閑話64・『冬への備えは大事、そして幼女に尻を揉まれるのは大事な事態』

どんな事態に陥っても冷静に対処する姉の姿に憧れた、しかし彼女にとって一番大切な存在は揺ぎ無いモノで悪蛙が入れる隙間など一切無かった。


恥ずかしい話、初恋のようなものだと思う、同性で姉妹で化け物同士、どれ一つまともなものでは無いし報われる恋でも無い、何か理由を見つけては彼女の城に何度も足を運んだ。


そんな彼女がいなくなって彼女の一番大切な存在が世界に生れ落ちた、悪蛙はそんな彼と一緒に暮らしている、最初は監禁から始まった同棲生活だが今は割と普通に暮らしている。


悪蛙は彼が好きだ、自覚してからは坂を転げ落ちている、一番大切だった彼女の一番大切な彼を奪って幸せな毎日を過ごしている、罪悪感に苛まれながら彼に愛される生活。麻薬のようだ。


「よし、用意完了」


「そのはずだったのにこの有様ですよ」


「ん?さっさと手を洗え、清潔第一だぞ」


「へいへい」


悪態を吐きながら言われた通りにする、投網(とあみ)で大量の鮒が手に入った、ソレを鮒寿司にしようとキョウくんが笑顔で提案したのだが鮒の量の多さに驚いて絶句した、これを全部捌いて処理するんですか?


めんどくせぇです、鮒寿司は人によってかなり好き嫌いの激しい珍味だ、しかし酒のあてには最高だし発酵した周囲のお米はチーズのようにまろやかでチビチビとつまむだけで幾らでもお酒が入る、見た目は幼女だけど立派な大人ですから!


キョウくんは鼻歌をしながら作業を開始している、地下に設けられた作業部屋は薄暗く陰気臭い、無視をして出て行っても良いが一人でこの量を作業させるのはどうにも心苦しい、それに保存食を作るのはこれからここで生活するのに必要不可欠な作業だ。


「仕方ねぇです、手伝いますよ」


「おう」


鮒寿司は春に仕込むのが通例だ、キョウくんは手慣れた動作で鮒を捌いてゆく、料理はそこそこするので同じように作業を開始する、ここに来てレパートリーが増えましたよ?勇魔の使徒である悪蛙が鮒寿司の仕込みとは実に笑えない冗談なのです。


キョウくんは多才なのですよ、色んな事を知っている、えーっと、鱗とエラを取って卵巣以外の内臓も取り外すのですね?腹開きにして取ろうとしたら肩をポンッと叩かれる、キョウくんは無言で首を振って一匹の鮒を取り出す、見とけって事ですかね?


先端が折れ曲がった鉄の棒、それを鮒の口に挿入して内臓を引っ掛けて取り出す、先端が折れ曲がっているのは内臓を絡ませて取る為ですね?試しにやって見る、何度か挑戦してコツを掴む、内臓も発酵させて塩辛にするので捨て無いでくれと言われる。


最初に取り外した鱗やエラと一緒に塩を加えて内臓と掻き混ぜる、それを日に数度繰り返して一週間経過すれば塩辛が完成するらしい、指を立てて説明してくれる、高いレベルの教育を受けた悪蛙だがこのような知識は無い、生き抜くための知識。


「この量だから食い切れないぜ、塩辛は根菜類と煮込んでうるか汁にしても美味いぜ?余ったら行商に売り付けよう」


「あー、キョウくんは何処に行っても生活出来ますよね?すげぇじゃねぇですか、す、少しだけ尊敬するのです」


「尊敬しなくて良いからお尻触らせてくれ」


「お尻触らないで尊敬させてくれですよ」


「尊敬する人がお尻触りたいって言っているの触らせてくれねぇのか!酷い矛盾だぜ!」


その言動が既に尊敬に値しない、悪蛙の全ては貴方に捧げたのだから日常茶飯事的にセクハラをしないで欲しい、そんな事をしなくても悪蛙は貴方のものですよ?しかしキョウくんは信じない、他人を信じているようで信じていない。


部下子の教育が偏っていたせいだ、部下子しか信じない、それはこの世界に生れ落ちても同じだった、死んだはずの部下子が悪蛙の恋したキョウくんを今でも支配している、母親の執念がキョウくんを支配している、時折感じる気配。


キョウくんの体に纏わり付く部下子の裸体、気のせいだと否定しても現実のようにそれが見えてしまう、私が恋した姉は私が恋するキョウくんを手放さない、どれだけ否定しても現実として見えてしまうのだ、何なのだろうか?


い、今更出て来るな、この人は悪蛙を選んでくれた、悪蛙を監禁してくれた、子離れをいい加減にしないと駄目なのですよ?化婁迦婁(かるかる)の件もある、幸せな日常の中に部下子と勇魔の気配、キョウくんを奪うにはこの二人が問題、難敵だ。


しかし奪うと決めた、その為の道具も手に入れた、後はキョウくんと結ばれた時にそれを使えば良いのですよ、あは、出し抜いてやるのです。


「そんなに魚臭い手では嫌だと言っているのですよ?手を洗えば存分に触れば良いのです」


「え、あ」


行為を肯定してやると顔を赤く染めて狼狽える、褐色の肌に赤みが差して目に映える、このような仕草も独り占め出来るのだ、裏切る事を決めて良かったのですよ、キョウくんは顔を赤らめたまま作業に集中している、ぷぷぷ、わかりやすい奴なのですよ。


抱いてしまえ、そして悪蛙に溺れてしまえ、ニヤニヤ、何でしょう、凄く楽しい、鮒の腹の中に丁寧に塩を詰める、さらに塩を敷いた桶に丁寧に並べる、腹に入れる塩の量も桶に敷き詰めた塩の量も寸分狂わずに調整している、本当に手先が器用で惚れ惚れする。


悪蛙の幼くて小さい指とは違って男らしいゴツゴツした日焼けした手、見ていると何故かポーっと呆けてしまう、一通りの工程を終えた鮒の塩を重ねる、塩詰めした鮒を隙間の無いように丁寧に並べる作業を繰り返す、形の悪いモノは見栄えが良くなるように修正する。


塩を敷き詰めて蓋を被せる、その上に重石を置くのだが手伝おうとしたら断られる、使徒の腕力があればこの量の重石も軽々扱えるのだがキョウくんがそれを決して許してくれない、変な所で男の子アピールしやがるのですよ?ふへへ、か、かっけえです。


最後に冷暗所に保管して終了、この家は作業部屋と冷暗所が一緒なので移動する手間は無い、あっという間に作業を終える。


「ふぅ、保存食その一完成だな、今年の冬に備えて早めに用意しとこうぜ」


「ふふ、キョウくん♪」


「手を洗おうぜ」


「手を洗ったらお尻触りますか?魚臭い手は勘弁ですけど普段のキョウくんの手なら良いですよ、存分に触りやがれです」


「―――――アク、何だよ」


黒曜石のような底無しの瞳がジーッとアクを捉える、今だけは部下子でも勇魔のものでも無いその瞳、不安に揺れている、どうしてそのように心配そうにしてるんですかね、わかんねぇですよ。


触れば良いじゃないですか、既成事実を作れば勇魔はどうなるのだろうか?どうするのだろうか?いつも冷めた表情で使徒に命令を下すあの人が嫉妬に染まって顔を赤くするですかね、是非とも是非とも見てぇです。


勇魔、悪蛙とキョウくんは二人で過ごす冬に備えて保存食を作ったのですよ、そんな経験が貴方にあるのですか?くく、あはは、ざまぁみろ。


「キョウくんが好きだから、こうして、ふふ、かたぁい」


男性のお尻を触るのは初めてだ、少し硬い、キョウくんのお尻を手で嬲るようにして触る、突然の奇行にキョウくんは口をパクパクさせている。


それこそ鮒のように。


「あ、ちょ」


「そっちが触らないからこっちが触るだけです、これからはこうして行きますからねキョウくん?」


こうして貴方を手に入れる、嬲るように感触を楽しむように手を動かしながら思う、この姿を是非とも部下子に見せてやりてぇです。


都合の良い時だけちらつくんじゃねぇですよ?

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