第62話・『皆殺しだよ全員集合(リンチ)書いてて主人公の能力じゃねぇなと思った』

空が濁って冷たい風が吹き荒れる、積もっていた雪が散り散りになった宙に舞う、あまりの衝撃に体が硬直している。


雷雨と同時に出現したそいつは今まで見た魔物の中で最も巨大だった、小さな城ぐらいの大きさはあるんじゃないか?山の頂上の半分がそいつの巨体で埋め尽くされる。


多くの魔物が下山する気配を感じ取って舌打ちをする、吹き荒れる雪が飛礫となって体を痛めつける、現実味の無い光景、あの大きさで生物?吸血竜は真っ赤な体を蠢かせて高らかに鳴く。


赤い竜だ、真紅と言ってもまだ生易しい表現だろう、新鮮な生物の血を全身にぶちまけたらこのような色合いになるかな?瞳には白目も黒目も無く全てが赤一色で構成されいて発達した牙は吸血鬼のソレを連想させる。


羽は蝙蝠のソレと良く似ているがとんでもない分厚さをしている、鱗の一つ一つが呼吸する度に赤く煌めいて凄く不気味だ、吸血鬼と竜種のハーフ、どちらも魔物としては高位で名は知れている存在、その特性を受け継いだ個体。


『■■■■■■■■■■■■■■■■ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあア』


鳴き声とも言えない重低音、空気が震えて雪が舞い散る、ファルシオンを抜いて息を吐き出す、旅に出てから多くの敵と戦って来た、その度に乗り越えて来たしその度に成長して来た、だったら今回もいつもの様に自分の経験値に変えるだけ。


グロリアの気配が消えている、私のプレゼントを自分でモノにしろって事か?吸血竜の前脚が恐ろしい速度で叩きつけられる、雪も地面も抉り取って俺の方向に勢い良く投げ付ける、あまりの馬鹿力に飽きれながら回避をする、小石だろうがあの力で投げたなら容易に頭蓋骨を砕く。


原始的な攻撃だが知能を感じさせる、ファルシオンで岩や石を叩き落とす、大小入り混じった飛礫は油断出来ない、面積の違いに体が慣れる事は事は無い、それ程までに様々なサイズの石飛礫が大量に飛来するのだ、両腕では対処し切れない!仕方ねぇぜ。


「ササっ!」


『お任せあれ』


妖精の寿命と錬金術師の等価交換をリンクさせて能力の幅を広げる、石飛礫を全て『空気』に変換する、ササの能力はあらゆる物質を別のモノへと変質させる、飛び道具が効かないとわかったのか吸血竜は鋭い爪を振り落とす、俊敏な動き、ファルシオンで防ぐ。


そのまま後方へと強制的に吹っ飛ばされる、ファルシオンも俺も悲鳴を上げる、刀身が軋んでファルシオンが甲高い音を響かせる、そして俺は意味も無く叫ぶながら吹っ飛ぶ、そうでもしないと気絶しちまいそうだからな!周囲の光景が一気に変わる、雪の上を転がる。


今の一撃は中々にヤバかった、真っ黒な雲の中から小さな竜と蝙蝠の群れが飛来する、どいつもこいつも血に飢えていて獰猛な顔付きをしている、ヤバいぜ、眷属って奴か?俺に多くの一部がいるようにあいつにも多くの眷属がいるらしい、生意気なっ!


「灰色狐、影不意ちゃん!」


『キョウの望むがままに』


『いいよ、派手に行こう』


灰色狐の俊敏性を一気に開放する……体の細胞が大きく脈打ち吸狐族のソレに染まる、尻尾を逆立てて爪を伸ばして飛来する眷属を叩き落とす、野生の動物とまったく同じ俊敏性、いや、それすらも容易く超越した灰色狐の能力に誰も触れる事が出来ない。


景色が止まって見える……さらにそのまま地面に手を当てて『マ・アス』を行使する、雪山の世界を蹂躙するように魔力を含んだ特殊な冷気が眷属を蹂躙する、細胞を蹂躙して粉々に散ってゆくのだ、影不意ちゃんの魔法は相変わらずヤバい、俺の魔法だけどなっ!


しかし蝙蝠も小さな竜もまだまだ数がいる、面になって俺を取り囲む、逃がしはしないと恐ろしい呻き声を上げている。


「ユルラゥ、坐五(ざい)」


『ぶち殺せー、ひゃっはー!』


『――――――――フッ』


完全に支配していない、しかし能力の権限を奪う段階にはある、妖精の力を天命職である坐五の罅師(ひびし)としての能力を融合させる、流石に坐五の能力を行使すると体に負担が!吐血しながら笑う、ここまでお前を奪ったぜ坐五!


復讐なんてさっさと止めて俺の一部になりやがれ!罅が『空間』に走る、本来は物質の間だけに伸びる罅を妖精の力と融合させて空間に伸ばす、拡大した能力は蜘蛛の巣のように広がって眷属の群れに襲い掛かる、罅が走れば体が同じように切り裂かれる。


それが鉄だろうが魔力を帯びたものだろうがオリハルコンだろうが関係無く蹂躙する最強の力、一度はこれに負けた、今では俺の力の一つだ、くく、あははは、あはははあはは、ひゃははははっははははははははははははーーーーーーー!!


「姉ちゃん、祟木」


『ん、やったれー』


『知識ならな』


祟木の知識はエルフ学だけにあらず、全ての生物に詳しい、この世界でも確認された事が少ない吸血竜の情報を一気に引き出す、成程、ほぼ不死身に近いが弱点はある、尾が唸って地面を削りながら凄まじい速度で襲い掛かる、おいおい、自分の眷属を潰しているぜ!


地面が抉りながら襲い掛かるそいつに天命職である姉ちゃんの色彩の武道家としての能力を行使する……あらゆる色を奪ってあらゆる物に色を与えてその特性を与える、雪から『白』を奪って敵の尾に『白』を与える、白く染まった丸太数本分の尾が完成。


手で触れると本物の雪のように容易く粉砕される、雪の特性を与えられた尾は本来の強靭さを失って崩れてしまう、ふひひ、やっぱり天命職の能力は流石だな、俺のエルフライダーの能力とは別の意味でとんでもねぇ、ありがてぇぜ、この能力。


「宇治氏」


『うひゃあ、一部でも無いのに使って頂いて嬉しいっす』


宇治氏は一部では無いが祟木の精神と繋げてある、『クランタ・エルフ』は大気中の魔力の流れを読む事に長けている、ずぶずぶずぶずぶ、祟木を仲介して情報を読み取って耳の形をクランタ・エルフのモノに変化させる、成程、魔力を飛ばして指示を与えている。


普通のエルフよりも大きい耳、それをセンサーにして大気中の魔力の流れを読む、吸血竜の魔力も読み取る、怒っているぜ!しかし怒っても無駄だぜ、お前は俺に用意されたプレゼントなのだから!愛しいグロリアからの貢ぎ物なのだからなっ!


「姉さん」


『余を制御出来るか?大丈夫か?』


「やってみるぜ」


姉さん……タソガレの天命職としての能力を解放する、前方にのみ特化した特殊能力、触れたものは全て灰になり消えてゆく、灰色狐に裏切られて後方から攻撃されたがな!フフフフ、真っ直ぐに走る、灰色狐の俊敏性を行使したまま姉さんの無敵バリアを展開する。


親子丼だぜー、触れた瞬間に眷属は灰になって消える、そうだそうだそうだ、母親も姉も俺の為に生きて俺の為に使われて弟と息子の為に全てを捧げろっっっ!魔物として最高位に近い位置にある吸血竜、それとまともに戦えている、何て素敵な現実!


「キクタっああああああああああああああああ、クロリアあああああああああああああああああああああああ」


俺を支配する可能性のある最凶の一部と、俺を最も愛する最強の一部の名を叫ぶ―――――――――――眩暈、そのまま走る、構うか、やっちまえ。


『―――――――――――――にあ』


『キョウさんの敵は滅びなさい』


キクタの勇者としての力とクロリアの『無色器官』が同時に展開される、体が悲鳴を上げている、しかし体は歓喜に震えている、遠くの遠くでキクタが鳴いて体の内でクロリアが頷く。


吸血竜が肉片混じりの血をばら撒きながら吹っ飛ぶ、ふふ、はは、はははははははは、いい、いいぞ、いいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、あははははははは、たのしいたのしいたのしい。


みんないっしょはたのしいよ、ぶかこ。


『そう』


そうだ。

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