閑話59・『都会での野良エルフの捕獲方法・後編』

唇を奪われた衝撃で衝動的に彼女を突き放した、嫌悪感は不思議な程に無かった、急いで倒れ込んだ少女に駆け寄る。


世界に忘れられカビ臭い空間、壁には何の跡かもわからないような汚れが幾重にも混ざり合って不思議な色合いを見せている、野良犬の住処に相応しい別世界。


口元を手で覆う、男性との交際経験も少ない、エルフの里を出てこの身一つで生きて来た、いやらしい意味では無く戦う事で日銭を稼ぎ男達と肩を並べて生きて来たのだ。


九句(くく)はそれを恥じていないし胸を張って自分の軌跡を誇る事が出来る、そのような状況で生きる女性の多くは同性愛者になる事が多い、考えや好みが男性化してしまうのだ。


しかし自分にはそれがまったく無かった、それよりもやはり逞しい男が素敵だと思うし、女性には無い魅力に素直にまいってしまう事もある、ズカズカとした物言いをする癖に奥手なのが悩みだ。


だから少女にキスされる事は予想外の出来事であり心臓が恐ろしい速さで脈打っている、叱る事も怒鳴る事も出来ない、嫌悪感がまったく無いしどちらかといえば喜びの感情が僅かばかりある。


「あっ、ご、ごめんなさい、貴方の国では挨拶か何かの一種なのかしら?」


何かの一種って何なの?心の中で自分の言葉の矛盾に呆れ果ててしまう、動揺している、しかもわかりやすい程に動揺している、少女の唇の感触は一言では言い表せない桃源郷のように魅惑的なモノだった。


あそこで突き放さなかったらそのまま口内を蹂躙してしまう所だった、突き放した刹那に桃色の小さな舌がチロロと踊るのが見えた、愛らしいソレが獲物を捕食する際のヘビのようだなと思った、どうしてだかわからない。


「お姉さんが可愛かったから、キスをしたくなったの」


悪びれもせずに少女はそう呟いた、蠱惑的な声、あまりに甘ったるい脳味噌に浸透する声、こんなにも愛らしい声が世界にはあるのかと問い掛けたくなる程に耳心地が良い、エルフの尖った耳が声を聞く度に小刻みに震える。


無垢な瞳と無垢な言葉、誘っているんじゃないの?それともこの獣欲のようなモノが溢れないように我慢している私の方がおかしいの?まるで全裸の女性を目の前にした童貞のような無様な有様、彼女が何を考えているのかわからない。


様々な色が奇妙に混ざり合ったオッドアイ、左右の虹彩色が異なる色合いを持っている、その複雑な色合いからは想像出来ない純真な視線、何故だか体が前に出る、足が勝手に動いている、この娘は駄目だ、一緒にいると頭がおかしくなる。


「た、立てる?ごめんなさいね」


「優しいのね、可愛くて優しくてとても綺麗」


手を持つ、私の汗ばんだ手の感触を気にせずにニコリと微笑みかけてくれる、カビ臭いこの世界に似つかわしく無い笑顔、しかし太陽の下であろうが日陰だろうがその輝きは変わらない、周囲の状況に損なわれない圧倒的な可憐さ、ゴクッ、喉が渇く。


彼女の唇は甘くて驚く程に柔らかかった、甘いモノは喉を必然的に渇かす、それがとびきり甘い極上のフルーツなら尚更だ、立ち上がった少女は興味深そうに私を見上げる、体を小さく左右に揺らしながら実に楽しそうだ、猫のように気まぐれで意外性がある、魅力的だ。


私が男だったら体裁を捨てて既にモノにしている、眉間に手を当てて唸る、どうしようも無い程に疼く、まるで自分が自分ではないような異常な感覚、誰かに操られているようで自分で望んでいるような奇妙な感覚、あああ、あまり近付かないで欲しい。


力任せに貴方を私のモノにしたくなる。


「どうしてこっちを見てくれないの?怒った?嫌い?私の事が嫌いになった?」


「ッ」


両手首を抑え付けて壁際に追い込む、クスクスクス、状況に似つかわしく無い嬉しそうな笑い声、ああ、はぁはぁはぁはぁ、まるで獣のような野蛮な息遣いが聞こえる、誰だ?周囲を見回しても誰もいない、暫くして唖然とする、それは私の息遣いだ。


男っぽいとかそのようなモノでは決して無い、野獣の息遣い、品性を失ったソレに泣きそうになる、私は何をしている?故郷を出て一人で今まで生きて来た、それは私の誇りだ、屈強な男たちに混ざってあらゆる戦に参加した、お金の為に、自分の為に。


それは紛れも無い誇りだ、戦闘に適した職業に選ばれた事も幸いして名も上げた、いつかその勇名が故郷に届けば良いと密かに思っていた、その為に身に着けた腕力でか弱い少女に暴行している、あまりに衝撃的な展開に心がかき乱される、自分でしているのに!


くるりと上を向いた睫毛が小刻みに震える、あ、睫毛は銀色なんだと少女の容姿を細かく分析する、何処を切り取っても美しい、そしてそれを実感する度に華奢な腕を握る手に力が入る、少女の白くて細い手首が圧迫されて紫色に変色している。


「私の事、嫌い?」


このような状況下で三度同じ質問を問い掛ける、いきなり力任せに自分を追いやった相手にそのような質問、舌が上手に動かない、からかわれている?なのに苛立ちは感じない、苛立ちでは無くこの娘を自分のモノにしたいと純粋に思う。


色々な事を教えたい、無垢なこの娘に汚い事を教え込みたい、私色に染めて全てを支配してやりたい、あああ、何て愛らしいのだろう、何て憎たらしいのだろう、何でこの娘は私の恋人では無いのだろうか?付き合ったら絶対に幸せにしてあげるのに。


欲しいモノは何でも買ってあげる、触って欲しい所は何処でも触ってあげる………何だって貴方の望むままにしてあげる、だからその可愛らしい表情を他人に見せないで欲しい、永遠に私の目の前で可憐に咲いていて欲しい、あああ、お姉さんがいるの?


その人はこの娘のお姉さん、羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい、そんな血の繋がりだけで素敵な立ち位置に?それは卑怯だ、不平等だ、私だってこの娘が欲しいのに、このような力任せでは無くそのような奇跡的なモノで繋がっていたい!


「何度言わせるの?さっさと言いなさいよ」


「す、好き、大好き!」


「それだけ?」


「あ、愛しているの、貴方が、貴方が欲しい、欲しいのよ、どうしてかわからないけど頭がおかしくなりそうなの」


「手が痛いわ」


「は、放したら逃げるでしょ?」


「そうね、逃げたら貴方はどうするのかしら?」


嬉しそうに楽しそうに少女は質問を重ねる……声を聞く度に耳が震えて脳が委縮する、小さく小さくなる脳味噌、脳内には甘くて粘度のあるシロップが大量に溢れている、シナモンの香りと合わさって脳味噌を蹂躙する。


何て生意気な娘なの、こんなにも愛らしいのにこんなにも私のモノにならない、舌足らずで柔らかな物言いをする癖に股は緩そうでどんな男にでも愛嬌を振りまいて情に絆される、誰にでもこうやって甘く囁くのでしょう?


それは久しく忘れていた感情、嫉妬、この娘が誰かと肌を重ねたかと思うと凄まじい衝動に全身が支配される、それはその対象に向けられる、殺意だ、この娘の柔らかな体を蹂躙した男達を全て殺してしまいたい、そう、股のモノを切り落としてやりたい。


誰にも汚させない、私だけが汚せるのだ、汚せる権利があるのだ、だって彼女はこんなにも私に色々と質問をしてくれる、キスだってしてくれたわ、それってつまり好きって事でしょう?相思相愛って事でしょう?


何もおかしくない、おかしいと言う奴がいるのなら駆逐してやる。


「逃げたら貴方を追い詰めて追い詰めて周りの親しい人を全員殺してやるっ、そうしたら私しか見えないでしょう?こうやって、腕を締め上げて」


「うぁ」


「あぁあ、痛かった?ごめんなさいごめんなさい……小鳥のような愛らしい声」


「いたい、痛いよ、お姉さん、やめて」


「っっっ、五月蠅い!黙って私を受け入れなさい―――そうだ、私の家に来い」


「―――――」


「お姉さん探しとかどうでも良いの、貴方にしか興味が無いわ、誘ったのはそっちでしょ?責任があるでしょう?」


「いたい、いたいよぉ、お姉ちゃん助けて……グロリア」


「黙れっ!他人の名前を口にするなっ!貴方はねぇ、私の名前だけを口にすれば良いのっ!じゃないと酷いわよ」


自制が効かない、体が勝手に動いている、蒼褪めた表情で奥歯をカタカタと鳴らす少女、先程までの生意気な振る舞いが嘘のように消え失せている。


その姿に満足しながら股を擦る、太腿の内側が擦れて疼く、その奥の奥にあるモノが涎を垂らしながら獲物を待ち受けている、この娘を監禁して私のモノにしてしまおう。


最初は抵抗するだろうし嫌悪感から私に対して罵りを浴びせるだろう、だけど時間が全てを解決してくれる、私が彼女を愛している事をちゃんと伝えるには時間が必要だ、時間と監禁が必要だ。


なるべく外からの情報を遮断して私の言葉だけを耳にする習慣を作る、後は外部からの衝撃、つまりは暴力を振るってその体に刻み込めば良い、可哀想だ、可哀想だけど二人の明るい未来の為なのだ、私も頑張ろう。


「そう、それで良い、私だけのモノにしてあげる」


「うぅ、ぐろりあぁ、やだよぉ」


さあ、この娘に似合う服を買ってあげないと。


私の好みで。

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