第61話・『冒険者の雪山でのファッションはコレに決まり、じゃないと凍死』

何だかんだで頂上に到着した、氷侵食によって長い年月を掛けて形成された特徴のあるそこは一面の雪景色。


アテイギと呼ばれる動物の毛皮で作られた服、毛を内側にした特殊な作りだが寒い地域では一般的だ、さらにその上からクリッタクと呼ばれる毛を外側にした服を着込む。


それによって体とアティギの間に薄い空気層を生み出すのだ、さらにアティギとクリッタクの間にも空気層、 クリッタクの毛の内側に生まれる空気層の三つの空気層によって熱は逃げずに保たれる。


これによってマイナス40℃の環境でも耐える事が可能になる、この山に登る事が決定して冒険者ギルドの支部で購入したのだがグロリアの値下げテクが敏腕過ぎて少し引いた、ヤクザのやり口だった。


「広いな、この高さの山の天辺に登るのは初めてだ」


上半身に着込んだ服は防寒性を高める為に前開きでは無い、 頭部から全身に着込む『アノラック』型と呼ばれる仕様だ、上着は裾が絞られていない、フードを被ったり外す事で温度を細かに調整出来るのだ。


熊の毛皮で作られたモノは値段が高い、しかしその重厚な毛皮はあらゆる寒さから身を守ってくれる、一部の冒険者には好かれているがかなり重みがあって油を塗って何度も手入れをしないといけないので面倒だ。


服に仕立てる毛皮の部分によっても趣は変わる、耐水性が高いアザラシの毛皮は全身を覆うようにすっぽりと俺を包んでいる、一枚皮の高級仕様、熊の毛皮をやめて浮いた分、少し贅沢をした、また何処かで使うしな。


「キョウさん、モコモコでヌイグルミみたい」


「グロリアも同じじゃん」


グロリアもモコモコしてる、微調整をしながら体温を調節する、服を完全に密封状態にしたら汗で体温が奪われる事になる、常人なら死に繋がる恐れがあるが俺やグロリアのような人外の細胞を持つ者にはその常識は通用しない。


しかし適切な換気を行う事で上着の湿った空気を首の辺りから外に排出して汗ばむ事を防ぐ、例えソレに耐えられようが湿度が高いのは不愉快だからだ……今は雪は降って無いが降り積もったソレが世界を白銀に染めている。


鳥の皮で何重にも編んだ靴下の上に脱毛をしたアザラシ皮を同じように何重にも編み込んだブーツを履いている、歩き難くは無いが少し重い、戦闘に入っても大丈夫か?姉さんの細胞がそれだけ俺の実力を底上げしている。


「吸血竜の姿が見えませんね、住処に隠れているのでしょうか?生態を見極めるチャンスです」


「ハイブリッドって人間に化けれる竜種と吸血鬼の子供って事だろう?つぇぇだろ、竜が見れるのは嬉しいけどよォ」


「ドラゴンライダーになりたいのなら跨って躾けて見せなさい」


「え、退治するんじゃねぇの?」


「え、退治しても良いんですか?私が出張ればすぐに終わりますけど……何せ、強いんです私」


知ってる、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が探るように細められる、俺の左目とまったく同じ色彩をした瞳だがソレがグロリアのものだと認識すると何故だが目を逸らしたくなる程に神聖なものに見えてしまう。


モコモコのフードの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアは静かに笑う、グロリアの任務を手伝っているのでは無くてグロリアの任務が今の俺に都合が良かった?吸血竜を俺に捧げるプレゼントとして用意してくれたって事か!


今の言い方だと自分でどうにかしろって事だろ、グロリアからのプレゼントか、三桁の冒険者を皆殺しにしている吸血竜をプレゼントしてくれる女なんて世界でこいつだけだ、殺し合ってモノにしろってか、何て素敵なサプライズなんだ。


「むぐぅ」


「あんがとグロリア」


毛を中側にして一枚の毛皮で丁寧に作られたミトンと呼ばれる手袋、上着の袖口とミトンの間に毛先の長いソレが覆うように伸びている、寒気を防ぐ為の工夫だが隙間から少し冷気が入り込んでちょっとだけ寒い、そのミトンでグロリアの頬を左右から包む。


寒さのせいで少し赤らんだ頬が潰れる、美少女は何をしても美少女だなと改めて思う、間抜けな姿なのに整った容姿は整った容姿のままだ、美少女は何処まで行っても美少女で少し反則じゃね?と少し呆れてしまう、ふごふご、グロリアが涙目で何か言っている。


聞こえない。


「あはは、ごめん、何だか大福みたいな頬っぺただったので潰したくなった」


「………私もキョウさんが人間みたいな人間なので四肢を削ぎたくなりました」


「あはは、例になって無いぜェ」


万年雪をに彩られた頂上でゆっくりと周囲を見回す、妖精の力は幾つもの魔物の気配を知らせているが吸血竜らしきモノは無い、すっぽりと魔物の気配が無くなっている土地がある、円形状になっていて気配が一つも無い。


吸血竜に他の魔物が捕食された?血があれば何でも食えるのか?人間で無くても?エルフであれば、エルフが関わっていれば何でも食える俺に似ている、親しみを持つ、三桁の冒険者を殺した吸血竜に強い親しみを持ってしまう。


「グロリアは俺のご飯を探すのが上手だな」


「そ、そうですか………えっへん、これでも人々を導くシスターですから」


無い胸を張っても胸は無い、何処まで行っても美少女だが何処まで行ってもペチャパイ、照れながら胸を張る様は何とも言えず健気で愛らしい。


衝動でグロリアを抱き締める、二人ともかなり着込んでいるので抱き締めている実感も抱き締められている実感も皆無に等しい、グロリアは硬直している。


あまり見た事が無いリアクションだな。


「き、キョウさん」


「そうやって尽くしてくれるグロリア可愛いぜ、これからも、そうやってプレゼントしてくれ、もっと好きになる」


「は、はいぃ、お、お任せを」


呂律がおかしいグロリアが可愛かったので唇にキスをした。


遠くから近付く吸血竜の気配を感じながら……。

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