第60話・『いつもの野宿風景、魔物の肉を美味しく調理』

日没の大体三時間前、空模様を見詰めながらグロリアが休みましょうと口にした。


色素の薄いグロリアの顔が夕焼け色に染められてとても綺麗だ、荷物を置いて野宿の準備に追われる。


「…………姉さんも体力バカなんだな、取り込んでから体の軽さが全然違うぜ」


懐から取り出したのは鉄の硫化物である手頃なサイズの塊状の黄鉄鉱、ここに来るまでに拾った硬石に削るように打ちつける、赤熱した火花をが出るまで根気良く何度もその行為を繰り返す。


その火花を乾燥したキノコに着火させて少しずつ火を大きくしてゆく、火口には様々な種類がある、朽ち木や枯葉を練ったモノや消し炭や灰汁で処理した蛙の穂綿、俺は乾燥キノコを好んで使う。


火を炎にする為に硫黄附け木を少しずつ足してゆく、炎を見ていると落ち着く……そして腹が減る、貯蓄したモノを使うよりここに来るまでに仕留めた獲物を処理する方が良いだろうな、塩漬けや乾物は貴重だ。


「しかし、ここまでガンガン襲われるとは思わなかったですね、調理は任せて良いですか?」


「おう、凶暴な魔物が多いよな、しかも強いし………火の明かりで追い返せるかな?」


木綿や麻の破片や消し炭、さらに灰汁や硝酸カリウムで漬けた植物の綿毛や動物の排泄物を乾燥させたものを投下、火はすぐさまに勢いを増して輝き出す、ササや祟木の知識は役に立つ、何も無い俺に様々な道具を作る知恵を与えてくれる。


グロリアは涼しげな表情で鼻歌をしながら天幕(てんまく)を設置している、普通なら力仕事であるそっちを男の俺が行うべきなんだろうけどグロリアの手際の良さに何も言えなくなる、ちなみに料理も上手なグロリア、胸以外は完璧である。


「ん、意味も無く苛立つ、キョウさんちょっと一発殴らせて下さい、すぐに回復魔法を掛けるんで」


「…………」


「無視ですか、そうですか…………十七時間十九分後に殴るんで」


予告が怖すぎる、ニヤニヤ、口の端を吊り上げて三日月のような笑みをしている、邪笑、目を逸らして溜息を吐き出す、長い付き合いになればなる程に心の中を読まれるようになった、流石にこれはまずい、将来的に尻に敷かれるパターンだ。


グロリアのあの薄い尻朶に俺の顔面が敷かれるわけだな、鼻を右の尻朶と左の尻朶に差し込むようにセッティングすれば完璧だな……きっとパズルが上手に組み合わさったような知的な快楽で満たされるだろう、恥的でも痴的でも無く知的だぞ!


くくくく、放屁でも吐瀉でも存分にするが良い、それはそれでご褒美として受け止めよう、グロリアのあんなに美しい体からそんな汚いものが出る、何だかとても卑猥だ、しかし尻に敷かれる俺に出来る事は何も無い、俺は人間では無く座布団なのだから!


「敷かれたいー、敷かれたいー、グロリアのケツの下にー」


「ひぃ、何て卑猥な歌を蕩ける表情で歌っているんですか、しっ、あっちで大人しく調理してなさい」


「うるせぇ!ケツを俺の顔面にゆっくりと下すんだぜ、そうしないと今日の晩御飯は無し!晩御飯はいずれ、消化されてガスが発生されて放屁となり吐瀉物になるからな」


「き、キモいです」


「前言撤回、沢山食べて沢山作るんだぞ」


「うぅうう」


後退るグロリアをニヤニヤと見詰める、しかし手際が良いな、一般的にママリー・テントと呼ばれるソレをテキパキと組み立ててゆく、居住性を損なってでも軽量を優先するその造りは長旅に重宝する。


俺もグロリアも実用性を優先するタイプなので本当にありがたい、ポールは付属しないでピッケルを逆に立てて設営するのだがグロリアはソレを鼻歌交じりに済ませてゆく、じりり、少し近付くと凄まじい勢いで後方へ下がる。


エビかお前はっ!少しからかい過ぎたぜ、焚火へと向き直ってさてと軽く息を吐き出す、蝙蝠型の魔物の肉を経木(きょうぎ)の中から取り出す、ヒノキを柔軟性が出るまで鉋(かんな)で薄く薄く削ってソレを軽く火で炙って消毒した包装紙だ。


旅先で作れるし保存にも役立つ、抗菌、防腐作用、通気性の三拍子揃った優秀な道具だ、臭みは無いか匂いを嗅いで確認する、不安なのでササの錬金術を使って毒素が無いか確認する、問題無し、ズブズブと服の下に浮き出たササが沈んでゆく。


「さて、腕が試されるな」


「キョウさーん、お腹空いた」


きゅるるるる、その細い体の何処にあれだけの食べ物が入るのだろうか?天幕を組み立てたグロリアが魔法で炎を出して地面を焼いている、湿気があると夜は格段に冷えるので湿気を飛ばしているらしい、クロリアの細胞のお陰で少々の事なら我慢できるけどな。


水場や獣道上を避けたとしても野生の獣や魔物との接触は起り得る事だ、中には炎を恐れない奴もいる、妖精の力を解放して周囲の気配を探る………山の頂上は気配が濃すぎてわけがわからん、沢山の魔物がいる事だけはわかる、ここら辺は大丈夫かな?


気休めに虫除け線香を……嫌がる獣も多い。


「少し待ってな、つーか、今日はグロリアが食事当番だったのに曖昧になって来たな」


「それだけ親しくなったって事でしょう?気を許せるし融通も利く、好きですよ…今の関係」


「う」


「うぷぷ、キョウさん照れてる」


「うるせぇよ、グロリア」


「可愛いですよ、キョウ」


照れながら吐き捨てると照れながら返された、呼び捨ては禁止だ、何だか凄く照れる、山の中の時間の流れは早い、満天の星空の下で調理を始める、地元でも蝙蝠を食する機会は何度かあったが魔物はなぁー、雑食らしい筋の多い臭みのある肉だ。


前に立ち寄った村ではココナッツミルク、生姜、香辛料で煮込んだモノを辛いソースで食べていた、ミルクも生姜も香辛料も臭みを消すのに最適だ、ココナッツミルクは流石に持っていない、グロリアのペチャパイからミルク出ないかな?


カチャ、剣を抜く音がしたので下を向いて邪心を消す、もう少しで邪神が目覚めて俺を斬り殺す所だったぜ……乾燥させた生姜をお湯に放り込んで蝙蝠の肉を投下する、灰汁が浮き出たら小まめに取る、そのまま地面に捨てないで土を掘ってそこに流す。


死肉の匂いは獣を引き寄せる、土で埋めてやりながらスープを味見する、鶏のスープとほぼ同じだな、遠くの方でやや獣特有の臭いがするがそこまで抵抗感があるものでは無い、石で広めに包んだかまどの上で鍋が少し騒がしく揺れている、カタカタ。


良い音だ。


「ジャガイモも入れちゃおう、そこら辺に生えている野草も」


かまどの主な役割は風や水気を遮る事にある、蓄熱性を高めるし台としても使えるので野宿の際には面倒がらずに作った方が良い、馬蹄型に手頃な石を並べて構築するのだが手頃な石つーのが難しい、歩いている途中に見つけても重いので持ち運ぶのは面倒だ。


なので面積が広く軽めの石を幾つか拾うと便利だ、土台になるソレさえあれば小さな石でも何とか組み立てる事が出来る、馬蹄型にする理由は開放部が空気の通路になり奥の閉じた部位に熱が浸透して効率が良いから!……芋を切る、ジャガイモは日持ちもするし腹に溜まるし最高だ。


長めの木の枝を拾って即席のトライポットにしている、吊るされた鍋は騒がしく揺れて実にご機嫌な様子だ、川沿いに生えていたスイバをもう一つの小鍋で湯通ししてお浸しにする、多年草で何処にでも自生しているので非常にありがたい存在。


「塩だけで良いか、スイバにもちょいちょいと」


「食べましょう」


「仕上げ終わって無いのにいきなり出て来るな!心臓が止まるかと思ったぜ!」


「食べましょう」


「お、おう」


向かい合って食事の準備を始める、っても鍋を下ろして向かい合って食べるだけだけど、蝙蝠肉とジャガイモのスープは中々に良い塩梅に仕上がっている、香辛料を大目に入れたので中々に刺激的で舌先に痛い、だけどそのお陰で臭みは消えているし温まる。


ジャガイモは皮を剥いて小さめに切ったのが良かった、崩れたジャガイモがスープにトロミを与えていて寒い夜には最適だ、スイバのお浸しは塩だけだが時期のモノなので中々に美味い、名前の由来が酸い葉から来ているがその酸味が疲れた体に心地良い。


ちらり、グロリアはどうだろうと見る、はふはふはふ、上品なのに恐ろしい速度でスープとお浸しが減っている、このままでは確実に足りないので堅焼きパンをスープの鍋の中に放り込む、自分の作った料理を好きな女の子が幸せそうに食べてくれる。


何か良いぜ。


「もぐもぐもぐ、美味しいです、ジャガイモを細かくしたのは正解ですね」


「ずずっ、だな、スイバはバカ見たいに採れるし栄養もあるし本当に助かるぜ……お代わりホラ」


「もぐもぐもぐもぐ」


「…………そんなに慌てなくてもご飯は逃げないぜ、山頂までまだまだありそうだな」


「もぐ、キョウさんは私の良いお嫁さんになれますよ、私が保証します」


「ん?何か色々おかしくなかったか?」


「さあ」


ニッコリと笑ったグロリアはとても幸せそうで俺は聞き返す事が出来なかったぜ、仕方が無いのでもう一品作ってやるか………蝙蝠の肉ならまだあるしな。


何だか色々と調教されている気がするが楽しいのでこれはこれで良しとするか!

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