閑話48・『イケメンストーカー爆誕』
チェ、糞がっ。
吐き捨てて風を切るように歩く、女を失ったつーよりはマイホームを失った事実の方がデカい。
「糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が」
呪怨を吐き出しながら街を歩く、女の黄色い声援を聞き流す、付き合うまでは良い、そこからどれだけ俺様に贅沢してくれるよ?
一週間に一度はステーキ食いてぇ、賭け事に文句を言ったらその場で別れる、浮気は当然するし後の展開によっては順位の入れ替わりもある……許容してくれる尻軽の姉ちゃんいねぇかな。
クロド・マクリエル、それが俺様の名前だ、今年で23歳になる、家を勘当されたので経歴からは消しているがとある小国の貴族の息子だ……容姿端麗で口が軽い、つまりはモテる。
寄生する女に共通点は無い、ヤラせてくれて養ってくれるのならどんな女でも愛してみせる、ちなみにお小遣いは一日事に小まめに与えて欲しい、渡された分だけ賭け事に投資しちまうからな。
「まさか男がいたなんて、半年一緒にいたけど気付かなかったぞ」
居候していた女に男がいて追い出された、見つかった瞬間に殴り掛かって来たので倍返しで殴り返してやった、冒険者として世界各地を渡り歩く度に名を上げた、職業も前例の少ない特殊なモノだ。
中々に強力な職業なので何処に行っても重宝される、思えば何かに苦労した経験が無いな………大体の事は見ただけで習得出来るし、異性も向こうから勝手に寄って来る、魔物なんて少し強力な動物に過ぎない。
昨夜の雨で水溜りが出来ている、そこに映った己の容姿を冷静に分析する、黒毛の短髪、毛先を立ててワイルドに仕上げている……目つきの悪さは自覚しているが改めて見ると中々に鋭い眼光で驚いてしまう。
長身を隠すように猫背気味になって歩いているがこれは無自覚だ、戻そうとしても何故か自然と体が前屈みになってしまう。鍛えられた四肢は細くて長い、鞭のようにしならせて動かすのが楽しい、職業的に体は鍛えている。
ジーンズは薄汚れて穴が開いてしまっているが気にした事は無い、さて、今晩の寝床はどうするか、商売女に手を出すとこの街では色々とややこしい、物寂し気で一人の女性?この街に住んで半年、賭け事以外で出歩いた記憶が無い。
「チッ」
「おっ、クロドじゃねぇあ」
「げっ」
つい本音が漏れてしまう、偶然に再会したのは以前にパーティーを組んでいた戦士だ、慌てて周囲を見回す、酒場の前だ……ウェスタンドアがようこそと前後に揺れている、色々とやらかした過去があるので酒場やギルドには近寄らなかったのに!
考え事をしていてついつい足を運んでしまったらしい、スケイルアーマーを着込んだ戦士は恰幅の良い体をご機嫌に揺らしながら微笑んだ、豚に表情は無いがもし豚が笑えばこんな風に醜く嫌悪感溢れる顔になるだろう、つい視線を逸らす。
「また一緒に組んでやろうぜ、なあ!」
スケイルアーマー、金属や革や石の破片を丈夫な革の下地にリベットで鱗状に縫い付けている……チェインメイルよりは高度な加工技術と製作期間を必要とする為に中々の高級品だ、ケチなこいつが買うわけが無いので死体から奪ったか?
小片同士が複雑に重なり合った形状、鎧であると同時に服の柔軟さも有している、これのお陰で複雑な工夫が無くても動きを妨げ無い、本来は身軽な戦士が着込んで扱う鎧だがこいつのようにどのようなモノなのか知らずに着込むバカもいる。
大きく膨らんだ鼻もヒゲだらけの顔も酒に灼けた肌も何一つ変わらない、自分こそが最も優れた冒険者だと信じ込む悪い癖もな、嫌悪すべき事は全ては思い出せる、しかし名前が思い出せない、嫌な奴の事はすぐに忘れるようにしている。
「悪いな、今は冒険稼業は休止中なんだ」
「『糸使い』よぉ、お前がいたらどんな魔物でもどんなダンジョンでも攻略出来るのに……ふへへ、女を紹介してやろうか?」
豚が紹介する女は恐らく雌豚だ、首を横に振って立ち去ろうとする、殺気を感じて首を捻る……横槌、槌の中でも特殊な形状をしたそいつが頬を掠めて空気を切り裂く、舌打ちをしつつ後方へと飛ぶ。
豚が笑っている、横槌を肩の上でポンポンとリズム良く鳴らしながら実に楽しそうに笑っている、通行人の悲鳴と酒場から飛び出て来る冒険者達、ここまで目立ってしまうと立ち去る事は容易では無い。
金鎚の大半は叩く部分の太い円柱に対して柄の部分の細い円柱がその横側から飛び出ている、本来なら両方の円柱の軸は垂直になるのだが横槌はそうでは無い、特殊な形状と特殊な性能を持った独特の武器なのだ。
「ダンテェ、クロドじゃねぇか!この街にいやがったのか!」
「捕まえろ!ダンテぇ、そいつは裏切り者だが使える裏切り者だ!金になるぜぇ!」
「クロドってあの『糸使い』か?!ギルドに報告しなくても良いのか?」
「余計な事をするんじゃねぇ!あいつは俺達の元仲間なんだからよぉ、ひひ」
尻軽女は好きだがまさか自分が尻軽だったとはな、色んなパーティーにお邪魔をした結果がコレだ、誰もが俺様を欲する、糸使いの能力は強力で実益のあるモノ、一度その味を知ってしまえば狂う輩も自然と出てくる。
糸使いがここまで有名なのも二人の先代が勇者のパーティーに所属していたのが原因だ、二度も魔王軍と戦って二度も人類を救っている、勇者とまでは言わないが輝かしい実績に彩られた職業、だからこそ同じパーティーに長居はしない。
「気絶させてからで良いんだぜぇ、友情を育むのはよぉ」
「女の誘いは嬉しいがブ男の誘いはマジで勘弁だぜ」
「冷たくしないでくれやぇあああああああああああ」
叩く部位の底面から柄が伸びている、普通の鎚と比較して支点から打点までの感覚が短くなるので攻撃力は低下する、しかしコントロール性と扱いの手軽さで大きく優る、俺様を気絶して無理矢理仲間にするってか、それはもうレイプと一緒だろ。
女だろうが男だろうが懐に招く時は優しくしねぇとな、糸使いの能力を行使するか悩む、勇者と同じで糸使いはギルドから様々な制約を与えられている、ここで糸使いの能力を行使してしまえば誤魔化しようが無くなってしまう、疑いの段階なら手の打ちようはある!
ヤベェ、結論を導き出すのは苦手だ、得意なのは女に対する手の――――豚の一撃が迫る。
「おいおい、無抵抗の相手に何してんだテメェ」
甲高い声、野生動物のようなしなやかな体つきをした何かが間に入って来る、横槌を片手で粉砕してそのまま足を真上に蹴り上げる、豚の顎が砕ける音と横槌が砕ける音、どちらも耳に心地よく響き渡る――――誰だ、この娘。
女に助けられる程に惨めな事は無い、差別をしているわけでは無い、女は男が守ってやらねぇと!粗末な服を着た少女、細氷(さいひょう)のように日光を受けて強い銀色の光を放つ髪が目に眩しい、呼吸するのを忘れて見惚れてしまう。
「よし、謎の暴漢野郎、これで死んだ」
「キョウさーん、行きますよ」
「おー」
人混みの向こうから少女と似た声がする、双子か何かか?不思議な瞳がじーっと俺様を見詰める、右は黒曜石を思わせる黒色の瞳、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
血管が透けて見る程に白い肌をした華奢な少女、その癖に表情は勇ましくて何故か同性を感じさせる、逞しさと華奢が同時に存在している、初めての感覚―――――いつもの様に軽い言葉が吐き出せない。
顔が熱くなって唇が渇く。
「じゃあな兄さん、殴られそうになったら殴って良いんだぜ?世の中ってそんなもん」
「あ、ちょ、待って―――」
猿のような身のこなしで人混みへと消えてゆく――――夢か幻か、どちらにせよ現実では無い、頬を抓る。
いてぇ。
「――――――――――惚れた」
自然と呟いてしまった。
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