閑話61・『愛を取り戻せ!そんでもってあっちにほーい』
昔から大切なモノには印を刻む、それは癖だ。
シスターの生活の基本は共同生活、一人前になるまで同期の皆と一緒に暮らす、同期と言うよりは同時期ですかね?
量産されるシスターは人間なのか消耗品なのか、長々と考えて出した結論は消耗品だ、悩んだ挙句に導き出された答えはあまりに滑稽で無慈悲だった。
「それはそれとして」
印の話だ、最も大切な存在であるキョウさんにも印を刻んでいる、魔力を使った細工で簡単なモノだ、キョウさんの体に魔力で作った細い糸を埋め込んでいる。
企業秘密なのだが魔力を感知出来る者でも見る事は出来ない、中々に都合の良い仕掛けなので若い頃はコレを悪用して好き勝手やったものだ、そして今も好き勝手してます。
半日の外出なら許すが既に二日が経過している、苦笑いしながら糸を辿る、数日滞在している古都は恐ろしい程に人間関係が希薄な街で過ごしやすい、戦争で消耗した街は何もかもが気だるげだ。
「ここですねェ」
屋敷林(やしきりん)を抜ければそこには立派な豪邸がある、防風や防雪の為に設置されたものでは無く純粋に景観の為に作られたようだ、警備の人間もいないので侵入は容易かった。
近所の人の話では他所から流れて来たエルフが建てた物らしい、名前を聞いた事のある冒険者だ、勇名を轟かせていたがまさかキョウさんに狙われるとは、クスクスクス、口元に手を当てて笑う。
冒険者として名を上げればこのような生活が出来る、中々に夢のある光景だ、各施設が理路整然としている、それそれが対称的に意図を持って配置されている様は目に新しい、この街特有の建築方法ですかね?
浮き彫りを想起させる装飾が屋敷の外観を派手に見せている、ドアを蹴破って悠然と屋敷に踏み込む、糸を辿ってゆっくりと歩く、歴戦の冒険者なら異変を察してここで迎え撃ちそうなものですが今はそんな余裕が無いんですかね?
「あら、色々な美術品が……お仕置きとして帰りにキョウさんに持たせましょう」
闇市で売り払おう、それぐらいの恩恵は受けたでしょう?絢爛豪華な西欧風の廊下を歩きながら色々と思案する。
少し過剰とも思われる装飾の数々は職人が丹念に一つ一つ作り上げたもので売り捌くのは心が痛む、しかもこれ程に心血注いで作り上げたモノだとすぐに出元がバレてしまう、これは勘弁してあげましょう、優しいです私。
豪華な大理石張りの壁は悪趣味だ、この美的センスの持ち主がキョウさんを弄んでいると思うと些か不安にもなるが食事をさせてやらないと壊れてしまう、壊れても愛するのだけどソレとコレとは話がまた違いますしね、少し足早になる。
「ココですか」
二度目の蹴破り、キョウさんと一緒に冒険するようになってからドアを蹴破る事が多い、何だかんだでトラブル続きの毎日です、エルフライダーであるキョウさんに様々な思惑で様々な人種が干渉してくる、それが楽しくて仕方が無い。
真面目に考える、キョウさんと出会う前の自分がどのように生活していたか思い出せない、計画の為に手駒を増やす事に夢中だった、甘く囁いて弱味を握ってさらに深く入り込んで味方だと耳元で囁く、無垢なシスターは神を捨てて私に仕えた。
消耗品である他のシスターを切り捨てる事は平然と行う、それが必要とあらば何時だって何度だって、しかしキョウさんは消耗品では無いし私にとって何よりも大切な人だ、誰かに捕まったのなら助けに行くし心配もする、この場合は逆でしょうけどね。
エルフがキョウさんに監禁されている、豪華絢爛なこの屋敷は餌場だ、ノコノコとキョウさんの甘い囁きに誘惑されるからこのように全てを失う破目に陥る、考えて見たら私もこんな風に他のシスターを支配しているのですね、ああ、良かったですねキョウさん。
容姿ばかりでは無く、人を支配したがる悪い癖も私と同じになりましたよ。
「ふふ、キョウさんは本当に私が大好きですね」
部屋に踏み込んで最初に違和感を感じたのは視覚では無く嗅覚だった、無垢なシスターを手懐ける際に良く嗅いだ独特の匂い、苦笑しながら部屋の中央へと足を進める、フルーツが腐ったような甘ったるくも命の終わりを感じさせる臭い。
そこに目当ての人を見付けて微笑む、迷子の子供を探しに来たような心境だ、これからは門限をちゃんと決めましょうか?馬鹿らしい考え、だけどこのような事態が何度もあっても困るので家に帰ってからキョウさんと相談しましょう。
「キョウさん♪迎えに来ましたよ」
「……………ァ、ぐろりあ、ただいまぁ」
「ふふ、まだ帰っていませんよ?その台詞は少し早いですね」
気だるげな声、全裸でベッドの上で仰向けになっているキョウさんの裸体に開けっ放しの窓から蒼白い月の光が差し込む、キョウさんの全身に三人のエルフが蛞蝓の様に醜く体を擦り付けている、粘液で濡れた様も蛞蝓とまったく一緒だ。
悍ましさと尊さは方向性が違うだけで根源は同じだ、にっこり、異常な状況からは想像出来ない無垢な笑顔、何処もかしこも丸みを帯びて柔らかくなっちゃって、古傷も消えてしまっているしコレでは私と姉妹扱いされても仕方が無いですよ?
まるで死体に群がる蟻ですね、もしくは卵子に群がる精子、前者は悍ましく後者は尊い、しかしその根源は同じ、キョウさんに群がるエルフはその二つの事柄と共通している、既に正気では無い、名も教えていないのか目の前の名の知らぬ少女を讃えながら健気に舌を動かしている。
甘露なのですね、エルフを狂わせて支配する、シスターを狂わせて支配する私と同じです、唯一モノに出来なかったのはクロリアですかねェ?いらないですけどね、キョウさんが美味しく頂いて活用しているのならそれはそれで良いのです。
「沢山食べました?」
「う、ん、おなかいっぱいだぜ、しんぱいした?」
「ええ、沢山心配しましたよ?服はそこですか?」
「ああ、たしかそこに」
「ええ」
体力の限界なのか眠りが近いようだ、私が来て安心したのか口調が妙に幼くて甘えるような響きがある、何だかくすぐったくて少しだけ仏頂面になってしまう。
指定された場所に几帳面に服が畳まれている、服を買って上げる約束でしたが容姿がこんなにも変わってしまってプレゼントするのに悩みますね、服を手早く回収する。
『――――――――――――――――』
『――――――――――――――――』
『――――――――――――――――』
ゾンビでももっとまともな思考回路をしているでしょう、この街にいるエルフはこれで全部ですかね?狩場は自由に決めて良いが餌場はもっと地味なモノを選ばないと駄目ですよ?帰ったらアドバイスしてあげましょう。
「どけ」
その三人を乱暴に引き剥がす、抵抗したので足蹴にする、一人だけ妙に引き締まったエルフがいたがコレが件のエルフですか、少しだけ正気を取り戻したのか睨みながら立ち上がろうとする、まるでそれは私のモノだと言わんばかりの形相。
「生意気だぞ、お前」
無造作に踏み付ける、鼻の骨が罅割れる音、それでも闘志は消えないのか足首を手で掴んで引き剥がそうとする、無意味な行為は嫌いだ。
そして弱者を踏み付けるのは大好きだ。
「あら、もう終わりですか」
つまらない、キョウさんを抱き上げる、様々な粘液で染まった肌は華奢で軽い、まるで羽根のようだなぁと感心する。
た、体重は同じくらいですかね?
「ぐろりあのところにかえる」
「宿でも家でも無く私の所にですか?」
「うん」
「………光栄です、我が姫君」
他人の粘液で塗れた頬に優しくキスをした、そして寝息。
貴方は眠り姫だったのですね。
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