第66話・『責任者は後に語る、変な百合っぽい姉妹が笑い転げていた』

最上階から見下ろす世界は見た事の無いものだ、グロリアと繋がれた掌は暖かくて安心する。


どれだけ嫌がってもグロリアは折れなかった、これからここの責任者に会うってのにコレは無いだろう。


俺の体調を心配してくれる、色々と介抱してくれたが異常は見つからなかった、エルフライダーの能力に起因する障害だろうか?


地上から650メートル上空の光景は人類にはまだ与えられないはずの恩恵、神の御業では無く組織の科学力と資金にビビる、グロリアの将来は安泰だな。


「これから会う奴ってシスター?」


「ええ、多くのシスターを統括する為の管理職型の特別仕様です」


まるで人を語るのでは無く物を語るようなグロリアの物言いに若干の嫌悪感を覚える、グロリアは履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツを鳴らしながら先を急ぐ。


外から見たらわからなかったが頂上の外部には様々な装置や設備が取り付けられている、落雷の仕組みを解析する為の計測装置、幾何学的なデザインをした装置が細かな点滅を繰り返している。


快晴なのにご苦労様、この高さだと地表よりも多くの落雷のデータが収集出来る、超高層建築物に計測装置を取り付ける事も今の技術では不可能、何もかもが不可能で高度な技術によって運用されている。


この分析結果により雷被害防止や落雷に対して強度のある素材や電子機器の開発に繋がるらしい、この教団は自然さえも支配しようとしているのだろうか?何だか恐ろしくなってグロリアの手を強く握る。


それらの物質も電子機器も教団が独占しているのが現状だよな?


「どうしました?まだ体調が…………」


「いや、何か気持ち悪くなった、精神的に……この建物なんか嫌だぜ」


「そうですか、さっさと用事を済ませてしまいましょう、確かに長居をするような場所では無いですね」


「グロリア?」


自然溢れる景観の中に突如として現れる巨大構造物、ここから見下ろす景色は最高だが外から見ると威圧的に見えてしまう、街の人間はこの建物に見下される事に慣れてしまってそのようには思わないようだ。


建物に打ち付ける風切り音を聞きながら部屋に案内される、重々しくドアが開かれる、これも魔力を使わずに自動で開くのか?グロリアを横目で見る、凜とした佇まい、彼女はどのようなモノに対しても変わらず冷静だ。


そこにあったのは思い掛けない空間、恐ろしく広い部屋だ、俺の故郷の村ぐらいならすっぽりと納まりそうな空間、絵画を天井から地面にまで一切の隙間も無いように縦にして展示している、中心だけ道のように絵画が置かれていない。


「なにコレ、威嚇か?」


「さあ?どれも値打ちのあるモノですね、帰りにお土産として一つ盗んで帰りましょう」


お土産を盗むとは言わない、そんなに価値のあるモノなら市場に出しても嫌がられるんじゃ無いか?しかしグロリアには謎の人脈があるらしく大丈夫ですと冷静に言い返された、馬の次は絵画か、いよいよ本格的になって来たな。


薄い色合いのでも目にしっかりと残る筆のストロークが印象的な絵が多い、一般的に見られる絵画より場所と時間によって変化する光の描写が異様な程に正確だ、対象にした人物や物質に対してちゃんと日常性を加えている、まるで絵に吸い込まれそうだ。


人間の感覚や経験に絶対的に必要な社会背景、些か斬新過ぎると思われるアングル、どれもこれも目新しい、ここ数十年の間に中央で起こった芸術的な革新らしい、筆跡をなるべく消して己の理想美を追求する従来の絵画とはまったく違う。


「あ、コレは私の描いたモノですね、組織内で転売されましたか」


「ん?グロリアが描いたのか?」


「ええ、私が描きましたけど………どうしました?」


色彩に富んだ絵だ、一般的な絵画とはコレも違う、写実主義が好む繊細なタッチとまったくの別物、凄まじい程の荒々しい筆致なのに動きや環境を伝える為の描写に関しては一切の油断も無い、青空の下で戯れる子供達が描かれている。


一部でそちらの知識に明るいのは意外にも灰色狐だ、色彩は混色を避けて並べるように配置する、それによって同時対比の原理で見る者に色を現実の生きた色として伝える事が出来る、何気なく描かれている事が高度な技術によって確立されている。


自然光の扱いを大事にしているのも印象深い、対象とする物体から物体への色彩の反映に神経を削いでいる、主題と背景の境目がまったく無いのも不思議な絵だなと思う、それによってこの子供達の日常が永遠にここに封じられたような錯覚すら覚える。


「俺さ、美術の知識まったく無いけどコレって凄い絵じゃねぇの?」


「まあ、家ぐらい買えるでしょうね」


「グロリア……お前………」


「家って言っても貴族の住むような屋敷が限界ですよ?気紛れで発表しているんで信用が無いんですよ」


「グロリア……お前ェ」


「な、何ですか、ちょっと怖いんですけど」


大胆かつ繊細な色の広がりと力強い斜線のある構図、灰色狐の知識ではこの作家は大陸に名を轟かせた革新派の一人らしい、熱心な収集家が沢山いて新しい作品が発表される度に美術界が喝采で湧く程だ、本人はのほほんと趣味の一つのように語っているぜ。


才能こえぇ、戦闘能力や頭脳はシスターとしての能力として理解出来るが芸術的感性も豊かなのな!コレはいらないですねとか口にしているが灰色狐の知識ではその作品が一番高額だぜ、屋敷では無く小国ぐらいなら余裕で買える値段だ、この女なんなの?


馬を盗むとか絵画を盗む前に絵画を描けば良いじゃねぇか!視線を逸らしながら苦笑いする、何もかもが完璧なように見えて少し天然な所もあるグロリア、本当に可愛い女だぜ、こんなに可愛い奴が俺のパートナーなのだ、毎日が楽しいわけだぜ!


「ぷ、あはははははは、そりゃ無いぜグロリア、あはははははは、クソ笑えるぜ、あははははは」


「ちょ、ちょっとキョウさん、いきなりどうしたんですか?!」


「だ、だってグロリア、あはは、何もわかってねぇんだもんなぁ、くくくく」


「あ、あのぅ」


腹を抱えて笑っている俺とそれを不思議そうに見下ろすグロリア、あのグロリアには珍しい事に混乱している。


泥棒をするぐらいなら自分の絵を売れば良いのに、そんな事もわからないのに大陸に名を轟かせる絵画の天才として知られている。


う、ウケる。


「シスター・グロリア、シスター・キョウ、どうなさいました?」


遠くから声が聞こえた。


「ふはぁ?!シスター・キョウ?!あははははは、キョウさん、キョウさんシスターになっちゃったー」


「あははははは、ぐ、グロリアが、グロリアが嘘を、あはは、俺のせいじゃねぇ」


シスター・キョウ、グロリアはその単語に腹を抱えて笑い出す、お前の嘘だろうが、あはは。


二人で手を繋いだまま笑い転げた、責任者の人が来るまでずっと。


何かすいません。

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