肉体年齢は10歳程度に固定された、エルフライダー様と出会う事で成長する仕組みを施されている、この体も心も魂も全てはエルフライダー様の為に開発されたのだ、それはとても幸せな事のように思える。


会う事が叶わない神を信仰するシスター達、それはとても不憫でとても矛盾した事だ、形の無いモノの為に生み出されて信仰する、あまりに無意味で生き甲斐が無いように思える、しかし私は違う、現実としてこの世に誕生するお方の為に開発された。


アラハンドラの技術の恩恵を受けた教会、地面の水平面を正確に計測する事で一切の歪みが無い、ドームを支える為の主支柱に煉瓦を使うのでは無く巨大な石材で造成している、それによりクリープによって起こる変形や乾燥収縮が発生しないようにしている。


「これがエルフライダー様」


一日に一度、アラハンドラを通してエルフライダー様の映像が教会の天井にあるステンドグラスから映し出される……まだ赤子で一日の大半を寝て過ごすエルフライダー様、生活は楽では無いようだがエルフライダー様は何時も無邪気な笑顔を見せてくれる。


あのような劣悪な環境で生活なさるのはどうなのだろう?上層部に改善するように言ったのだが何も返事が来ない、彩色の施されたゴシック様式のステンドグラスから映し出される映像だけが私の生きる意味、私以外はこの時間に教会に足を踏み入れる事を禁じられている。


何度も映し出される赤子の映像が敬意と崇拝の念を私に与える、他のシスターが形の無いものを崇めるように、私は現実として存在するエルフライダー様を拝めて讃える、祈りを捧げながら崇拝の念をより強固なモノに変えてゆく、私自身が望んでいる。


「ああ、愛しい、早く全てを捧げてお仕えしたい、出来る事なら母乳を与えて貴方様の細胞を構築する一つになりたい」


組織の教育は完璧だ、私は幼くして圧倒的な母性と倒錯的な欲望を併せ持った化け物に成長していた………エルフライダー様の成長を細かく記録して自分を修正する毎日、まだ髪も生えていないこのお方の道具として誰よりも何よりも優秀でありたい。


計算し尽した巧みな比率で光の配分も完璧な教会内部、比率陽光があらゆる角度から豊かに差し込む教会内部は天国のように光って輝いている、そこで呆けたようにエルフライダー様の映像を見詰める、脳に刻み込む、他の記憶も映像もいらない。


採光によって光の溢れる空間、エルフライダー様に祈りを捧げる、今日は少し転んで鼻血を流してしまったけど戦闘でも勉強でも他のシスターの追随を許してはいない、どうでも良い所で転んだり頭をぶつけたりする原因は不明だ、集中している時は大丈夫。


「母乳でも血でも貴方が望むなら与えたい」


鼻血は駄目でしょうけど、少し茶化して笑ってしまう、エルフライダー様はこれからどのように成長なさるのか、出会う頃は17歳になっているのか?計画ではそうだ、血も母乳も好きなだけ飲んで下されば良い、成長期だろうから沢山栄養がいるでしょう?


私が鼻血を出すのもその血をエルフライダー様の血肉にする為?開発陣の一人が口にしていたが私の信仰はやや危ういらしい、そこだけは計画から大きく外れているとか、私の中のシスターの血かエルフの血かそれ以外の何かがこのお方の為にあれと何時も耳元で叫んでいる。


あまりの無礼な言葉にその開発陣の一人を殴った、くの字に折れ曲がった際に頭を踏み付けて謝罪させた、欠けた歯と破裂した臓器に誓わせて謝罪させたのだがすぐに死んだ、それで少しだけ説教をされた……私の存在は上層部のさらに上が望んだ事、誰も私の行動を止められない。


「止められるのは貴方だけです、エルフライダー様の教育係として早く早く」


貴方様を慈しんで慈しんで育てたい、お育てしたい、多色大理石と金地モザイクで覆われた壁が太陽の光を受けてキラキラと輝く、知っている……この空間の特殊な形状と仕組みが空中に映し出される映像と合わさって見る者の精神に大きく作用する。


洗脳、エルフライダー様にお仕えするシスターをより満足なモノに仕立て上げる為に作られた特殊で歪な部屋、象眼細工で仕上げられた天井を見詰めながらそれを受け入れる、豪華絢爛な空間と何度も映し出される映像と自然光により対象を高揚させる仕組み。


この仕組みのせいで件の開発陣の一人を殺したのではないですよ?私は最初からここで得られる洗脳を凌駕した信仰を持って生まれた、ここで受けているのはそれの調整に過ぎない、エルフライダー様に相応しい教育係になる為に仮初の洗脳を受け入れる。


「洗脳、これが洗脳ですか」


仕組みも目的もわかっていて受け入れる、エルフライダー様に出会うまでこうやって調整されて洗脳されてより完璧な教育係としての自我を構成される、私からすればそのようなものは。


「甘っちょろいです」


そんなもの、私が初めから持っていたエルフライダー様への愛情からしたら何て事は無い。


この先、例えそれが組織の洗脳によってより歪に変化しても、何て事は無い………ふふ、出会う時にも血を献上しなければ、顔面から地面に倒れて媚びて笑おう。


赤子の貴方様に血も母乳もやれなかった哀れな私からの最初のご奉仕。

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