閑話56・『ロリと幸せな食卓、セミも添えて』
ミーン、ミーン、ミーン、セミの声が木霊している。
一緒に暮らして理解した事がある……夏の男の子はメンドイ、変にテンションが高い。
畑仕事を終えたキョウくんは満面の笑みでセミを捕ってくると全力疾走、セミを捕る事にどのような意味があるのか?
勇魔によって高位な処理能力を与えられた悪蛙の脳味噌でも理解不可能、一つだけわかっているのは疲れて帰って来るって事、溜息を吐きながら台所に立つ。
カエルのアップリケが貼られたエプロンを纏う、キョウくんと暮らし始めて料理を覚えた、料理だけでは無く様々な家事を覚えた、姉妹が見たら笑うだろうか?
「んー」
手持ちの食材は少ない、そろそろ狩りをしないと肉が尽きてしまう、野菜や野草は豊富にある……野菜は畑で栽培しているし野草は季節事に塩漬けにして保存している。
お手軽にパスタとかどうですかね?ピッツォッケリと呼ばれる蕎麦粉で作られたパスタを手にする、家から少し離れた場所に痩せた土地を発見した、最初はそこの乾燥した土で酸性化の経過につて研究していたキョウくん、とても熱心なのです。
やがてその土地で何か作物が育てられないかと思うようになって選んだのが蕎麦、蕎麦は厳しい気候条件と痩せた土地を好む、火山灰で覆われた気温の低い土地などは蕎麦にとって楽園なのだ、変わった作物なのですよ。
旱魃(かんばつ)に強いその特性にキョウくんは興味津々のご様子、自分で勉強して知識を蓄えるのはとても良い事なのです。
「ただいまだぜ!アク!セミを沢山捕ったぜ!」
「いらねぇ」
「ほらほら、こんなにも!」
「ぎゃあああああああああああああああああ、近付けるなです!悪蛙は虫が苦手なのですよ!」
部屋に入って来たと思ったらそのままセミを見せつけるキョウくん、麻袋の中に大量に詰められたセミ達が一斉に暴れ出す、羽が軋む音と激しい金切り声、聞いているだけで頭が痛くなって来るですよ。
佃煮にしようぜ、そんな悪魔的な言葉を残して地下室に続く階段に向かうキョウくん、ぜってぇ食べないです、その背中を睨む、本人は実にご機嫌で楽しそうだ、男の子って何を考えているのかわからねぇーのです。
激しくなる動悸、セミなんてほぼゴキブリと同じじゃねぇーですか、それを汗水流して捕まえて何が楽しいのか、セミが絶命する声が聞こえる、大切なたんぱく質なのは理解出来るのです、しかし理解するのと理解して行う事は違う。
「うめぇ、セミうめぇ」
茹でたセミをモグモグ食べながらキョウくんが戻って来た、ほぼモンスター、塩を撒いてモンスターを追い出す、しかしモンスターはその塩でセミをさらに食べる、ザルの上に山盛りにされたセミを次々に平らげてゆく。
パスタが食べれなくなりますよと皮肉を言う、しかしキョウくんは笑顔でそれを聞き流す、一人で捕ったとは思えない量です、苛立ちを誤魔化しながら一人でこれだけ良く捕れましたねと意味の無い会話を続ける。
「ん?変なガキんちょが手伝ってくれたんだ」
「へぇ、それはまたそれはまた、変なお兄ちゃんにそのように言われるなんてその子も心外でしょうね」
「えー、俺の何処が変なんだよ!!グフフフフフ、何処からどう見ても好青年だろ?」
「下らない戯言を言っている暇があったら食器の準備をする、働かざるもの食うべからずですよ」
「セミを捕ったぜ!」
「それは働く内に入らねぇですよ!」
少し厳しめに言うと項垂れて食器の準備を始める、陰鬱な空気なのです、はしゃぐ時も落ち込む時もわかりやすい、このままでは折角の食卓が最悪なものになってしまう、言い過ぎたとは思わないけど凹み過ぎて申し訳なく思う。
塩漬けした猪の肉と茹でたキャベツ、ジャガイモ、ピッツォッケリをチーズとバターのソースで和える、その際に黒コショウを多めに入れるのが悪蛙風、さてと、どんよりした空気を纏っている愛する人を呼びますか、仕方ねぇです。
「セミを捕る事しか出来ない俺に何か用事か?」
「卑屈になるんじゃねぇですよ、ほら、屈んで下さい」
言われるがままにキョウくんは腰を折り曲げて目線を悪蛙と同じ位置にする………ボサボサの手入れのしていない黒髪に黒曜石を連想させるような深く底の知れない瞳、顔立ちは平凡だが一度見たら忘れられないような不思議な魅力があるように思える。
まるでご褒美を待ち侘びる犬のような表情、仕方のねぇ人、大好きな男の子、明後日の方向を見ながら乱暴に頭を撫でてやる、くしゃくしゃくしゃ、それこそ犬を撫でるように素っ気なく、これが悪蛙の限界なのですよ、これでも頑張っている方なのですよ。
恥ずかしくて真っ赤に染まる自分の頬がわかる。
「うひゃ、悪蛙に撫でられるのは嫌いじゃないぜ」
「素直に好きだと言いやがれ」
「うん、好きだ」
「けっ」
飲み物は何にしましょうか?農作業も終えたのでアルコールでも良いですね、そんな事を悩みながらニヤける口元を袖で隠す、まるで部下子のようなポジション、憧れたその場所に自分が立っている。
駄目だ、笑うな。
「しかしさっきの虫捕りを一緒にしたガキも別れ際に俺の頭を撫でようとしたな、知り合いじゃねぇのに馴れ馴れしいぜ」
「へぇ」
冷めた口調になるのがわかる。
「確か名前は化婁迦婁(かるかる)ったな、少しだけアクに似てたぜ?」
「――――――――――」
化婁迦婁、第四使徒――――。
幸せが遠退くのを感じた。
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