閑話44・『ゴリラに尿を与えては駄目です、狐には良いです』

軽い感じで練習だよと言われて山を走り回る俺って滑稽だよなぁ?


姉ちゃんは無垢な笑顔で俺を叩き起こして宿の裏山に放り投げて全力で追って来ている。


現状を述べただけなのに全てに違和感がある、姉ちゃんに捕まったら果たしてどうなるのか?想像しただけで怖い。


「最近鍛錬に付き合って無かったからとうとう爆発したか?筋肉ゴリラめっ!」


遠くの方で木々が薙ぎ倒される音がする、自然を大切に……残丘(ざんきゅう)と呼ばれる奇異な形をした特殊な山の中で俺はガタガタと大きく震える。


断層運動によって周辺から取り残されて形作られた小さな山、なだらかな傾斜を持った周囲から孤立して突き出た特殊な形状の山は逃げ回るのに向いていない。


何せ平坦だ、普通の山々と比較しても見晴らしが良すぎる、命の危険を感じながら木々の間を縫うようにして走る……クロリアを吸収したお陰で体力では負けていない。


「まさか首を掴んで裏山まで移動するとは……意識が遠くなってついついダブルピースしちまった」


「みつけた」


「ヒィ」


ミシミシミシ、木々を薙ぎ倒しながら姉ちゃん登場、もはやこれはゴリラだろう…しかもボスゴリラ、群れのリーダー、まさか俺の一部に狐以外にゴリラがいたとは知らなかったぜ!


姉ちゃんが紅葉のような小さなお手手で軽々しく粉砕しているのは黒檀(こくたん)だ、堅固である事が特徴の黒檀を片腕で………しかしあれは売れるな、後で回収しよう、グロリアも喜ぶぞ!


生と死の狭間で旅費の事を考えられる俺って偉い、ジリリリ、姉ちゃんが息を殺して少しずつ近付いて来る、あんなにゴリラ的な登場をしたのに今更なんだよ、後退りながら『陣』を構成する。


「灰色狐ェ!ゴリラをブチ殺せェ!」


「ふははは、あの世で後悔しろーー!死ぬが良い!」


本来の人間性であるクズさを全面に押し出して灰色狐が『陣』の中から飛び出る、出現したソレは『陣』が消滅すると同時に世界を疾走する、頑張れ灰色狐、狐がゴリラを負かす瞬間を俺に見せてくれ。


接近した灰色狐を興味無さそうに見ている姉ちゃん、まるで当たり前のように躱して横腹に膝を突き立てる、あっ、死んだわ、声も無くゆっくりと沈む灰色狐………何度目だ、この光景は何度目だっけ?


灰色狐は弱く無い、しかし姉ちゃんが強過ぎる、つーか戦う相手が悪過ぎる、白目を剥いて小刻みに痙攣している母の姿を見詰めながら今日の昼飯を考える――――お腹空いたなぁ、久しぶりに麺類食べたいなぁ。


「ん、ちゃんと死んだ」


「酷い、酷いぜ!灰色狐の奴……失禁してるじゃ無いか!勿体無い!」


「?………勿体無い?」


「変な意味じゃないぜ、純粋な水分として勿体ない」


「…………???」


「はははは、姉ちゃんはバカだなぁ」


灰色狐の魅惑のドリンクの件は置いといて状況は最悪だ、このままでは灰色狐のように失禁しながら死んでしまう、灰色狐の失禁には需要がありそうだが俺の失禁には需要が無いだろう、だから失禁するわけには行かない。


紅紫(こうし)の髪を犬の尻尾のように左右に揺らしながら悠然と距離を詰める姉ちゃん、犬では無く狼か……畔の水面のように穏やかな瞳は母性に溢れている、しかし母性に溢れていても平然と相手をぶん殴れるのが姉ちゃんだ。


腰にまで伸びた髪をバレッタで固定しているがあれも武器になる、吸水性があって着心地に考慮した胴着は洒落っ気の一つも無いが中心に血の華が咲いている、俺と一つになった証、そして一つなのに平然と本体の俺に逆らう。


何なのこいつ。


「…………ゴリラ?」


「え、何の事だぜ?ゴリラ……霊長目ヒト科ゴリラ属に属する構成種の総称?」


「―――――――――――」


沈んでいる灰色狐を問答無用で蹴飛ばす姉ちゃん、空中で孤を描きながら頭から落下する灰色狐、股から尿が撒き散らされて頬に付く、手で拭う………演出的には血の方が良かったぜ。


ゴリラめ、俺の可愛くて負けまくる灰色狐をよくも……そして失禁させてくれてありがとう、プラスマイナスゼロで感情が平常に……変態だけど平常に……ゴリラさんありがとう。


ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー。


「ん、殴る」


一気に間合いを詰める姉ちゃん、穏やかな瞳の奥には純粋な殺意が垣間見える、あのさぁ、これって修行じゃねぇの?このままでは灰色狐のように失禁しながら宙を舞う事になる、あんな人間として最低な姿は晒したくない。


灰色狐は大丈夫、人間じゃねぇから……四足動物の狐だからなっ!


「こんなに可愛い弟を殴るのか!」


「……?姉をゴリラ扱いする弟?」


ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー。


「違う!俺にとって姉ちゃんは天使のような存在だぜ、ゴリラと天使はまったくの別物!別物の生物だぜ!」


「…………」


ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー。


さっさと森に帰れー。


「弟よ、心が繋がったままだけど」


「あ」


「ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー♪」


ニッコリ、珍しい姉ちゃんの笑顔、満面の笑み――愛らしい声で俺の心の声を現実のモノにする。


死ぬ。


「お、俺の失禁には……尿には価値が無いぜ?」


「き、キョウ………儂もキョウの欲しい、ふへへ」


変態が何か呟いている――――ヤベェ。


「素晴らしい需要と供給、殴る」


ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー、ごーりー、ごーりー、めすごりうほほー。

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