閑話62・『武器は主に微笑み掛ける、選んでくれてありがとう』

庭で素振りをしていたらグロリアに肩を掴まれて鍛冶屋に行きなさいと言われた。


切れ味が悪くなっても質量で対象を打ち砕くファルシオン、大丈夫だと口にしたが物事には限度があるらしい。


確かに最近は魔物の討伐クエストを立て続けに引き受けたのでファルシオンも少しお疲れのようだ、良く見たら刀身も少し錆びている。


「ここか」


割と大きめの街なので鍛冶屋はある、冒険者ギルドがお薦めしている鍛冶屋なので間違い無いだろう、鍛冶屋とは鉄の精錬を始めた古代の鋳物師から派生した職業だ。


鋳物師とは型に鉄を流し込んで精製する職人の総称、鉄の精製は難しく武器として重宝されるので古代では金より鉄の方が高価な時もあったらしい、鋳物師の技術を受け継いだ子孫の一つが現在の鍛冶屋だ。


その鍛冶屋も三つに大別される、まず純粋な製鉄に従事するものを大鍛冶と呼ぶ、さらに武器を扱うものを小鍛冶と呼ぶのだが他の名称として刀鍛冶と呼ぶ事もある、しかし刀だけでは無く武器全般を指す事が多い。


農具や漁具、さらに山林刃物や包丁のような生活品を扱う鍛冶屋は野鍛冶と呼ばれる、どんなに貧相な村にも一人はいるのだが素人の域を出ない者も少なくない、俺のファルシオンだと野鍛冶でも良いのだろうが折角だ!


「お嬢ちゃんがコレを?」


「うっす!俺は男だっ!」


「シスターにはルークルットから勇者の聖剣の量産品が支給されるはずだが?」


村にいた頃は食う為に様々な仕事をした、流石に鍛冶屋の経験は無いがそれに近い鉱山師と鉄穴師(かんなじ)はした事がある、鉱山師は鉱物を掘り出してそれを運ぶ仕事だ、意外に思われるかも知れないがコレも鍛冶屋として扱われる。


鉄穴師は砂鉄を採集して砂と分ける作業を行う者だ、完璧に分けないとならないので熟練するまでにかなりの年月を必要とする、俺の村は恵まれた山々に囲まれていたので作物が収穫出来ない時期はそのような副業で何とか凌いでいた。


「しかし悪くねぇ、この剣は悪くねぇな」


「そ、そうか?そんなに高い代物じゃねぇだろ、ファルシオンだしな」


「お嬢ちゃん、職人にとっての良し悪しってのはそこじゃねぇのさ、この剣が沢山の戦いを経験して来たのがオイラにはわかるよ」


「確かに手にしてから色んな奴と戦ったしな」


一部になった者もいるがその多くは強敵だった、ファルシオンに無茶をさせた事も何度もあるし感謝もしている、様々なクエストを解決して貯めた貯金で他の剣を買おうって発想もまったく出てこない。


グロリアに惚れたようにグロリアがくれたファルシオンにも惚れている、金床に寝かされたファルシオンは何処か落ち着いているように思う、激戦の連続で無理をさせた事を申し訳無く思う、自然と頭を下げてしまう。


「へぇ、お嬢ちゃん、見掛けだけでは無く心も美しいじゃねぇか」


「んな!?」


足踏み式の回転砥石で研がれるファルシオンは実に気持ち良さそうだ、赤ら顔の皺深い職人は俺をからかいながらも作業を中断しない、欠けた刃の研ぎ直しが恐ろしい速度で終わってゆく、このオッチャン曰く俺のファルシオンは美人さんらしい。


しかもその例えが良い、辺境の村で家族の為に農作業に勤しむ生娘だとよォ………それって童貞の俺じゃね?何だか恥ずかしくなって俯いてしまう、ご主人様も童貞で剣も処女って救われないぜ?刀身が研がれる音は耳心地が良く椅子に座りながらウトウトしてしまう。


横溝を掘る様にして削るのを見て難しそうだなぁと素直に思う、一方向にゆっくりと動かす作業を何度も根気良く繰り返している、見てるだけで気が遠くなりそうな作業だ、刃先と砥石の隙間に出来る陰の広さで微調整しているようだがそれ以外はわからない。


「お嬢ちゃんに使われて幸せだとよ」


「うへへ、照れる、初めての剣だからなっ!」


「最後まで使い切ってあげなよ、武器はご主人様を選べねぇんだからなァ」


「あ」


そうか、人間が自分の生まれを選べないように武器も自分の主人を選べない………ファルシオンにとって俺は唯一の主で奉仕するべき存在、いつも文句を言わずに俺に使われている。


一度も礼を言った事は無い、何だかたまらなくなって口にする。


「あ、ありがとぉ、ファルシオン」


「ぷはははははははははははは」


「今度は何だ!?」


すげぇ良く笑うな!


「どういたしましてだとよ、お嬢ちゃん」


オッチャンはそう言って優しく笑った。

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