第56話・『忘れられた古い一部たち』

建物の中は外から見たものとまったく違った、魔法によって小さな建物の中に広大な空間が広がっている。


壁に触れて素材を確認する、表面に石灰岩の化粧板、薄暗い空間で俺はやれやれと溜息を吐き出す―――ダンジョンか。


見渡せば通路の隅に粗加工した石材が整然と置かれている、このダンジョンはまだ完成していない?疑問はあるが先を急がないと行けない。


「グロリア?」


「二手に分かれましょう、そっちの方がキョウさんも『実力』を出せるでしょう?」


「え、おい」


「先に黒幕を倒した方が褒められるって事で、えっと、サヨナラ!」


グロリア、今日のグロリアは少しおかしい、いつも自然に纏っている気品や覇気が乏しく表情がコロコロと変化する――何となくそれに振り回されている自分を自覚する。


グロリアは右の通路か……だったら俺は左に行くか!言葉の意味を考えながら足を進める、実力を出せる?何だ、大体の事はバレてしまっているのか、好きな女に隠し事は駄目だしな。


日乾し煉瓦で細かな通路は形成されている、あっちは建設作業者が使う通路か?あっちの通路から石材を運んで………ここは何処なんだ?ちゃんと帰れるのか少し不安になる。


「っと」


骸骨の兵士のようなモノが背後から襲い掛かる、何の気配も無い、纏った鎧から金属音がしないのが凄く不思議、背後の敵にどのように気付いて詳細を知れたか?無色器官を展開させているから。


全方位から締め付けて嬲るようにして破壊する、二つの無色器官を扱えるようになったので無色器官の能力だけなら重傘にも負けない、あいつも美味しそうだった、とてもとても美味しそうな雌だった。


黒みを帯びた赤い髪、雨上がりの後の晴天の澄んだ空のような爽やかな色彩をした真空色(まそらいろ)の瞳、色合いに反してやや吊り目がちで切れ長で好みだ、思い出すだけでも涎が溢れる、妙にサラサラとした奇妙な涎。


それを卑猥に口の端から溢れ出させる、これでは俺が雌だな、媚び諂って強い雄に忠誠を誓って奉仕を望む、ああ、あれ欲しいな、長い睫毛と綺麗に整えられた眉毛が異性を感じさせる、見る者に清潔な印象を与える。


「使徒、使徒、使徒美味しいって俺って何で知らなかったのかなぁ、不思議だぜ、大好物、エルフぐらい大好物」


『げこ』


幻聴がした、その一言で体の中で蠢いていた多くの一部が停止する、そして『別』の一部たち?が静かに動き始める、あれ、何だっけこいつら?出して見ないとわからない、出してみないとわからない、出してみてわかりたくない。


この一部達は駄目だ、俺はこんなの知らない、でも僕は知ってるよ!―――――誰だ、意識を奪うな、いや、こいつは俺か………俺が僕に戻っただけで何も変わらない、過呼吸気味になる、上手に呼吸が出来ない、吸って吐けば良い?


ぐうぐうぐうぐう、かは、すー、呼吸は上手に出来ないのに腹は上手に鳴る、どうしてあんなに美味しいモノを思い出したんだろうか?重傘を思い出してしまった?次に会ったら絶対に食べるからな!!くふふふふ、自分に誓う、無様に誓う。


「何だよ、鳴くなよ、何なんだよこの一部達は―――知らないぞ、忙しいんだ、底の方にいやがれ、畜生、お前たちは一部じゃねぇ、俺の一部は――」


『げこげこ』


「いたい、耳元で鳴くな、五月蠅い、誰だお前……ササ、ササっ!」


反応しない、愛しい俺の錬金術師は反応出来ない――こいつ等、よくわからない俺の癌細胞に邪魔されて声すら聞けない、まったく反応無し、外の一部も……………灰色狐!近くにいるはずなのに反応しない――――――――こわい、こわい。


俺の体の中で何かが起こっている、しかもグロリアと別れたこのタイミングで狙ったかのように活動を始める癌細胞、一部なのか何なのかわからない、俺と一体化した意識が幾つも感じられる、覚えも無い、名前も知らない。


大好きな俺の一部を差し置いて俺に何かを命令するなんて何なんだこいつ等!よろめく、ああ、膝が笑っている、俺は何をしたいんだ?そもそも目的は……助けてくれ、グロリア戻って来い!戻って来て!ああああ、ァァ、耳元で脳味噌の奥で延々と声が響く。


「う、おぇ」


勢い良く吐瀉する、吐き出してしまえば少しは楽になるだろうか?喉が裂けて胃液が染みる、そんな痛みと気持ち悪さを払拭する最高の解放感、だけれど声は消えない、様々な声が延々と紡がれる、誰一人として知らない声、俺の一部を差し置いて私達こそが一部なのだと叫ぶ。


耳を削ぐのは簡単だ、問題は鼓膜か?都合良く尖ったモノが落ちているわけでも無く混乱する、足を止めるのは駄目だ、余計にこいつ等の幼い声を意識してしまう、子供の声は発情期の牝猫に似ている、薄気味悪くて華やかで怨嗟のように――アァアぁ、うるせぇ。


「げこげこげこ」


『え』


心の声と実際の声が反転する、俺の口から知らない少女の声がする――知らないよな?石灰岩の化粧板で構成された廊下を体を引き摺るようにして進む、グロリアと合流しないと、グロリアならどうにかしてくれる!絶対な信頼がある。


蛙の……幼児の声が一番五月蠅い、煩わしい、そしてその声の間にも他の声が……何人いる?今の俺の一部より多い?こんなものを食った覚えはねぇぞ、はぁはぁ、ふふ、ふふふふふふふふふふ、笑える、笑えるぞ!俺は俺だ、この癌細胞に支配されてねェ!


ああああああああ、だけど、だけれど、体が軋む、腫れる、出たい出たいと知らない一部が俺に強請る、俺の一部を出れないようにして何様だ、ササを出れないように……クロリアを出れないように、最悪だ、こいつ等はやっぱり俺の一部じゃねぇぜ。


『げこげこ』


「うぅ」


『げこげこげこげこ』


「うぅぅ」


『――――――――――主』


「うぁあああああああああああああああああああああああ」


目の前に扉がある、黒塗りの重厚感溢れる扉―――その先にグロリアがいるかな?


タスケテ、風邪かなぁ?―――扉を開ける。


死んでいる、倒れている……俺に名刺をくれた男が……フフ、グロリアがやった?じゃあいるよな。


「エルフライダーか、やっと会えたな弟」


タソガレ・ソルナージュ、灰色狐との繋がりが回復した瞬間に流れ込んだ情報――気が弛む、その瞬間!


一気に支配率を書き換えられる、肉が弾けて背中が割れる、軋みを上げて皮膚と肉が左右に毒々しい色合いで開く。


「ぎぇ」


「アハハハハハハハハハハ、ワタシをミテよォゥ!」


しらない、おまえはだれだ。

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