第65話・『エレベーターですよお猿さん、そして幻聴は何処までも優しい』

アラハンドラ・ラクタル、組織と建物に共通する名称、白く巨大な建物は無慈悲に俺達を見下ろしている。


塔内部は円筒になっている、グロリアが手続きをしているのだが相手のシスターは何度も頭を下げている、グロリアって有名人なのかな?


俺の方を訝しげに見るが適当に受け流す、シスターでは無いのにシスターの容姿を持っている俺、そりゃおかしな存在だろうよ!俺自身もそう思うぜ?


「シスター・グロリア、手続きはこれで終了です……お連れの方は?」


「ええ、私と共通の遺伝子でデザインされたシスターです、アレハンドラ・エイジ以外の場所に行くのは初めてなのではしゃいでしまって」


「まあ、シスター・グロリアと同じ設計でっ!それは素晴らしい事です、貴方のような従順で優秀なシスターは他にいませんもの」


「フフ、あの子はどうだかわかりませんけどね」


平気で嘘を垂れ流してるし、グロリアは微笑んで世間話に華を咲かせている、長い付き合いの俺にはわかる、あれはどうすれば都合良く他人を操れるかと思案している顔だっ!


悪い奴やでェ、同じシスターでもあんなに違うのか!少し驚いてしまう、あそこの嘘吐きシスターと一緒にいたら俺まで悪に染まってしまう、少し距離を置きながら様子を窺う。


会話を聞いているとわかる、グロリアの方がかなり立場が上らしい、同じ組織の中の別の派閥、もっとギスギスしているかと思ったら別にそんな事は無いらしい、グロリアに様々な質問をしている。


このシスターの髪は金髪なんだな、瞳の色はサファイヤのような美しい青色………いや、その中でもコーンフラワーカラーと呼ばれる最上級のサファイヤか?故郷の村に時折訪れていたシスターと同じだ。


グロリア曰くあのタイプが基本形らしい、後は用途に応じて幾つかの種類に分かれているとか、グロリアの姉妹はクロリアしかいないのでその細胞を持っている俺が妹ってのはあながち間違った表現では無い。


近親相姦か……罪深い。


「グロリアっ!近親相姦でも愛があるなら大丈夫だぜ!愛があればスカトロでも大丈夫だぜ!愛って便利な言葉だな!」


「あのぅ、妹さんが何か叫んでいますよ」


「ええ、後で叫ぶどころか喋れなくするので大丈夫ですよ?」


「え、それは」


ヤベェ、調子に乗り過ぎた、グロリアは手を軽く振って受け付けのシスターに別れを告げる、ここまで巨大な建造物を見るのは初めてだ、外側のトラス部分から構造的に外す事で地震などによる揺れを抑制する制震構造になっている。


ササとクロリア、祟木と影不意ちゃん、そして姉さん、頭脳派の一部の知識は見る世界を変化させてくれる……村で暮らしていた頃の俺だったら単純にデカい建物だなーと感激して終わっておる、本当の感激はその裏側にある技術や情熱に気付く事だ。


外側から見た時に鋭利に尖ったモノに見えたのは一種の制振装置だ、バネの上に固定した重りで装置の揺れを抑制しているのか?心柱そのモノの重量で付加質量機構を構成しているのだろ、どのような歳月と技術があればそんなモノを開発出来るのか?


「凄い技術だけどここまで来ると笑えるな、神様を祀っているのに周りは全部科学じゃねぇか、まったくオカルト関係ねぇじゃん」


「近親相姦する人は科学の前に道徳を学んで下さい」


「ひゃーー、グロリアの口から卑猥な単語がでたーっ!いえーい、今夜はお赤飯だぜっ!やったなグロリア!」


「キョウさんの血で」


「え」


「キョウさんの血で赤飯を炊くわけですね?良いですよ……今夜は御馳走ですね」


「あはは、冗談ですよぅ」


ニッコリ、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、殺意を感じたのですぐに前言撤回するぜ、目線を合わせるのが怖いので白磁の陶器を思わせる白い肌に視線を逸らす。


まだフラグは圧し折っていない、ニコニコと笑うグロリアの様子を横目に見ながら策を練る、同僚の前でセクハラ発言した事がよっぽど駄目だったか?でもグロリアとセクハラって字面も発音も似てるしな、良くね?


頂上にいる責任者に挨拶をしないといけないとかで動く部屋で移動を開始する、グロリアは手慣れた様子でボタンを操作している、魔力の気配すら感じずに部屋は上に移動を開始する、おぉ、まるで夢のような光景だ、地上を見下ろせる。


妖精の力でアラハンドラ・ラクタルの水平方向の断面図を読み取る、地面の真上だと正三角形だった……しかし地上からの距離が高くなると丸みを帯びた三角形に変わって行く、曲線美を追求した独特の造形、とても面白い。


「なぁ、この移動する部屋ってさ」


「はい」


「セクハラするのに向いてそうだよな、一般化したらぜってぇオッサンが若い娘に抱き着くって、個室だし移動時間が終わるまで誰も入って来れないし」


「はい」


「女の子が出る瞬間にお尻を触って下の階のボタンを押せばすぐに逃げれるし……いや、ぜってぇするわ、オッサンならする、変態のオッサンならする」


「キョウさん、セクハラもそうですが閉鎖された空間は相手を一方的に蹂躙するのに凄く都合が良いのですよ?」


きゅるる、グロリアの引き締まったお腹から愛らしい音がする。


「赤飯食べたいですねェ」


殺されるかもしれん、起きている一部を確認する、灰色狐と祟木とユルラゥかぁ。


死ぬかもしれん。


「グロリアは可愛いなぁ、さっきのシスターより可愛いなぁ」


「当然でしょう」


「同じようにオッパイ無かったけどグロリアのオッパイの無さの方が良いなぁ」


「え、ここでそれですか?………キョウさんはおバカさんですねェ」


「……し、死にたくねぇ!グロリアっ!何か色々とスマンっ!これには……はっ」


「?」


「スマンッ!コレニハ……スマン!コレ、素マン・コレ……ふへへ」


グロリアは何も言わずに外の景色を見ている、腕を組んで世界を見下ろしている、彼女は全てを見下すのだ。


その姿が誰よりも何よりも似合う、きっと神様より似合う、だけど決して女神様では無い、慈悲も自慰も無い、誰かを慈しむ事も自らを慰める事も無い……完璧な存在。


強化ガラス越しに広がる空に溶けて消えてしまいそうで不安になる、ぶかこ、くろかな、あく、そう、みんないなくなる、あいしていたのに、れい、れいはぜったいにいきるんだよ。


どうしてそんなになきそうなかおをしているんだ、れい、おねえちゃんがいなくなっても、あなたはしあわせに、それがねがいだもの、ずっとずっと。


「キョウさん!」


「れ、い」


「キョウさん?どうしました?顔色が悪いですよ」


俺の異変を感じたのかグロリアが手早く介抱する、大丈夫だと口にしながら耳に残る幻聴に首を傾げる………どれもこれも聞いた事があるようで無いような不思議な単語、何だってーの。


クロリアや姉さんの汚染が進行したかと不安になったがどうやら違うようだ………れい、レイ?俺の声じゃ無かった、誰の名前だ、どうしてだろう、それが名前だって事は確信を持って言える。


「うえ、何か気分悪い」


「お猿さんには少し高度な乗り物でしたかね?」


「な、なにをー!」


「念の為に最上階で少し休ませて貰いましょう、心配させないで……キョウ」


「お、おう」


何だ?


『そうだ、僕が……勇魔が守ってあげる、キョウ』


新しく聞こえた幻聴は誰よりも優しく何よりも暖かい。


グロリアよりも。


「な、んだ」


イタイ、胸が張り裂けそうだ。

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