閑話53・『釣りをしててウシガエルが釣れたので頭パーンして捌いて食った作者の思い出』

釣りに行くぞっ!ここでの生活も一年が経過してキョウくんと過ごす毎日が当たり前になった。


ザァァア、雨季に入ったので外は御覧の有様だ、そんなの関係無いぜと釣竿を高らかに掲げてアホ面で口にするキョウくん、飲みかけのコーヒーのカップを置いて思案する。


え、バカなの??その言葉を飲み込んでバカにも分かりやすいように説明をしないと!言葉を選ぶ、熱帯低圧帯と中緯度高圧帯の南北移動によって雨が暫く続くからと優しく説明する。


「わかんねぇぜ、アクは蛙だろうがっ!蛙だったら雨で濡れ濡れでも平気だろ?別の意味で濡れ濡れでも大丈夫、まだ糞ガキだからなっ!」


流れるようにセクハラをされた上に糞ガキ扱いされた、ああ、以前の主は自分に対して何も興味を持たなかった、今の主であるキョウくんは興味の方向が斜め横に飛び抜けてしまっている。


下唇を噛み締めてこのバカにどう説明したものかと頭を抱える、頭を抱えている内に肩に抱えられて外に出される、こちらが何かを口にする前にキョウくんは笑いながら雨の中を疾走する。


画一的なデザインの文明の先取りをしたプレハブ工法で出来た我が家が遠ざかってゆく、叫びながらキョウくんの背中を叩くがまったく止まる気配が無い、凄まじい豪雨で下着まですぐに濡れてしまう。


ば、バカだ、我慢を知らねーのですか?頭を抱えて黒く濁った雲に向かって絶叫する、泥濘に足を滑らせながらもキョウくんは高らかに笑いながら先を急ぐ、豪雨なのに山に出るとか頭がおかしいんじゃねえですか?


勇魔である主も姉妹である使途もこんな風に突発的で意味不明な行動をしない、悪蛙もしない……こんなにもおかしでヘンテコな風景を見せてくれるのはこの人だけなのです、何だか口元がニヤけてしまう、ホントに頭が悪いんですね。


「あはははははは、キョウくんは本当におバカです、あ、呆れて何も言えねぇですよ!」


「言えてるじゃねぇか!俺は魚が食べたいんだ、干し肉は飽きたぜ」


「そ、それだけでこの豪雨の中、釣りにお出掛けですか?あははははは、バァーカ、あはは、脳味噌が少なすぎる!」


「だったらカニを釣ってカニ味噌食べて補充するぜ!」


「なぁにソレ、学が無いって悲しいですねオイ、泣けます!」


雨の中を疾走しながら二人で笑い合う、この人といると自分が使徒である事とか全てが勇魔に仕組まれた事とかそんな事が些細な事に思えてしまう、時に激しく蹂躙する癖にこんな風に見た事の無い景色を見せてくれる。


部下子だけが受ける事の出来た寵愛、それを独り占めしている満足感と少しの申し訳無さ、だけど仕方が無い、キョウくんはこんなにも魅力に溢れていて悪蛙に優しくしてくれる、あ、愛してしまっても仕方がねぇですよ。


この人を独占したい、憂鬱な雨の日をこんなにも明るく輝いたモノにしてくれるこの人を自分だけのモノにしたい、主にも部下子にも渡したくない、強い感情が芽生える、それは生みの親を裏切り大切な姉から奪い取る最低の行為。


山を下ると言うよりは転げ落ちている、木の枝や鋭利な石が体に突き刺さる、使徒である悪蛙は全然平気ですがキョウくんには辛いだろうな、苦悶に染まったキョウくんの表情、この人はしんどい時はちゃんとしんどいって顔をするですよ。


何を考えているのかわからない勇魔や姉妹と比べると脳味噌がすっからかんで非常にわかりやすい、しかしバカにするけど見下しはしない、こっちの方がよっぽど人間らしい、人間では無いが人間を模して誕生したのだ、憧れるのです。


「と、到着、フヒヒヒヒヒ、いてぇ」


「到着しましたです、つか、笑い声が恐ろしくキモイのですよ?」


「やり直すぜ、到着、ブヒヒヒヒヒヒヒ」


「いやいや、幼女を囲ってそうなロリ野郎見たいになってるじゃねーですか」


「え、間違ってないぜ」


「あ、幼女だった」


改めて確認してショック、主めぇ、このような性的アピールの少ない肉体にした事を一生恨んでやるですよ、歯軋りをしながら天に向かって主シネェと念じる、フフフ、絶対に抵抗出来ないように設計されているけど祈祷の類はどうですか?


死ねぇ、死ぬのですぅ、いつもいつも部下子ばかり贔屓しやがってです、女みたいな顔をして使徒の事なんて手駒にしか思ってない癖に!悔しいのです、自分が誰かの道具として作られた現実がたまらなく悔しいのです、だってこの人は!


「わはははははは、ミミズ堆肥用のミミズだが奮発だぜ!」


お手製の竿を握り締めてキョウくんは笑う、家の裏にある畑では様々な作物が育てられているがその多くはミミズによって作られた天然肥料で育てられている、ツリミミズ科のシマミミズは大きくて釣り餌にも適しているがミミズ堆肥にも適している。


そこら辺の普通の土壌では見つかる事は少ない、これを専門で養殖している業者もいる程だ、キョウくんも愛情を込めて飼育しているが最近ではミミズを飼っているのか作物を育てているのかわからなくなってると病んだ目で呟いてた、何か可哀想です。


ミミズ堆肥はかなり難易度が高い、敷材の選出から温度の管理、ミミズと微生物の酸素確保……それを独学で自然に出来ているキョウくんは農業の才能があるのだろう……本人の望む望まないは別として、目の前に広がる巨大な池に雨の中挑んでるキョウくん。


「釣れそうですか?釣りは良くわかんねぇです」


「大雨の時は水中が濁るからなぁ、魚が餌を見つけ難いぜ!でも餌の着水音は消せるし、よくわかんねーぜ!」


「え」


「釣れる時は釣れるぜ、ほら、くっつけ、寒い」


「むぎゅう」


腕を引っ張られて引き寄せられる、家の近くにあるこの池は貯水池だ、人工的なモノだが長い年月が経過しているので周囲の景色にしっかりと溶け込んでいる、人工物、悪蛙と同じ誰かの都合によって作られたモノ、何だか親近感を感じてしまう。


灌漑(かんがい)の為に開発された人工池、農地に外から人為的に水を供給するシステム、人の進歩は凄まじい、農作物の爆発的な増産、周囲の景観の維持、乾燥地帯や乾期によって干乾びた土壌を緑化する等、その用途は様々である。


少なくとの悪蛙より多くの存在の役には立っている、悪蛙は主である勇魔の為に開発された……こうして穏やかな時間を過ごしている現状も全てその人に仕組まれた事、そう、あの人は絶対にキョウくんを手放さない、誰にも渡さない、その狂愛は使徒の誰もが知っている。


ああ、悪蛙は……主である勇魔からこの人を奪い去りたいんだ、すとん、何かが解決した、気付いた。


「おーーー、きたきたきたーーーっ!うぉお、で、デカいカエルが釣れたぜ!たっぷり太っててウマそうだなぁ、しかし魚目当てなのに悪いカエルだぜ」


悪い蛙ならずっと貴方の横にいます、だって、貴方を誰にも渡したくないと自覚した今、唯の裏切り者に成り下がったのですから。


雨の中でも太陽のように笑う貴方が欲しい、誰にも渡したくないです、仕組まれた全てを欺いて貴方を悪蛙だけのものにする。


決定事項です。


「げこげこ」


「うぉ!?いきなりどうしたアク?びっくりするぜ」


「決意の鳴き声です」


『ゲコゲコ』


「今度は釣った方が鳴いたぜ!?」


そう、欺く為に準備を始めよう。

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