閑話52・『辱めて見下して少しずつ私のモノにする』

「あら、シスター、可愛い妹さんですね」


この台詞を何十回聞いただろうか?聞き流せば良いだけの戯言、グロリアは当たり障りのない言葉でやり過ごす。


俺は顔を屈辱で真っ赤に染めてその背中を睨む、凜と伸びた背筋、村を出てからいつもこの背中を追い掛けている、いつか追い越してやる!


そんな想いを打ち砕く残酷で鋭利な言葉の数々、女扱いされるのはクロリアの細胞のせいだと諦めた、しかし妹って何なんだよオイ、同い年だぜ?


騒がしい街の中でもグロリアの姿は目立つ、その背中を見失う事は絶対に無い、纏う空気が常人のソレでは無い、一流の美術品が放つオーラのような神々しい空気を纏っている。


「グロリアっ!待てよ、さっきのオバさんだけどさ」


「もぐもぐ、え?この串焼きを売っていた女性ですか?体形からして美味しい串焼きを焼いてそうでしたが……当たりです」


「そこじゃねぇよ」


確かにやや肥満型で恰幅の良い女性だったけど問題はそこじゃない、金を含めた貴金属や宝石などの取引の中心であるこの街の人混みは凄まじく立ち止まると人波に飲み込まれてしまう。


グロリアの周りだけ誰も人がいない、高貴なオーラが他者を寄せ付けない、俺の周りには沢山の人が寄って来る、ほぼ同じ容姿になったのにこの差は何なんだろう?何だか腑に落ちないぜ!


銀色の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝いている、まるで雪原のように一点の穢れも無い美しい光、周囲の人間が息を飲むのが聞こえる、性的なモノでは無く純粋に美しいモノを見た感動。


しかしそれもまた今の問題とは関係が無い。


「どうして妹って言われて否定しねぇんだよ!」


「もぐ、食べますか?ほい」


「もぐ、もぐもぐもぐ、ウメェ、食べ物で口止めしようとしても無駄だぜ」


「もぐ、もぐもぐもぐ、ほい」


「もぐ、もぐもぐもぐ、いや、もうお腹一杯だから遠慮するぜ」


「チッ」


「ほらっ!舌打ちした!餌付けして俺を黙らせようとした証拠だぜ!そうは行かないぜ!」


「出会ったばかりの頃は低能で私の言う事を何でも信じるおバカさんで可愛かったのに」


「二回ぐらい悪口挟んだよな?」


「そこ、そこが可愛く無いです、前まではボキャブラリーの少なさから下唇を噛み締めて恨めしそうに私を睨んで可愛かったのに」


「都合が良かっただけだろ!」


クロリアの細胞が疼く、言ったれ言ったれと俺を急かす、しかしそんな風に俺の事を見ていたのか!別にショックでは無い、何だか納得。


俺の事を捨て犬か何かだと思っているのはわかっていた、態度が完全にペットに対するソレだったし、芸を仕込んで人前で披露させない辺りまだマシだろう。


周囲の視線は気になるが毅然として抵抗する、女扱いはもう仕方が無いものとして諦める、しかし妹扱いは許せない、しかもグロリアがそれを受け流している、否定しろって!


「キョウさんはアレです、年下オーラが凄まじいんですよ、きっと」


「頬を膨らませて買い込んだ食べ物を胃に流し込むグロリアよりは大人だぜ」


「良いじゃないですか、おバカなキョウさんは私の妹って感じですし」


「ば、バカだけど言われると傷付くぜ」


仕立屋、靴屋、ワイン商、本屋、手芸材商、菓子屋、レストラン、版画屋と立ち並ぶ店の主人たちが訝しそうにこちらを見詰めている、姉妹喧嘩とでも思っているのか視線が妙に生暖かい。


瀟洒なガラス屋根で覆われた商店街はとても美しい、多くの店には半球形の天窓が設置されていてこの街の文明の高さを表しているようだ、床に敷き詰められたモザイクは単調な幾何学的模様を反復している。


取り敢えず!何が何でもグロリアにだけは認めて貰いたいっ、妹扱いでは無くて大人扱い……一人の男として認めてもらいたい。


「俺は男だっ!そして妹では無いぜ」


「今日のキョウさんはやたら五月蠅くて嫌いですね、つまり女扱いも妹扱いも嫌だと?」


「当たり前だぜ」


「フーン、生意気な事ばかり覚えて」


腕を組んだままグロリアか近付いて来る、履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツが相変わらずお洒落だぜ。


グイッ、見惚れていると襟首を掴まれて引き寄せられる、見た目は美少女なのにゴリラのような凄まじい腕力、姉ちゃんのような腕力、つまりグロリアもゴリラ??グゴリラ?


手慣れた様子で唇を奪うものだから思考が乱れる、周辺のどよめきが消えて世界が停止する、同じ顔をしたシスターが街中でキスをしているのだ、そりゃ誰もが固まる。


聖職者だよな?


「――ッッッ?!?」


「ぷは、ほら、これがキョウさんが望んだ女扱いでも妹扱いでも無い行動ですよ?」


へたへた、何だか力が抜けて地面に座り込む――――心臓がバクバクと脈打ち全身が火照ってどうにかなりそうだ。


し、舌を、唾液の糸が卑しく伸びて途中で切れる、見上げるとグロリアが口元を乱暴に拭いながら俺を見下している、精神的にも物理的にも見下している。


「だらしない、それこそか弱い女のような表情でこちらを見上げて、はは、キョウさんにはソレがお似合いですよ」


にっこり、花咲く笑顔で悪魔のような言葉を告げられた。


自尊心が欠けるのがわかった。

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