閑話54・『錬金術師は目があっても無くても何も見えてねェ』
何より怖いのが餌の確保は自分で行っている事、吸血竜を飼っている身としてそこは確認しときたい。
集落とか襲っていないだろうな?血のある生物なら何でも良いらしいがこの世界で最も餌として都合が良いのは人間だ。
どんな場所にも生息しているし数も多い、改めて生き物を飼うのって大変なんだなと自覚、もし俺の飼っている吸血竜が人を食ってたらどうすれば良い?
「なので、夜中にあいつが何処にいるのか確認しようと思う」
吸血鬼の習性からか吸血竜は夜に餌を求めて行動するらしい、昼間は目を閉じて眠りながら飛行しているとか……竜の特性で太陽の光を受けても平気らしい。
俺が相方として血肉に形を与えたのはササ、誰より俺に忠実で錬金術の能力の幅も広い、クロリアにしても良かったがエルフの要素の無いクロリアを具現化するのは少々キツイ。
グロリアは勝手にしなさいと早々に眠ってしまった、宿の外に出て空を煽り見る、幾つもの星が煌めいていて雲一つない夜空が目の前に広がっている、鐘楼にある鐘の音が静かに響き渡る。
機械仕掛けの時計は都会では時間を告げる重要なアイテムだがこのような農村に近い街では見る機会は無い、まだまだ鐘が現役で使われているのだ、消灯の合図となるその静かな響きは人々に一日の終わりを告げる。
「ササ、そもそも吸血鬼と竜ってさ、エッチ出来るのか?」
「竜種で人に化けられるような高位な存在でなら可能かと……今回は両目を具現化してくれたのですね」
「一人で追い掛けるのはしんどいからな」
丸みを帯びた大きな瞳は様々な魔眼を溶かして一つにしたもので黒目の部分は円状に虹色の色彩になっている、カラフルな色彩と異様な『興味心』を含んだ瞳は他人から見るとかなり不気味らしい。
研究に明け暮れていたせいか肌の色は透けるような白色、研究の成果で若さを保っているのでマシュマロのような肌だ、本人曰く小さな鼻と色素の薄い唇は人形のようであまり好きでは無いらしい、本人も何もお前は俺だろうに。
髪の色は若芽色(わかめいろ)で植物の新芽を連想させる初々しくも鮮やかな色をしている、それをお団子にしてシニヨンヘアーにしていて愛らしい……研究に邪魔にならない程度のお洒落、研究は大好きだが女性である事を否定するつもりは無いとか何とか。
「どうしてササなのですか?」
虹色の色彩をした瞳が俺を見上げている、無垢な質問にどうしたものかと悩む、クロリアは俺の一部だがあまりに完璧過ぎてつまらない、グロリアと同じで俺の手を引いて全てを良い方向に導いてくれる、それでは俺の成長は見込めない。
他の一部も色々と考えた結果却下した、灰色狐はうるせぇし影不意ちゃんは可愛いしユルラゥもうるせぇし姉ちゃんは怖いし祟木はカリスマが眩しいし姉さんはお堅いし、理由を長々と並べてみて思う、ササって都合の良い一部だよなホント。
クロリアのように俺の自由を規制しないし他の一部のように我が強くも無い、黙って俺の横にいて俺の為に働いてくれる、秘書タイプだな!遠ざかってゆく吸血竜を追い掛けながら笑う、ちなみにササは浮いている、宙に浮いている、錬金術?
全力疾走の俺と同じ速度とは凄いじゃねぇか。
「ササは都合が良いからな」
「嬉しいです、神様のご都合に合わせてお好きにお使い下さい」
「にゃは、良い子だニー」
「そ、その頃の愚かしいササは忘れて下さると助かるのですが」
「ニーニー」
「あぁああぁぁあ、過去の愚かしいササを殺したいです」
殺さなくて良いぜ?俺が美味しく頂いたからな、浮遊するササの頭を撫でてやるとくすぐったそうに目を細める、作業着を兼ねたショートオールに白衣、あちこちに血液が付着しているがササの愛らしさがその異常性を掻き消している。
沢山の人間を実験に使った悪魔のような錬金術師が今は俺の一部としてこうやって生きている、それを実感すると興奮してササの両目を抉って抉ってその先にある脳味噌すら犯したくなる、だけれどそれは既に終えた事、こいつの脳味噌は犯して侵して壊した。
ショートオールなので膝小僧も出ていて今の性格とは反した活発的な印象、犯して壊して忠実な下僕に成り下がったのだから仕方がねぇぜ、平謝るするササは何処にでもいる少女のようで少し笑える、何処にでもいる少女を殺していたのがこいつなのに。
「公娼を認可する都市は稀だよな?ここはそのようだぜ、エロい女が沢山いるぜ」
「吸血竜を見失いますよ?」
「あ、うん、なんかごめん」
「―――――――どうして謝るのですか?」
街角に多くの女が男受けする格好で立っている、キツイ香水の匂いと熟れた女の肉体、茶化すように口にするとササが問答無用で斬り捨てる、非常に珍しい反応だ、少し反抗的なササは新鮮で心地よい、躾をする事も無く放置する。
日曜日の礼拝に出席しない労働者も酔っぱらって神の名を叫んでいる、裸踊りも当たり前、深夜の世界は大人の世界、ササはそれを見ても何も反応しない、瞳を具現化してやったのに味気ねぇな、からかう様にその事を問い掛けて見る。
「神様以外の生き物はあまり気になりませんね、一部の仲間は別ですが」
「え、裸のオッサンも水商売の女性も貴族も?」
「そうですけど、虫とかより大きいなぁとは思います、神様、こっちです、山の方に向かってますね」
「お、おう」
色んな人間が世の中には存在する、しかしササからしたら人間は人間で虫と大差無いらしい、個性的な人間を目の前にしても俺以外のどうでも良い存在としか捉えられないらしい、歪んでいるな、歪んでいるぜササ!
高利貸しだと思われる身なりの良い男が暴行を受けているので指差す、ササは俺の指示のままそれを見詰めて首を傾げる、不条理な状況で実に面白いのだがササはその面白さを理解出来ないようだ、お、恐ろしい娘っ。
そりゃ平気で人間を改造するわな、暴力沙汰は中途半端に発展した都市では良くある事だ、高利貸しも田舎では生活出来ないしな、裁判官はあっさりと通常の暴行沙汰として片付けるんだろうな、お粗末な未来が予想出来て笑ってしまう。
街並みが変わる、煌びやかな装飾が施された住宅地、貴族の家族は密集し合い、都市の中の所有地を集中型に分割している、火の明かりに照らされて窓の中で食事を楽しむ貴族達の姿が見える、あまり関わりたくないので足早になる。
「ササ、ササっ!あいつらも同じに見えるのか?さっきの奴等とさ!」
「同じに見えます、神様以外の生き物は全て等しく汚い肉の塊です、錬金術の材料としては魅力はあると思います」
「え」
「霊長類は弄る楽しみがあります、あのう、ササは間違っていますか?何度も問い掛けられて少し不安です」
すげぇ間違ってるよ!貴族の住宅の中央には邸宅、列柱廊、離れ、中庭、教会堂とこれでもかと富を見せつけるモノばかり、しかしササにはどうでも良いらしい、あそこに暮らす貴族でさえも実験に使う消耗品にしか過ぎないと口にする。
公衆浴場から上がる煙が吸血竜の姿を曇らす、一部では無いので見失えばそれまでだ、妖精の力で知覚出来る範囲なら大丈夫だけどな、街を抜けて山に入る、暗闇で覆われた山は静謐で恐ろしい、ササはこんな風には感じないんだろうな。
精神の糸を辿ってササの心を覗き見る、案の定、何の恐怖も感じていないし俺を讃える讃美歌が延々と垂れ流し状態になっている、重低音と高音が連鎖して鳴り響く讃美歌は聖なるモノのようでヘドロのようなモノ、吐き気を我慢する、苦い味が広がる。
「明日から道徳について教育するか」
「神様がササを教育してくれるのですかっ!お、恐れ多いです」
天才錬金術師に教育する俺の方が恐れ多いわ、木々を薙ぎ倒す音と甲高い鳴き声、吸血竜が餌場に到着したらしい、禍々しい力の奔流が垂れ流し状態になっている、休んでいた鳥たちが闇夜に羽ばたいて消えてゆく。
主である俺の気配は妖精の力で消している、ササも自分の術で隠密状態になっているらしい、フフフフ、さて、何を食べてやがる、人間だったらどうしようか?飼い主の責任問題になるのだろうか?少し見るのが怖い。
ササに促されて樹木の横から顔を出す、ササも下から顔を出す、何か笑える。
『グルルルルルル』
喉を鳴らして美味そうに何かを食べている、小さな山ぐらいのサイズの吸血竜、木々を薙ぎ倒した衝撃で周辺の景観が歪に変化している、しかしこいつのこの行動も自然の中で生きる生物として当たり前のモノだ、叱るのは止めとこう。
目を凝らす、蒼褪めた月の光が吸血竜に吸い込まれてゆく、血では無く光、吸血鬼は血と月の光で生命を維持するが吸血竜もそれと同じらしい、近くには木乃伊化した熊の死体が転がっている、月の光を食う事で実際に口にする血の量を減らしている?
コイツもしかして俺に気を使ってくれているのだろうか?何だか嬉しくなる、そしてササは憮然とした表情でそれを見詰めている、何か気に食わない事でもあるのだろうか?
「ササ?どうした?」
「あのぅ、あそこで干乾びているのは人間ですか?神様は人間だと悲しいんですよね?」
「え?熊だぜ?あのまま干し肉として捌くとして……ササ、人間と熊の違いはわかるよな?」
「神様以外の存在はみんな同じに見えます!か、神様?」
「あ、明日から色々と勉強させるからな」
「勉強は得意です!」
多分、お前が思っている勉強と違う。
ササ怖い。
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