閑話49・『カマキリはねぇ、エロいんだよォ、ほんとだよォ』

この星の地殻上に存在する陸塊の一つを統べた、多くの仲間たちは滅んでしまったが代わりに自分と自分の子供達が繁栄を迎えた。


やがて己の子供達で埋め尽くされるであろうこの大地、そうなれば海の向こうを目指さなければならない、種の繁栄と血の継続は永遠に行わないとならない。


大陸とは有意な水域で隔離されていて広大であり連続的でそれぞれが個として独立していると認識される陸地の事だ、一つを統べただけでは星を統べたとは決して言えない。


『そう』


この星に根付くにはもっと多くの事を知らないと駄目だ、広大な星である、広大で資源に溢れていて多種多様な生物が混在している、繁殖の邪魔になるなら滅ぼすがそうでないのなら関係無い。


天からこの地に降り立った母が大陸の生物をほぼ捕食したせいで今は共食いの時代にある、子供達が生まれたばかりの柔らかい赤子の腸を貪る様は健康そのもので母として喜びを感じてしまう。


脱皮したての子も狙われやすい、餌も子供で食うのも子供、全てが自分の遺伝子で構成されたとても素敵な島国、限界が来るまでここで生活をしよう、何も無い空にと違ってここには愛がある、純粋な己の遺伝子がある。


『しかし、ここを去ってもより良い環境があるとも限ら無いですし』


長期に渡って温暖で湿潤な気候が続いている、ここよりも素晴らしい場所があるとすればそれはきっと天国なのだろう、捕食戦争に負けた小ぶりな子供が私の足に噛み付いてくる。踏み潰して蹂躙する。


兄弟に負けて母に負ける出来損ないはいらない、砂利と混じり合って土塊となってまた世界に花咲けばよろしい、鎌状に変化した前脚で手頃な子供を捕まえて捕食する、美味しい、今日も私の子供はちゃんと美味しい。


六本の脚は大地を踏み締めるのに丁度良い、この星の環境を読み取って進化した体は実に都合が良い、前脚は先端以外の大半が鎌状に変化していて多数の鋭い棘がある、しかし子供達はどれだけ成長しても自分の半分にも満たないサイズだ。


『美味しい』


二つの複眼と発達した大顎でこの大陸を統べた、そして今もまだ子供達を統べている、女王だ、頭部と前胸の境目は恐ろしい程に柔軟で頭部だけを広角に動かす事が可能だ、周囲の状況はそれこそ手に取るようにわかる。


先程から些細な違和感がある、強敵の気配、かつてこの大陸を支配していた古い竜種の一族を思わせるような、毛髪状の細長い触手を動かしながら周囲を警戒する、子供達の数が多くて生物の気配が濃密だ、確認し難い。


見下ろせば小さな虫がいる、二本足で歩行する奇妙な虫だ、二匹?自分の前脚に生えた小さな棘にも劣る獲物、しかしその内の一匹からかつての強敵を思わせるオーラが溢れ出ている、子供達は小さな虫に気付いてすらいない。


同じような虫をかつて海沿いで捕食した事がある、この大陸にはいない虫、漂流生物だと思われるそいつはこの二匹に良く似ている、細部を確認する、耳の形状が違う?捕食したソレはもっと鋭い耳を持っていた、しかしほぼ同族だ。


危険を感じて金切り声を上げて子供達を退避させる、状況もわからずに素直に命令に従う子供達、捕食されるされないは身内の話、他の生物を相手にするなら話は変わる、向かい合う、見下ろす、そして観察する―――何者だ?


「勇魔の第十一使徒、軽傘・スターロック、名乗っても分かんないわよね」


「カル、腹減ったぞ、さっさと食わせろ」


「ひゃー、命令口調最高ね!」


「お前を食うぞ、俺の駄犬」


「ご自由に………その前に、貴方の犬がかっこよくカマキリの化け物を倒すのを見てくれますか?」


「忠義を見せろよ、駄犬」


「お望みのまま」


生物としてあまりに開きがあるので何を話しているのかさっぱりだ、妙に陰気で細かい鳴き声、狙いを定めて鎌状の前脚を振り落とす、爆音と砂埃、どのような生物かわからない、何度もそれを繰り返す。


小さな虫が弱いとは限らない、事実、あまりにも恵まれたこの星では過酷な環境下で進化した私達に敵う生物はいないと認識していた、しかし前述の古い竜種のように対等に渡り合える生物もこの星には少なからず存在するのだ。


粉塵の中から何かが飛び出る、小さな虫を抱えた少し大きな虫、あまりに小さいので狙いが難しい、仕方無く両方の前脚で空気を切り裂きながら連撃を繰り出す、この大陸の生物は殆どが弱かった、まさに脆弱だと言っても良い、中身を切り開いてその理由を追及した。


この大陸の生物の多くは体液を経由して筋肉に酸素を送る仕組みを持っている、それではすぐに疲労が溜まって体が上手に稼働しない、何て不器用な生物なのだろうか?それと比較して自分達は気門から吸い込んだ空気をそのまま筋肉に取り入れる仕組みを持っている。


また筋肉疲労の原因になる疲労物質を生み出さない特殊な体が無限に近い活動時間を与えてくれている――落ちろ、落ちろ、落ちろ、虫め。


「弟君?高いけど怖くない?」


「うん、見下ろせる………カル、そいつを倒して俺に捧げろ」


「めいれい、命令?」


「ああ、ヤレ、やって勇魔より俺の忠臣である事をここで見せつけろ」


「ぎょ、御意、御意ぃい!」


歓喜の声が聞こえる。振り落とした前脚が何かに弾かれて甲高い音を周囲に響かせる、罅割れる肌の感触……空からこの星に落下する際にも傷付かなかった鉄壁の装甲、それがたったの一撃で粉々に粉砕される。


『何なのですか、この虫は!』


「アハハハ、カマキリぃいいい、虫ぃ、鈍間過ぎるっ!大陸を一匹で支配した空の女王!大人しく我が主の生贄となれっ!!お前を献上する事で我が主は!弟君は完成に近付く!」


「アハハハ、カル、そのまま殺してしまえ、やってしまえ、駄犬では無く忠犬だと主に見せつけろ、重傘に転じた時に少しでも影響が残るように、あいつも俺に惚れるように、フフ」


「あはははははっは、了解っ!」


触れられないまま蹂躙される、無色の硬くて巨大な何かが様々な姿に転じて体の部位を問答無用に次々と奪ってゆく、蹂躙されるのは初めてだ、この星に流れ着いて初めての経験、折れた脚が四つになった、巨体を支えきれずに地面に前のめりになる。


子供達は避難した、だからここで終わりで良い、幸せな時間は一瞬で崩壊したが何処かでこれを望んでいた気がする。


「美味しそう、大きくて美味しそう」


「食べていいのよ弟君?―――――ちゃんと一部にしましょうね、エルフを捕食した過去があるからいけるでしょ?」


「うん」


死に際、こんな小さな生き物に自分が食い切れるのかと心配になる、長い長い時間を掛けて小さな虫は自分を内へ内へと取り込んでゆく。


私を助けようとした子供は少し大きな虫が気怠げに抹殺する、やめて、やめて――食べられる、ずぶずぶずぶ、空にもこのような奇妙な食事をする生物はいなかった。


意識が――切り替わる、私はその巨体を己の意思で地面に寝転がせたまま頭を下げる、それを見て捕食者は―――この人は、本体は満足そうに頷く、何をされた?私は滅んだはずでは。


「お前の息子を全部食べてもっと大きく肥え太れ、俺の乗り物として威厳が出るように」


「さあ、命令ですよ?」


『―――――――――ぎ、ぅお、い』


そうですか、そうですよね――――命じられたならそれを果たさないといけない。


私は頷いて捕食行為を開始した。

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