第67話・『美少女の鼻血はほぼトマトジュース』

絵画が広がる空間に一人の少女が佇んでいる、369度全方位の眺望を来客に楽しんで貰えるように円形平面にしてるのですよと優しく口にした。


手を繋いだまま少女を見詰める俺とグロリア、調子を良くしたのか少女は指を立ててさらに『眼下に広がる光景を間近に感じれるように外装は71度の勾配をつけてるのです』と言葉を続ける。


グロリアや俺と同じシスターの容姿をした存在、しかし年齢は10歳ぐらいに見える、これが特別仕様って奴なのか?一般的なシスターよりやや垂れ目がちで目尻が優しい、肌は透けるように白くガラス張りの空間では日焼けが心配だ。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服はグロリアや他のシスターの物と同じ、しかし生地の色は黒羽色、普通の黒色よりも光沢があり艶のある色合いで見ただけで高級なモノだとわかる、その高級色を見事に着こなしている。


「ガラスが破損した場合を考慮して室内で交換可能なギリギリのサイズで調整しました、あ、まだ名乗って無かったですね」


「「はぁ」」


「シスター・炎水(えんすい)と申します……べぶっ!?」


絵画に躓いて倒れるシスター、ベールが剥がれて顔面が地面に擦れるように横移動する、ズサーッ、俺達は何も言えずにその光景を黙って見届ける、その振動で天井に吊るされていた絵画が落ちる、角度は完璧で角の鋭い所がシスターの頭に突き刺さる。


「ぐぇ!?…………うぅ、イタイよォ、うううう、お母さぁん、うぅ」


お母さん?!プルプルと生まれたての小鹿のように震えるシスター、これがこの巨大施設であるアラハンドラ・ラクタルの責任者?最初から威厳や何やらをドブに全力で投げ捨ててるけど大丈夫か?俺とグロリアは無言で立ち上がる。


受け付けのシスターを責任者にした方が良いんじゃねぇかな、手を掴んでシスターを立ち上がらせる、涙と鼻水に塗れて正直言って見るに堪えない、ハンカチを差し出したら全力で鼻をかむし、弾ける笑顔で鼻水塗れのハンカチを返してくれる。


強くかみ過ぎたのか転んだ衝撃からかさらに鼻血がダラダラ出ているし。


「じゅび、お、お見苦しい所をお見せしました」


「現在進行形でお見苦しいぜ」


「同感です」


「うぁ、鼻血!?お赤飯炊かなきゃ!」


「…………グロリア」


「私に何を言っても無駄ですからね」


無視を決め込みやがった、鼻血が絵画に落ちると価値が無くなってしまうのでハンカチで鼻を押さえてやる、小さくて愛らしい鼻、規格は同じだが細部は違う?対象に威圧感を与えない為にこのような優しい風貌に調整したのか?


髪の色は深藍(ふかあい)だ、藍染(あいぞめ)で黒色に近い程に濃く染める事でその色合いが完成される、濃く深く暗い青色、シスターの髪の色は派手な色合いのモノが多いような気がする、神の威光を伝える為にそのようにしているのだろう。


しかしこのシスターは違う、地味な色合いの深藍の髪………藍染めをする際に藍を搗(かつ)のだが搗とは丁寧に染めた布を地面の上に広げて何度も叩く作業の事を指す、俺も親戚の手伝いで何度もした事があるが大変な重労働で非常に疲れた記憶がある。


その事から褐色(かちいろ)とも呼ばれるこの色は質素だが美しい、質実剛健を好んだ古代では多くの騎士がこの色を好んだと聞く、ドジを連発するシスターだが何処か包容力のようなモノを感じてしまうのはコレが原因だろうか?


「じゅびび、鼻血が……はっ!?………に、妊娠?」


「晩メシ何にするよ?」


「魚が続いたのでお肉が食べたいですね、街の外の牧場で山羊を飼っていましたね?」


「チーズやバターが期待出来るなっ!」


「あれはジャムナバリ種ですからねェ、お肉も期待出来ますね」


ジャムナバリ種は白地に褐色や黒の斑点で非常に分かりやすい、耳がダラーンと垂れ下がっていて大きく広がった鼻筋が特徴だ、乳用だけでは無くその多くが食肉として使われる。


少し早い晩メシの話、そうしないと頭がおかしくなりそうだ、グロリアもグロリアで私もコレと同じシスターなのかと微妙に凹んでいる、シスターにも色んな娘がいると再認識。


じゅびび、本人曰く妊娠を告げる鼻血はまだ止まらない、髪型も特徴的で太めに編んだ髪を編み目に下から上に手櫛を入れたような仕上がり、柔らかそうなフワフワの三つ編みをしている。


何度も丁寧にほぐしたのか三つ編みなのにルーズな雰囲気が漂っている、それを左肩に流していて年齢を感じさせない色っぽさがある、しかし現状では鼻血の勢いに押されて全てが無駄になっている。


「あ、ありがとうございます、鼻血はもう大丈夫です」


「そ、そうか」


ハンカチが血塗れになっている、その血に違和感を感じる、グロリアの方をちらりと見る、底無しの闇に体が沈んでゆく感覚、それだけで理解した。


この娘にはエルフの血が付加されている、目的や意図はわからない、しかし確かに感じる、グロリアの目的は全てを支配する事だと思う、それは自分の生まれ育った組織ですら対象に入っている。


その計画の足掛かりとしてこのアラハンドラ・ラクタルの責任者を俺の一部にして支配下に置けと言っている、エルフの細胞を持つ者は久しぶりだ、耳を見ると確かに尖っている、ああ、食欲をそそる良い尖り具合だ。


シスターの細胞に汚染された俺には彼女のエルフの細胞は御馳走だ……しかもシスターの細胞まであるのだから融合するのもさぞ気持ち良いだろう、二つの細胞を欲する、シスターの細胞でグロリアにもっと近付ける、エルフの細胞で不調が僅かに解消される。


二つの味で美味しそう。


「シスター・炎水、伝えていた『図書館』の件ですが」


図書館とは全てのアラハンドラに完備されている法定納本図書館の事を指す……ルークレット教に関する全ての書籍や資料が保管されている施設で閲覧するには管理者の許可が必要だ、と言っても今回希望したのはその中でも最低レベルのモノ、機密とは言えない。


地下にある図書館に入る事そのものが目的だ、後は妖精の力で無機質を操って必要な情報を盗み取れば良い、まさか本や資料が生体なわけ無いだろ?グロリアに妖精の力の事は伝えていないのに把握されている事に少しショック、確かに情報の分析は出来るけどな!


シスターの薄く淡い青紫色の瞳が優しく細められる、これだけ世話をしてやったんだ、さっさと許可をくれ。


「ああ、我々がエルフライダーに干渉している件とシスター・グロリアの破棄された妹の事を調べに来たのですね?」


え。


「申し訳無いのですが許可は与えられません、お引き取りを」


笑顔も無く鼻血も無く無表情になったシスター・炎水は感情を失った声で呟いた。


どうしてそれを知っている?グロリアは見事なまでの綺麗な一礼をして踵を返す、俺もそれに続く。


「チッ」


「チッ」


シスター二人の舌打ちが印象的だった、神様の使徒だろ?

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