第63話・『街道を行く、田舎の営み』

一部にするのでは無く他者を屈服させるのは初めてだ、吸血竜は俺の下僕になった。


今も空の高い所で浮遊しながら俺を見守っている、ここから見上げても小さな点にしか見えない、試しに騎乗したが乗鞍も鐙(あぶみ)も馬銜(はみ)も手綱も無いまま大型の生物に乗るとどうなるか?


落ちるぜ?俺の一部に空を飛べる奴はいない、いつか見つけて取り込んでやる、取り敢えずササの錬金術の力で地面を変化させて助かった、次の街に到着したら色々と道具を買わないとな!折角念願の竜を手に入れたんだ!


「シスターを生み出すための施設?そこに向かうのか?」


「ええ、キョウさんに干渉しようとしているルークレット教の目的を探ろうと思います、ついでにクロリアの開発経緯も調べますかね」


何でも無いように口にしているがグロリアのソレは明確な裏切り行為だ、前々からルークレット教に対する敬意とか愛情を感じないと思っていたがコレで完全に理解した、グロリアはルークレット教を信じていない。


そもそもグロリアが自分以外の何かを信じるような存在には見えない、自分自身の力だけを信じて他者をいつでも切り捨てられる、それが俺のグロリアだ、今の説明部分で惚れる要素がゼロな所が自分でも悲しい。


本人曰く堂々と忍び込んで堂々と情報を盗みましょう、グロリアにしては大ざっぱな作戦だがもしかして組織内に子飼いが何人かいるのだろうか?グロリアのこの危ない思想に心酔する壊れたシスター達が何人かいるのか?


考えても意味が無い、一番近場の施設を選んで足を進める、驚いた事にシスターを開発する施設は大陸のあちらこちらに存在しているらしい、機密事項なので誰かに話したら斬りますと言われた、セクハラした時も問答無用で斬るよな?


「しかしシスターを生み出す施設ねぇ」


「キョウさんもシスターの細胞に汚染されてほぼ同じでは無いですか、サンプルとして監禁されたらどうしましょう」


「ど、どうするんだよ、周りはルークレット教を崇拝するシスターばかりだろ?」


グロリアがシスターの中でもずば抜けた戦闘力と頭脳を持っているのはクロリアの記憶から理解出来る、しかし数の暴力には敵わないんじゃねぇか?グロリアが負ける姿は想像出来ないがシスター達が負ける姿も想像出来ない。


路傍に榎樹(えのき)を植えてキチンと整理された道は足に辛くない、ザワザワと揺れる木々の唄を聞きながら足を進める、俺の言葉に珍しく思案するグロリア………大体の事は即決で決めるのにやはりこの質問はまずかったか?


川には船が浮かんでいて威勢の良い声が聞こえる、大小の船が行き来する運河だ、穀物、樫板、漆喰、染色製品、金属、木材、石材、砂羊毛、魚の詰まった樽、昆虫の佃煮、籠、運ぶ商品は様々だ、陸地より川の方が安上がりなのだ。


「その時はシスターを皆殺しにして助けますよ」


悩んだ末に告げられた言葉は残酷さに満ちていた、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳には何の感情も浮かんでいない、長い睫毛が風に揺られても瞳の水面は何も映し出さない、グロリアの雰囲気が少しおかしい。


聞いては駄目な事だった?ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながら彼女はもう片方の手で腰の辺りを弄る、胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白であまりにも潔癖で神聖で目に眩しい。


水場のある地域では劣悪な道路よりも川が交通路としての役割を果たす事が多い、土のままの悪路が多いのは現実的に仕方の無い事だ、ここの道は割と整備されているがそれでも川の方が重宝されて土地に馴染んでいるように感じる。


「グロリア?」


「貴方は私のモノなのですから奪われたら奪い返して報復するのは当たり前でしょうに、そうですよね、キョウ」


「―――――」


答えられない、身震いする、グロリアの透き通った美貌はいつもと変わらない、腕を組んでこちらを見下すグロリアの佇まいは超然としていて何かを言い返せるような雰囲気では無い、自分がモノ扱いされる現実に少しだけ嫌気が差す。


だけどグロリアの事は大好きだ、仕方なく頷くとよろしいと頷いてまた歩き出す、グロリアはそんなにも俺の事を大切にしてくれているのか、それはどのような感情なのだろうか?愛情なのか執着なのか現段階では見分ける事が出来ない。


人間関係の少なさ、俺は人生の大半をあの狭い村で過ごした、しかも自分から見えない壁を作って他者との交流を拒んだ、そのせいであまりに情が絡んだ人間関係に直面すると物事の判断が極端に遅くなる傾向がある、現状がソレだ。


「でもな、グロリア、グロリアも俺のモノだからな」


それだけを絞り出す。


「………………ええ、当たり前でしょうに、私が奪われたら奪い返して報復するのはキョウさんですよ?」


「おう」


「……………キョウさんは、その…………私の事が好き過ぎるでしょう!もう!!限度を知りなさい!」


「え、ああ、なんかすまん」


「そうです、もっと謝りなさい」


何だか怒られた、人力で岸辺から綱を引いている、心地の良いリズムで叫びながらゆっくりと網を引き寄せる、ここら辺だとどんな魚が上がるのだろうか?俺が住んでいた地域では家畜による牽引が割と一般的だったがここら辺ではまだまだ人力っぽいぜ。


障害物、網の耐久性、浅瀬、逆風、牽引の為の陸地の状態、様々な障害が次々に浮かぶ、魚は欲しいが足りない物は幾らでもある、田舎にいた頃はいつもソレに頭を悩ませていた、どこの地域でもきっと同じ事なんだろうな、裕福な奴以外はな!


掘削の途中箇所が目に入る、整備している途中なのか?重量のある塩やワインの集積や搬は儲かると聞いた事があるがこの地域でもそれは同じらしい、荷卸ししている光景を見詰めながら遠くに来たものだなと実感する、ワイン飲みたいぜ。


「譲って貰いましょうか?」


「商品だぜ?お金を払っても数が書類と違うのは駄目だろう」


「まあまあ、聞いて見ないとわかりませんよ」


荷卸ししているお兄ちゃんに気安く話し掛けるグロリア、俺とグロリアの姿を確認すると何度も頭を下げて対応する、ルークレット教のシスターってヤクザじゃねぇよな?事情を話すと快くワインを売ってくれる、グロリアは少し多めに支払いしているようだ。


生真面目そうなお兄ちゃんで好感が持てる、朝から晩まで荷卸しして汗水流しているのだろう、日焼けした肌が健康的で男としての色気に満ちている、顔は目鼻が妙に中心に寄って個性的だが愛嬌があるので街の女も放ってはいないだろう、お兄ちゃん頑張れ。


大きな船がそんな俺達を影で覆う、あまりの大きさに口を開けて見送る、流域で採掘された鉄や鉛を含めた鉱石を運ぶ特殊な船らしい、堂々としたフォルムと圧倒的なサイズ、村から飛び出たばかりの俺だったら軽く気絶してたかも、勿論冗談だぜ。


「建築材料である粘板岩も積んでいるようですよ?ん、飲みます?」


魔法でコルクを容易く取り外す、葡萄の栽培に適した土地は多い、、ビールを日常で飲む機会は多いがワインはそれでも高級品なので飲むのにやや躊躇してしまう、グロリアに強請って良かった、妙な所で俺に甘いんだよなグロリア、今回のコレは歓迎だけどよォ。


品種はカベルネ・ソーヴィニヨンだよな?長い熟成にも耐えれる分厚い皮が特徴的な葡萄だ、一口含む、香りは重厚だ、鼻から抜けるソレをまた吸い込みたいくらいに芳醇な香りが広がる、微かな渋みが深い味わいとなって舌に残る、しかし口の中で踊らせてもちょいつまらない。


カベルネ・ソーヴィニヨンらしく口内での楽しさは少し欠ける味わい、香りと余韻は最高な独特の仕上がり、何だかんだ言っても美味い!グロリアに渡すと同じように一口飲んで静かに頷く、ああ、これは中々に良い代物だ、追加でもう一本購入する。


「感じの良い兄ちゃんだったな」


「ですね、土地柄のせいかチョコレートやオークのような香りがしますね」


「オークか、親戚が育ててたな、ありゃ良いぜ」


楢(なら)や樫(かし)の総称だ、落葉樹の種群は楢と呼ばれて常緑樹の種群は樫(かし)と呼ばれるのが一般的だがオークはその両方を包含している、しかし木材としてそこまで大きな違いは無いので扱いが大雑把になっているのは少し残念だ、床材や樽の材料として使われるのが一般的だ。


木目がはっきりと浮かんでいるのが特徴的だ、柾目面にはそれが美しい紋様として己を主張していて実に素晴らしい、虎斑(とらふ)と名付けられた虎の斑紋のような模様が表れるのも特徴だぜ、親戚が育てていたモノを中央で評価されて親戚一同で喜んだっけ。


「キョウさんは作物や木材を育てるのが好きなんですね」


「え、ああ……実家がそうだったし、でもドラゴンライダーの方が良いぜ!」


「ふふ、いつか自分が本当に望んでいる事に気付けば良いですねェ」


グロリアは優しい声で邪笑した、矛盾を孕んだ微笑みは俺を不安にさせる、そんな俺を嘲笑うように無慈悲にグロリアが指差す。


山の向こうに何かが見える、真っ白くて巨大な建造物、田舎の穏やかな風景の中に異物として堂々とそこにある、何だアレ、クロリアが疼く、嗤う。


「あれこそがルークレット教の誇る大陸の24ヵ所に設置されたシスター達の揺り籠天………………『アラハンドラ』です」


故郷を語るソレでは無く嫌悪するようにグロリアは吐き捨てた。

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