閑話58・『都会での野良エルフの捕獲方法・中編』
この街に居付いて三年の時が流れた、流れ者が定住するには都合の良い街、古都ではあるが十年前の戦争で原住民が根絶やしにされた。
そのお陰で多くの新参者が大きい顔をして街を闊歩している、古い血も古い因習も無い街は流浪者の楽園だ、名前を変えて顔を変えて嘘で生きてゆく。
しかし九句(くく)はそうでは無い、古い血を嫌って故郷を逃げ出して戦の喜びを知ってここまで落ちぶれた、エルフである事を捨てて生きて来た。
「……何だか視線を感じるわね、追手かしら?」
「どうしたの?」
「いいえ、何でも無いわ、ここでお姉さんと離れたの?」
「―――――うん」
大人しそうな少女だ、儚げで可憐な少女、服装は農民のように貧相で質素なモノ、少女が着るにはあまりにも不釣り合いなモノでつい首を傾げてしまう。
金糸と銀糸に塗れた美しい髪、太陽の光を鮮やかに反射する二重色、黄金と白銀が夜空の星のように煌めいている、どちらも古代から人を惑わす魔性の色。
華絢爛な着飾る必要も無い程に整った容姿、瞳の色は右は黒色だがその奥に黄金の螺旋が幾重にも描かれている、黄金と漆黒、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
そして肌は恐ろしい程に白い、血管が透けて見える程だ。
「貴方のお姉さんってシスターでしょう?だったらすぐに見つかるから安心しなさいね」
「ありがとぉ」
舌足らずの口調が儚げな容姿と合わさって実に良く似合っている、自意識過剰と言われるかも知れないがエルフは美しい容姿を持って世界に生れ落ちる、それは必然であり神によって定められた絶対的なルールだ。
創造神の寵愛を受けた種族、故に他種族はエルフを求めて戦を起こしてエルフの為に殺し合う、傾国の種族とも呼ばれる存在、だけれど例外がある、世界には必ずしも例外が存在するのだ、それがルークレット教のシスター。
神によって設計されて神によって誕生させられた例外的な存在、彼女達は人間の美を極めたような全てを超越した美貌を持っている、そして恐ろしい程の学習能力と戦闘能力、ルークレット神に対する忠誠心を持っている。
エルフよりも美しい例外的な生き物。
「?どうしたの?」
「いいえ、何でも無いわ」
そんなシスターが迷子になっていて自分が頼られる事になるとは想像しなかった、シスターは冷気を纏ったような独特の雰囲気を持っている、何故なら完成された精神と芸術的な美貌は見る者を畏怖させるからだ。
しかし彼女にはそれが無い、まるで無垢な子供だ、15~17歳ぐらいに見える、しかし舌足らずな口調と透き通った無垢な瞳が確信を持たせてくれない、美しい少女と一緒にいる時間は妙な緊張感を私に与えてくれる。
「わ、ちょ、ちよっと!」
「お姉ちゃんとは手を繋いでるから……駄目かな?」
「べ、別に良いけど」
年下の少女だ、思いがけない事もするだろう、白魚のように美しい指が自分の指と絡まる、異性相手ならわかるけど同性相手で胸がときめく理由がわからない、こんな事なら憲兵に紹介してさっさとその場を去るべきだった。
自分のリズムを崩されるのは嫌いだ、お姉さんを探しながら繋がれた手の感触を意識する、赤子の肌のように柔らかくて潤いに溢れている、見慣れたはずの古都の風景が特別なモノに見えてしまう、ま、まずいか?まずいな!
男日照りが続いて頭がおかしくなったか?エルフの容姿は性的なモノでは無く芸術作品に近いものだ、大抵の男は怖気づいて手を出そうとはしない、さらに言えば過去の繋がりを否定するこの街特有の風土がそれに拍車をかけている。
古い血も古い因習も無い街は確かに流浪者の楽園だが同時に厄介事を嫌う風土を作り上げてしまった、流れ者のエルフなんて誰も手を出そうとはしない、それなら銭を出してプロに世話された方がマシと多くの男が答えるだろう。
「お姉ちゃん何処かな?お姉ちゃん、グロリアはいつも腹ペコだからすぐに何処かに行っちゃうの」
「お姉さんはグロリアって言うの?良い名前ね」
「うん、とても優しくて可愛いの」
「貴方も可愛いわよ?エルフなのに嫉妬しちゃうわ」
「?お姉さんもとても綺麗よ?」
街のあちこちに古い要塞群が今も広く見られる、先述の戦の名残だ、このようなあどけない少女には似つかわしく無い背景だなと勝手に思う、同性相手にこんな風に夢中になるのは異常な事なのだろうか?少なくとも普通のエルフの生活では有り得ない。
恋愛も性欲も忌避する性質がエルフにはある、人間と違ってかなり長命な事と感知出来るモノの幅が広いので異性に興味を持つ事が少ない、伸びた耳は魔力の流れを読み取って世界の声を聞く為にあるのだ、単純な三大欲求に縛られたりはしない。
縛られないはずなのに妙に疼く、あまりにこの少女が美しくて無垢なばかりに汚い大人の私が顔を出す。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして、フフ、そんなに顔を赤くして……年上なのに年下見たい、可愛いわ」
「なっ」
漆黒と黄金の螺旋と青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩、左右の色が違う瞳が興味深そうに私を見詰める、しかし何も言いだせない、口元に手を当てて上品に笑う様が目に眩しくて盲目的にそれを見詰めてしまう。
手を引かれるがまま体が動く、薄暗い路地が目の前にある、古都の風景からも皆からも忘れられたような空間、そっちにお姉さんがいるの?彼女は何も言わずに私を誘惑する、この先に何があるのだろうか、わかる事はまだこの娘と一緒にいたい。
顔が熱い、風呂上りのような感覚。
「―――こっちに行こう、私はこっちに行きたい」
「え、ええ、貴方が行きたいのなら」
何処にだって、既に私は彼女の虜になっていた。
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