第58話・『裏切りタソガレちゃんは弟の為に組織を裏切ります』

現在の一部の他に古い一部がいる事は予想出来た、内組は支配率を書き換えられて肉体を得られない、外組は何とかキョウの意図を読み取れる程度に繋がりを希薄にされている。


しかしそれは回線が混雑しただけで古い一部がこちらの敵と確定したわけでは無い、異国の仙人は品の無い笑みを浮かべてズブズブとキョウの体に沈んで消えた、まるで存在そのものが幻だったように。


裏切られるのは慣れている、しかし裏切るのは慣れていない、義理の娘を裏切って本当の息子を救った、清々しい気分だ……今までの無駄な時間が全て清算されてゆく、この雌を育てたのは間違いだった。


キョウに害を与える存在、キョウは他者に縛られる事を嫌う、組織に勧誘しようだなんて……それが失敗すれば強制的に組織で監禁する、許せるはずが無いしさせるはずが無い、その第一歩を己で成した事に灰色狐は満足していた。


魔法を使って初めてキョウと出会った『疑似空間』に移動する……………勿論、不出来な娘も最高の息子も一緒だ、キョウは天命職を二人食らっている、一人の汚染はまだまだだが、この娘は母である自分を通して手早く汚染出来る―――クフフ。


「は、灰色狐ェ」


「おやおや、お目覚めか?儂の可愛い可愛いタソガレよ」


いつの間にかタソガレは自分より身長が高くなった、見上げるばかりで手が届かない、親子の関係が逆転したと当時はショックを受けたものだ、しかし、今は見上げているのがタソガレで見下ろしているのが自分だ、昔に戻ったようで気持ちいい。


お前はいつでも儂に見下ろされているのが似合っているよタソガレェ、意識の無いキョウの体に纏わり付きながら笑う、嗤う、キョウは立っているのがやっとの状態で今は『混雑状態』にある、様々な一部が蠢いて情報量で脳が一時停止状態に……可哀想に。


あの仙人?は中々に強力な一部だった、この大陸では確認されていない職業、もしくは生物………キョウは何処であれを口にしたのだろうか?純粋なキョウに近寄って誑かしている者がいる、それが誰なのかはわからない、大きな闇がキョウを利用している。


だとしても自分や他の一部がいれば状況を打破出来るだろう、どのような存在であろうがキョウの今後を奪う事は許さない、キョウの未来は一部である自分達が必ず守る、だからもっともっともっと一部が必要だ、群れが必要だ、もっと大きくもっと豊かにならないと!


「余の弟の仕業か……惑わされたか」


「儂の息子の仕業じゃ、調子に乗るなよ」


血の繋がった家族は儂が殺した、他の天命職の姉妹は過去の事件のせいで信用出来ない………儂とは血の繋がりが無い、寂しくて悲しい少女、タソガレは唯一の弟であるキョウを己の希望とした、それは勝手じゃがキョウは儂の息子でもある。


渡さない、それはどちらに対する嫉妬なのだろうか?キョウは口汚い言葉を吐き散らしながら泡を噴いている………クロリアを取り込んだ事で精神の安定を欠いたままだ……………正常であろうが異常であろうがキョウはキョウ、望むがままに振る舞ってやる。


触れ合った温もりは確かなもので興奮する、二匹のナメクジのように絡み合いながら息を荒げる、タソガレはじっとそれを睨んだまま微動だにしない、儂の育てた美しくて強い少女はこのような裏切りの渦中にあっても凜とした姿を乱さない、素晴らしいぞ。


「キョウに惑わされる?フフフ、惑わされていたのは儂よ、お前のような偽の娘になぁ」


「に、せ?」


「偽物、気安く儂の名を呼ぶな、儂の全ては息子であるキョウのものじゃ、この口から吐き出される言葉も全て……キョウの為に儂は動き、儂は喋る」


「―――――――――」


「お前の為じゃない、儂は……お前を裏切ってキョウだけの灰色狐になれた、なる事が出来た、喜ばしい事だと思っておるよ」


「それがエルフライダーの能力か、他者を狂わせ下僕にする」


「くっくっくっ、それは違うな、儂はキョウの……お母さんになったんじゃ♪」


「灰色狐っ」


睨む様も完璧、彼女を一言で表現するのならその一言に尽きる――世には様々な美しさが存在するが彼女のソレは豪華絢爛とも言えるものだ……着飾る必要も無い程に。


古代から人間を惑わせた黄金、彼女の金髪はさらにそれに生命の息吹を与えて太陽の光を艶やかに反射する――耳に僅かにかかる程度に切り揃えられた髪型は中性的な雰囲気を強くしている。


前髪はサイドから片面に寄せており清廉で清潔なイメージを見る者に与える………瞳の色も髪と同じく黄金のソレであり猫科の動物の瞳を思わせる鋭く美しい瞳だ…キョウは欲している、タソガレを欲している。


「―――タソガレ」


「余の名前を……どうして」


「儂が教えた、ご飯を説明してやるのも母の勤めじゃ」


キョウの体から透明な触手が伸びる、不可視の触手―――――タソガレに少しずつ纏わり付く、自覚症状が無いままに病は進行する、愛情と言う名の病は癌よりも恐ろしい、人間の全てを変質させる魔性の理。


そもそもタソガレはキョウに対して好意を持っている、その出生や過去がタソガレの人間関係を極端に狭くしている、しかしキョウは唯一の例外、たった一人の弟、庇護すべき対象、タソガレは狼狽えている、そのまま食われろ。


儂が大事に大事に育てて肥え太らせた愛しい娘、もっともっと愛しているキョウの餌になってしまえ、美味しく育てられただろうか?心配はそれだけだが大丈夫、こいつがまずかったらもう一度儂を食べれば良いだけ、それだけの事。


糞になるか残飯になるか選ばせるなんてキョウは何て優しい子なんじゃ。


「ご飯、余が?―――何をするつもりだ、余だけでは無く、星定めの会を裏切るのか?」


「いいや、裏切るのはお前じゃよタソガレ、お前が裏切って組織を献上するのじゃ」


「―――バカな事を」


「美味しそうだな」


否定した瞬間にキョウは肯定する……少しだけまともになった意識で食事を開始する、エルフの要素は皆無、これを取り込めばキョウはさらに壊れる、正常から異常に……そして新しい一部が誕生する。


「なにを、余に」


「姉さん姉さん」


「う、ぁ…………あつい、あつい、あ、あついぃいいいいいいいいいいいいいいいいい」


キョウの精神が問答無用で注がれる、手足をジタバタさせて凜とした佇まいをこれでもかと歪ませてタソガレは叫ぶ、クロリアを取り込んだ事でキョウの情報量は増えた、さらに古い一部も覚醒を始めた事でさらに情報量が増加した。


それを問答無用で流し込む愛しいキョウ、まな板の上の魚のように見事な踊りっぷり、とてもとても可愛いぞタソガレ――――――――――目元から流れる涙も鼻水も汗も全てがキョウと一体化する為の演出に過ぎない、お前は儂の事を家族と言ってくれたなぁ。


なのにどうしてそこまで孤独なのじゃ?裏切っていたのはお前じゃろうに、儂を家族と言いながら心の底では親しい他者として扱っていた、裏切りじゃよ……だからキョウの下で等しい一部になろう、成り果ててまた笑おう。


「あああぁ、なんだ、目が見えない、声も聞こえない、お、おとうと、弟ってこんなに熱くて激しいものなのかぁぁ」


狂え。


「そうじゃそうじゃ、そしてお前もソレに成り果てるんじゃ」


「ぁぁぁ、いやぁ」


嫌も何も――――決まった事じゃしのぅ。


「美味しい美味しい美味しい美味しい、姉さんの大事な星定めの会も食べちゃう」


「おうおう、食え」


「あぁぁ、大事なものが……余の―――――組織への忠義が―――何処へ」


「俺に尽くせよ」


「キョウに尽くせよ」


「――――――――――――――――――――――――――――――あはあ」


覚醒したタソガレは上手に笑った、媚び諂った歪みに歪んだ素晴らしい表情。


ありがとうなキョウ。


「こんなまずい娘でも食べてくれてのぅ」


栄養はあるからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る