第71話・『目の前で主人公をNTRそうになったヒロインと鼻血でキスして煽る幼女』

シスター・炎水を倒して下さい、何時も毅然としたグロリアが上目遣いで甘えるような声でそう呟いた。


男に媚びる少女の表情、俺とグロリアの関係性から命令しても良いのに、不思議に感じながらもその声に素直に従う、シスター・炎水が出現すると同時に部屋が照らされる。


半球形をした天井が目に入る、何処までも広大な空間、何処にも書物は無い、アーチの頂部を真ん中にして水平に回転させた独特の形状をした天井、暫しそれを呆然と見詰める。


「さあ、私の手を取りなさいエルフライダー」


光に照らされた世界でシスター・炎水は笑顔でそう口にする、グロリアや俺と同じシスターの容姿をした存在、違いがあるとすればその年齢が10歳程度にしか見えないって事だ。


一般的なシスターよりやや垂れ目がちで目尻が優しい、肌は透けるように白い、しかしその佇まいに違和感を感じてしまう、声も口調も優しいのに先程のドジッ娘とは思えない圧迫感。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服はグロリアや他のシスターの物と同じ、しかし生地の色は黒羽色、普通の黒色よりも光沢があり艶のある色合いで見ただけで高級なモノだと理解出来る。


その高級色を見事に着こなしているがその黒色が別の意味合いがあるものに思えてならない、不吉な予感に体を震わせる、しかしグロリアが命令では無く媚びて俺に頼んだのだ、男としてそれに答えたい、そして腹が減っている。


「手は取らないぜ、俺のシスターはグロリアとクロリアだけだ、お前はいらねぇ」


「後半のソレはいりませんよキョウさん?」


「クロリアも俺のシスターだ、命令すんなよ」


「フフ、生意気なキョウさんも素敵ですよ?男らしい所を見せて下さい」


「おう」


グロリアが俺を頼ってくれた、その事実が嬉しくて体に力が入る、相手は通常のシスターと違う仕様とはいえあのシスターだ、全力で挑まなければ勝てないだろう、出し惜しみはしないぜ?


天井の真ん中にあるガラスから光が差し込んでいる、眼窓(オクルス)と呼ばれる円形窓だ、円形の開口部の名称だが本来の役割が太陽の光を室内に入れるものだ………しかし今は真夜中、何の光が差し込んでいるのか疑問だ。


採光では無く光を生み出している?魔力の気配を感じない、アラハンドラ・ラクタルの設計技術を見たのでもはやツッコむ事が馬鹿馬鹿しい、そんな事よりも目の前のシスター・炎水が問題だ、エルフの耳をピコピコさせて実に美味しそう。


「駄目ですよ、エルフライダー、貴方の教育係は私です、神の定めた事です、本物の母より深い愛情で貴方の母になります」


「俺の母親は汗水流して畑を耕している故郷の自慢の母ちゃんと泣き虫で残酷で人殺しが得意な変な狐だけだ」


「ぷぷ、キョウさん変な狐のお母さまがいるのですね?」


「ああ、鼻水垂れ流して良く泣く」


「エルフライダー、貴方は神の子供なのですよ?創造主であり親である存在の命令ですよ?」


子供に命令する親が何処にいる、命令では無く教育だろ?距離はまだまだある、しかし近距離戦闘型では無いのはグロリアとの話でわかっている、アーチ構造を使って出来た空間は広大で何も無い、資料は何処にあるんだろ?お陰で暴れる事が出来るけどな!


シスター・炎水もクロリアと同じように俺の為に製造された?ここで責任者をしている事も俺と出会った事も誰かに仕組まれたって事なのか?疑問は浮かぶが現実が何よりも重視される、戦って勝って取り込めばそれもわかるはずだ、誰が取り決めた事なのか!


ゆっくりとした動作でファルシオンを抜刀、上段にして構える、見た目は幼女だがグロリアやクロリアと同じ化け物、妖精の力を解き放って空気を何層にもして体に纏わり付かせる、全ての方向性がちぐはぐな空気層、あらゆる角度からの攻撃を受け流してくれる。


「ああ、そのように成長なさって素晴らしいです、妖精の力ですね?」


恋する乙女のように頬に手を当ててシスター・炎水は微笑む、一輪の花のように儚げで健気なその表情、ドジをして転んだり鼻血を流していた彼女と変わら無いように思える、その全てが嘘とは断定出来ないが彼女は敵だ、グロリアがそう言ったから俺の敵になったのだ。


グロリアが敵と言ったら敵になるんだっけ?それはとてもおかしな事に思える、しかしグロリアの命令は絶対だ、無視をしたら前のように『捨てますよ?』と言われる、全身が震える、ガタガタ、ダメだ、あの言葉はもう聞きたくない、グロリアに従わないと。


言う事を聞くから捨て無いで、ああ、やだよォ、俺の声なのに女の声のような幻聴。


「取り敢えず、食わせろ」


「勝てたら食べて良いですよ、さあ、おいでなさい、私の可愛いエルフライダー」


「うるせぇっ、耳をピコピコさせて無駄にアピールしやがってっっ!!久しぶりのエルフだぜぇ、あは、あはは、うああ、食べたいぃ」


溢れ出る涎と乱れる視界、興奮で全身から様々な体液が溢れる、その高鳴りのままに地面を踏み締めて全力疾走、ファルシオンを握った拳を肩に担ぐような姿勢で低い位置のまま走る、悠然と微笑んでいるシスター・炎水の小さな体からは殺意を感じない。


肉薄するのは簡単、剣を持っていないのにどうしてそんなに余裕なんだぜ?ファルシオンを力任せに振り落とす、思った以上の振り下しの時間、そして地面に剣先が沈む感触、目で確認する事も無く後退する、灰色狐の俊敏性は実に便利だ、役に立つ。


いない、沈んだ地面が遠目に見えるだけ、回避の瞬間は見えなかった、深藍(ふかあい)が視界に入る、下を向くとニコリとシスター・炎水が微笑んでいる、ぞくり、恐怖を感じて心のままにファルシオンを全力で叩き込む、接近したのに気付かなかった?


死角からでは無く正面から堂々と?そしてまた空振り、ファルシオンは獲物を失って地面に身を沈める、回避の瞬間に俺の視界が乱れる?何だかおかしい、どれだけ繰り返しても当てる事が出来ないような絶望感、魔法では無い、何の能力だ?


まるで幻覚のようにこちらの都合を考えずに現れては消える、頬に当たる冷たい感触、いつの間にシスター・炎水に頬を触られている、触れた感触がコレが現実だと肯定する、正面で俺をポーッと見詰めるシスター・炎水、やけくそだ、そのまま頭部を振り下す。


額に激痛が走る。


「うぁ、痛い、お、お母さん」


意味不明な事を口にしてシスター・炎水が涙目になる、衝撃で気を失いそうなのは俺の方だ、な、なんつー石頭、石頭である彼女の髪の色は深藍(ふかあい)だ、藍染(あいぞめ)で黒色に近い程に濃く染める事でその色合いが完成されるのだがとても美しい。


濃く深く暗い青色、地味な色合いの深藍の髪、髪型は三つ編みだが何度も丁寧にほぐしたのか三つ編みなのにルーズな雰囲気が漂っている、それを左肩に流していて年齢を感じさせない色っぽさがある、戦闘中なのに彼女に見惚れてしまう、頭突きをしても良かったのか?


ちろり、小さな舌が踊る、彼女はまた鼻血を流しながら薄く笑った、無機質を思わせる爬虫類のような表情、俺が静止した隙を見逃さずに顔が近付く。


「ん」


「ッ!?」


唇が重なった瞬間に舌が入り込んで来る、唇を強く閉じても小さくて力強い舌が歯の表面を舐めるのがわかる。


目を白黒させて絶叫する、鼻血まで舌と一緒に入り込んで来て阿鼻叫喚の図が展開される、もしくは桃源郷、しかし望まぬ桃源郷は地獄だ、やめて、やめて、やめてよ。


グロリアが見てる。


「ぷぁ、フフ、シスター・グロリア、酷い顔をしてますよ?」


赤い糸が二人の唇から伸びる、俺は顔を手で覆って座り込む、こわい、グロリアを見るのが怖い。


でも、怒っていてくれたら嬉しい。


矛盾に心が震えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る