第69話・『壊れる主人公は罪深く他者を惑わす』

自分でも理解し難いのだがキョウさんを貶めて罵ると胸に奇妙な疼きを感じる……それが舌先を勝手に動かして心を抉る言葉を吐き出させる。


私と同じ容姿を得たキョウさんの精神は不安定かつ脆い、甘やかせば心から嬉しそうに笑うし厳しくすれば泣きそうな瞳で不満を訴えてくる、魔性の魅力。


どちらも駄目ですね、私をおかしくします、こうやって貴方を虐めて嫌な言葉を吐き出してしまう、だって貴方が私以外のシスターに心奪われているから当然の報いですよ?


命令して自分から手を繋がせた、指と指を絡ませあうように手を握る、特別な意味を持つ特別な繋ぎ方、自主的にやらせないと意味が無い、指まで細く白く成り果てて、私のソレと似ている。


クロリア、私と同じ細胞を持つ特別なシスターがキョウさんを大きく変化させた、そして他の一部達、女性ばかりを取り込んだキョウさんは性別を見失いつつある、それでも必死にどうにか自分を維持しようとしている。


ちらちら、先程の女性扱いして見下した事が効いたのか不安そうにこちらを盗み見している、縋りつく様な媚び諂った視線、男性を惑わせて肉欲に狂わせる小鹿のような瞳、男性ばかりでは無く私の心も刺激する。


トントン、心の一番敏感な箇所を無造作に白く細い指に突かれる、この人は自覚しているのだろうか?自分が持っている危うい魅力を自覚して私に使っている?それこそバカです、大バカ野郎ですよ?


私はずっと前から貴方の魅力にクラクラなのだ、完全に参ってしまっている、本当なら媚び諂って寄り添いたいのは私の方です、だけど僅かに残ったプライドがそれをさせないだけ、私も本心で接すればこのようなアホ面になるのでしょうか?


とても可愛らしいキョウさんのアホ面、甘えて媚びて泣いて凹んで様子を窺う……なんて弱々しくて愛しい私のお姫様、私だけのお姫様、誰にも渡さない、誰にも泣かせない、私だけのキョウさんは私だけが泣かせて良いのですよ?


「グロリア?」


甘ったるい声だ、それが私の脳内に砂糖を流し込む、中性的で耳心地の良い声は私に対する無償の信頼を感じさせる、この人はあの村を出て初めて私を認識した……誕生したばかりの雛は私を見て愛欲に狂ってしまった。


そして私も狂った、この人は自分がどれだけ危うい存在なのかを気付いていない、初めて魔物を倒した時に心から嬉しそうに邪気の無い笑顔で私に語り掛けた、あのような笑顔は私には出来ない、策略に塗れた私の人生がソレを否定する。


この人が心から欲しいと思った、積み上げて練り上げた計画に並ぶ程に私の中でとても大きな存在になった、笑って欲しい、私の事だけを見て私にだけ微笑み掛けて欲しい、そう、私は嫉妬深いのだ、自覚するのに少しの時間を必要とした。


何故なら私にとって他者とは駒であり物質だ、そこに意思は無い、私だってそう、神の使徒として人形としてこの世に生を受けた、神を否定して地下室に幽閉された時にもう一度この世界に誕生した、もう一度この世界の神を否定する為に。


私が見つけた神の子であるキョウさんを神そのものに成長させて世界を変える……だから優しくしてモノを買い与えた、しかし過ごした日々が私を変えた、キョウさんそのものに価値を見出すようになった、私は計画もキョウさんも捨てない。


二つとも私のものだ。


「キョウさんの指は特に手入れもしていないのに綺麗ですねェ」


「み、見ないで」


「?どうして?褒めているんですよ私」


キョウさんったら生意気な物言いをして、嗜めるような口調になってしまう、手入れもしていないのに艶やかで滑らかで長旅を感じさせない肌、絡み合った指の感触を楽しみながら優しく問い掛ける、私の事がもっと好きになるように甘い口調で囁く。


男性が女性を口説く時ってこんな感じなんですかね?客観的に見て私はキョウさんを口説いている、容姿を褒めて罠を仕掛ける、視界に入るのは金糸と銀糸に塗れた美しい髪、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、これもまた手入れしていないのに美しい。


「女みたいって、グロリアが言うから……見ちゃ駄目」


「――――――――――」


「駄目」


「わ、わかりました」


一瞬だけ意識が遠のいた、何なんだこの人、繋いでいない方の手で胸を押さえる、心臓の鼓動が恐ろしい速度で鳴り響いている、なるべく気付かれ無いように静かに深呼吸、キョウさんは首を傾げて繋いだ手を引く。


女性の魅力もあれば男性の魅力もある、可愛くて小憎たらしい、少女のように恥ずかしがって男性の力強さで私をエスコートする、しかし駄目は無いでしょうに、眩暈がしましたよ?表情に出ていないか不安になる。


意識してやってます?


「ち、地下だから寒いですねェ」


「そうか?あ、だから手を繋いだんだな、へへ、グロリアの考えがわかったぞ」


「そ、そうです」


違う、貴方を私の所有物にしたくて命令しただけなのにどうしてそんな可愛らしい発想をするのですか?俯いて地面に視線を向ける、この人は破滅的に可愛い、私はそれに抵抗する手段が無い。


も、もう少しで図書館です。


「グロリア、グロリア、グロリアー」


何度も名前を呼ばれる、少しだけ壊れてしまったキョウさんは腐臭と淫欲に塗れていて。


私は全てを捧げてこの人を護ろう。


私だけの特権なのだから。


「へへ、グロリアぁ」


ああ。


可愛い。

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