第57話・『裏切り母狐』
変貌している、報告にあった姿では無い……シスターの外見と特徴を見事に取り込んだ姿。
灰色狐が情報を操作しているのは知っている、義母を疑うのは辛いが現実として捉えなければならない。
「うぁあああああああああああああああああああああああ」
ボサボサの癖っ毛、細氷(さいひょう)のように松明の光を受けて強い銀色の光を放っている、艶やかさもあって氷晶(ひょうしょう)のように光を反射させて屈折させている。
とても綺麗で幻想的な髪の色、瞳の色は右は黒色……左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている……シスターと同じ神の芸術であろう容姿を歪ませて絶叫している。
風貌としても何処か丸みを帯びていて中性的な容姿に思える、年齢よりもやや幼いと言えば良いのだろうか?肌は薄気味悪い程に白くて血管が透けて見える…………褐色の肌が特徴と資料には書いていたがそこも変化したようだ。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああ」
松明の光のせいで過去に負った古傷がミミズ腫れのように浮かび上がっている、血管とミミズ腫れのような古傷が奇妙に組み合わさって何だか気色悪い、美しさと嫌悪感が融合した奇跡の姿、あれが余の弟。
それは直感であり運命でもある、目的であるパステロットは今この手で殺した、世界を自分の思うように操る妄想に取り付かれた男、中性的な容姿をした普通の人間だった、世間を騙す為に夜は酒場で働いていたらしい。
『星読み』で感知した際には心の底から喜んだ、余に血の繋がった家族はいない…星定めの会は大切な守るべきモノだが家族では無い、灰色狐だけが心の支えだ、そして今こうやって出会えた、たった一人の弟に。
「ぐがが」
余は過去の事件から天命職の『姉と兄』を認めていない、しかし、庇護する対象である『弟』ならば?それを夢想して生きて来た、守るべきものを欲していたと言っても良い、灰色狐は守ってくれるが守らせてはくれない。
姉として弟を欲する、それは当たり前な事だ、それが例え目の前で肥大化して小刻みに痙攣しながら全身の穴から体液を垂れ流す存在だとしても、柘榴が弾けるように弟の体が弾ける、背中が割れて脱皮のようだと心の底から笑う、とても愛らしいでは無いか。
美しいものが歪む姿はこうも美しい、弟の容姿はとてもとても美しい、世界を支配するあのシスター達のように…………………それが歪に弾けた、性的興奮を感じて頬が弛む、報告では幾つかの『能力』が書かれていた、これもまたその一つ、まるで神の御業。
流石は余と同じ天命職にして勇魔に成り得る素質を持つエルフライダー、体が自然と戦闘態勢に入る、飛び散る粘液は酸性のモノで軟(やわ)な素材を溶かしながら飛来する、パステロットの死体から煙が大量に上がるが気にしない、死ねば死体になるだけ。
どれだけ損傷しても死体は死体。
「アハハハハハハハハハハ、ワタシをミテよォゥ!」
弾けた柘榴の果肉は一瞬で人型を形成する……骨が広がり繊維が結ばれ肉が脈動する、情報に無い存在、力尽きたように弟が倒れる、内包していた人型は地面に降り立つと高らかに笑う、両手を天に掲げて己の出生を己で祝う、晴れ晴れとしたさわやかな表情。
全裸で地面に降り立ったのに妙に堂々としている、それはそうだろう、人外なのだから………こちらに意識を向ける事も無く笑い続けている、全身に塗りたくられた粘液を撒き散らしながら呼吸が乱れるまで延々と笑い続ける、奇妙な存在、異常な存在。
白菫色(しろすみれいろ)の波打つ髪を掻き分けて嬉しそうに、心の底から嬉しそうに笑う、その姿があまりに滑稽であまりに様になっていた言葉が出て来ない、暫しの時間が流れる……………やっと余に気付いたのか目を瞬かせながらこちらを見る、容姿からしてこの大陸の者では無い。
「なんや、キョウ寝てるのか」
「……………お前は何者だ?どうしてエルフライダーの体から出た?」
「………そりゃ、うちらはキョウの為に稼働する、現状で敵わない相手なら古い一部も呼び出すっちゅーもんやで?」
パステロットの事を言っているのか?ここで先程殺された異端の職業、中々に手強かったが苦戦する程では無い、つまりエルフライダーの能力はまだそれだけのモノに過ぎない、捕らえる事は可能だ。
だけどこの存在、異国の幼い少女……体に緊張が走る、切れ長の瞳でこちらを注意深く観察している、観察しつつ牽制している………宙に何かが舞っている、文字の書かれた紙か?まったく読めない、異国の文字。
蚯蚓のような特徴的な文字、天命職の力を使って一気に鎮圧するか?しかしエルフライダー、弟との対話をしなくて良いのか?もしかしたら自分から星定めの会に協力してくれるかも?自分に都合の良い妄想が体を停止させる。
その瞬間。
「雷光、仙波ノ孵し」
魔法では無い、魔力の発生を感じられない、しかし似たようなモノは感じる、少女が呟いたと同時に大気が燃える―――――悩んでいる暇は無い、灰岩の化粧板が罅割れて建物が悲鳴を上げる、天命職の力を解放する。
襲い掛かる電光は確かな威力を持って全てを焼き切る、発動した天命職の力で自分の体を希薄にする、身を貫くはずだった雷は行き場を無くしてそのまま世界を蹂躙する、これ程の騒ぎなら入り口に待機している灰色狐も気付いているはず。
多くの部下も潜ませている、逃げる事は不可能に近い……つまりは姉と弟の関係を『強制』して家族になるのだ、欲しかった、欲しい、あそこで少女を生み出して力無く倒れ込んでいる可愛い弟を余は心の底から欲している。
寄越せ、一部風情が。
「駄目じゃよ、キョウは渡さん」
まるで当たり前のように慣れ親しんだ声がした、そして背中に感じる激しい痛み、どうして、前面にしか能力を発動出来ない秘密を知っているのは…………イタイ。
母が与えた初めての痛みを実感しながら床に力無く倒れ込む、ああぁ、ああ、うらぎられた?
「フフフフ、あはぁ、キョウ………どうするコレ」
そして母に『コレ』扱いされた事を――――泣いた。
意識が……見えない、何も。
「つまらん娘じゃ、やはり息子に限る」
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