第68話・『餌は餌だから私と貴方の会話にはいらない』
予想は出来た、忌々しそうに椅子を蹴飛ばしたグロリアが夜中に忍び込みましょうと提案したのは予想の範囲内だった。
シスター・炎水(えんすい)は全てを知っているのだ、だとしたらこちらも遠慮する事は無い、もしかしたらエルフライダーの能力に関する資料も見つかるかもな。
どうして俺の為にクロリアを開発したのか、どうして俺がエルフライダーになる事を知っていたのか、疑問は幾つもある、探られても仕方が無いんだぜ、秘密主義者の教会さんよォ。
「無事に地下室に来れましたね」
「お、おかしいぜ」
侵入する手順があまりに完璧過ぎた、シスターの中でもさらに戦闘に特化された赤い修道服を着たシスター、グロリアの説明ではかなり厄介な相手らしくソレが地下へと続く扉の門番をしていた。
苦戦は必至、覚悟していたのにグロリアの顔を見たら笑顔で扉を開放してくれた、まるで信者が崇拝する神に出会った時のような表情、グロリアってどれだけの手駒が組織にいるんだろう?
想像して怖くなった、グロリアは本気でルークルットを私物化しようとしている、支配して自分の欲求の為に使おうとしている、その事がルークルットにバレたらグロリアはどうなるのだろうか?
俺が守ってやらねぇと、腹黒で支配的で気紛れ屋で残酷な彼女、内面を少し並べただけでこの有様、それでも俺の大好きなグロリアなのだ、男の俺が守ってやらねぇと駄目なんだぜ!!もっと強くなるぜ。
「しかしデカいな」
「ええ」
蒸気導管や貯水槽として利用されるトンネルが幾つも壁に開いている、地下道と坑道が交わって出来た道は迷路のように入り組んでいてグロリアがいないと迷ってしまうぜ、どうして当たり前のように迷わないで歩けるのか?
シスター・炎水に許可を貰おうとしたのは単なるポーズ、門番のシスターから既にある程度の情報は聞いていた?だとしたら最初から断られても無断で侵入するつもりだったのか、グロリアの真っ直ぐに伸びた背筋を見詰めながら震撼する。
大理石の円柱が幾つも伸びているのだがグロリアはそれを数えながら歩いている、幾らで売れるかを計算しているらしい、え、シスター・炎水を取り込んだらそんな事をさせるつもりか?冗談だろうけど聞くのが怖い、道は何処までも続く。
「しかしシスター・炎水も最初のイメージと違ってちゃんとしてるのな」
「特別仕様のシスターですからね、エルフの細胞を付加して魔法に対する適性を底上げしているのでしょう」
「魔法を?」
「前線で武器を持って戦うようには見えなかったですね、剣を持っていなかったでしょう?」
「あ、そうだな」
シスターは全て帯刀しているはずなのに剣を持っていなかった、そこら辺の性能を差し引いて魔法に特化させたのかな?そしてドジッ娘なのはどうしてなのか、それは製作者のみが知る。
しかし腹が減った、ぐぅうううう、夜飯を食べたはずなのにお腹が減っている、俺のお腹の音が先程から何度も鳴っているのにグロリアは意図的に無視をしている、何も問い掛けて来ない。
だって久しぶりのエルフだぜ!!ああ、エルフの細胞、純粋なエルフの細胞、だってだってだって、お腹が減って仕方が無いんだ、なのに俺を無視して円柱を数えるなんて酷いぜグロリアっ。
「な、なあ」
「どうしました?」
グロリアは立ち止まって優しく問い掛ける、出会った頃からは想像も出来ない慈愛に満ちた表情、なのに不安になってしまう、グロリアはどうして俺にアレを食えと言わないのだろうか。
ぐぅうううううううううう、意識した瞬間に飢えが俺の理性を奪う、どうしてだ、そんなに優しい笑顔をしてどうして俺に命令してくれない?命令っておかしいだろ、俺の事は俺が決める、一部を食う時はいつだって自分の意思で食った。
なのにどうしてグロリアの命令がいるんだ?俺は男だ、男は大事な選択は自分で決断しないとならない、だからグロリアの命令なんていらないのだ、なのに命令を望んでしまう、あれ?あれれ?どうしてグロリアに命令されたいんだ。
「グロリア?あ、俺、お腹が……」
「キョウさんは自分で決断する人ですよね?」
「そ、そうだぜ、村を出るのも自分で決めたしドラゴンライダーになるのも自分で決めた!わはは、決断出来る男なんだぜ!」
「そんな少女のような姿になる事も自分で決めましたか?」
「え」
「そんな男とは言えないような酷い有様も自分で決めたのですか?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃、グロリアは優しい笑顔のままで恐ろしい言葉を吐き出す、俺はお腹が空いたからグロリアに強請っただけなのに、どうしてそんな酷い事を言うんだ?
青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が俺を射抜く、怒りより悲しみが大きい、ペタン、尻餅、見下されたまま体を抱き締める、細くて華奢な自分の体、お腹が鳴る。
赤面して涙を流す、言葉で嬲られているのにお腹が鳴る、グロリアが俺の顔を覗き込む、何処までも綺麗で何処までも完璧で何処までも無慈悲なグロリア、俺の涙を指で遊びながら頬に広げる。
性行為のような奇妙な遊び。
「あ」
「精神が安定しないようなので虐めて確認しましたが脆いですね、前のキョウさんなら言い返すなりのアクションがあったのですが」
「ぐろ」
「弱虫」
「―――――」
「シスター・炎水を前にして家畜のように浅ましく空腹を訴える、本当に浅ましいキョウさん、貴方が何を決断したかは勝手ですが今や可愛い少女なのですよ?」
吐息が甘い、グロリアは俺を虐めながら自らを高めている、涙まで蹂躙されながら俺は黙って俯く。
大好きな少女に少女と言われて心が罅割れた、ひどい、ぐろりあ。
「キョウさん、キョウ、あまりシスター・炎水に心躍らせないで?アレは単なる餌ですよ、貴方のシスターは?」
「ぐ、ぐろりあ……です」
「それがわかっているのならもっと可愛らしく振る舞いなさい、あんな餌の事で私に話し掛けないで?」
グロリアの辛辣な言葉には嫉妬が含まれていた、鈍感な俺でもわかる程に。
俺が頷くとグロリアは無言のままに俺の首に噛み付いた、形の良い白い歯が俺の皮膚に沈む、腹が減っているのは俺だよな?
「い、いたいよ」
「ふぁふぁれ」
黙れ。
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