閑話43・『私はご飯、貴方の専用ご飯』
報告をしなくては……悪蛙の一件、あの奇妙な光景、知能も精神も全て希薄になって弟君を守る為だけに存在する装置に落ちぶれていた。
誇り高い使徒が一人の人間の一部に成り下がる、どうしようも無い程に気持ちの悪い悪夢、純粋で天真爛漫で臆病だった悪蛙はいなかった、奇妙な笑顔を浮かべて敵対者を攻撃するだけの一部。
頭痛がする、アレは何だ?シスターのクローン程度ならエルフの要素が無くても支配下に置ける、しかし使徒……初期シリーズの悪蛙すら一部に変換出来るのか?それはもう天命職の限界を超越している。
ローマンコンクリートを煉瓦で覆うように形成して作られた巨大な城壁を越えて城内に入る、城壁の上には遠距離魔法を扱える魔物が多数配置されているがこちらの姿を見て畏まってしまう、無視をして地面に着地。
足早に主のいる玉座(ぎょくざ)へと急ぐ、しかし不快だ、主の下僕である悪蛙を自分の一部として使役するだなんて……弟君、ますます主に似てきた、残酷で優しくて他者を惑わせて己の虜に変える、魔性の生き物。
「重傘」
「………アタシはこの先に用事があるんだけど」
魔法によって容易に砕け散らないように特殊な魔力素材と土と煉瓦を含む多くの材料で構築された壁、そこに背中を預けながら一人の少女がアタシを静止する、第二使徒六課化(ろくかか)……………部下子がいなくなった現在では使徒筆頭の立場にある。
部下子は製作の段階で加減がわからずに長い年月と大量の魔力を必要としてこの世界に誕生した、限りなく主に近い実力を持つ部下子と他の使徒の力では覆せない大きな隔たりがある、初期シリーズの中でも異端な存在、部下子が主に近いように六課化は部下子に近い。
全ての使徒を管理する権限を与えられている六課化、髪はロングのストレートだが老婆のような褪せた白色の髪をしている、肌は白でも黒でも無い中庸の色をしている、顔の造りは整っていて美少女と言っても良いのだが何処か陰がある、瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色―垂れ絹が世界を黒く染めるように冷徹なものだ。
髪の色を除けば全てが部下子と同じ、白色の髪が疲れ果てた老人を思わせる……幼くて無垢な顔をしているのに相反している、矛盾を感じてどうも見ていると気持ち悪くなってしまう、部下子と同じだ、こいつは主の最も信頼する部下である事を当然のように受け止めて活動している。
嫉妬してしまうじゃない、滅びなさいよ、部下子のように。
「部下子は部下子で嫌な姉だったけど貴方も貴方で嫌な姉よね」
年齢は人間で言うならば10歳ぐらいの姿で固定されている六課化、上半身と下半身が一続きになった黒塗りのローブ、上衣とスカートが一体化した形状のローブは部下子や悪蛙と同じモノ、初期シリーズは妙に仲が良くて薄気味悪い。
六課化が足止めしたって事はこの先に主はいない、玉座にいるのに謁見させない場合は問答無用で攻撃される、主が信じているのは部下子であり今はその片割れである六課化だ、そこで不思議に思う、部下子とほぼ同じ実力があるのに……違和感。
主は自分の身を自分で守る、それだけの実力があるし能力がある、だから使徒を世界各地に派遣して争いを加速させる余裕がある、だからこそ溺愛する弟君の護衛の為に多くの使徒を世話役と教育係として使役した、そこまではわかる。
その任務を与えられた使徒の多くは戦闘に特化した存在が多い、弟君をあらゆる障害から守る為だ、エルフライダーはエルフを狂わせる、エルフに関わりのある者を狂わせる、必要以上に愛されてしまう……呪われた愛情を芽生えさせてしまう。
エルフは強力な種族だ、精霊に愛され巨大な魔力を持ち俊敏な肉体を有する、だからこそ弟君を守る為に戦闘に特化した使徒は全て世話役の任務が与えられた、だけどそこに六課化の姿は無かった、当時は僅かな違和感でしか無かった。
「………」
「相変わらず無口で嫌な奴ね、主は?」
「……………さあ?」
完全に格下として扱われている、六課化がまともに対応するのは初期シリーズの使徒だけ、後期の使徒に対しては何処までも無気力で気怠げな対応をする、怒りに身を任せて殺してしまいたい!しかしそれは出来ない、殺されるのはアタシの方だから。
実力差はわかっている、部下子に匹敵するかも知れない実力を持つ六課化、、まともにやりあったら勝ち目は無い、そしてアタシが欲しているのは勝利では無く立場だ、こいつを出し抜いて筆頭使徒になる………その為の第一歩、重大な秘密を知ってしまった!
悪蛙の件、誰よりも先にアタシが……だから主の居場所を教えなさいよ?可愛い妹の頼みでしょ?
「だったら勝手にするわ、暫く戻らないから」
「―――――――――――――――――――――――キョウはどうだった?」
呼び捨て、それは使徒に許されない事、アタシも主の前では絶対にしない、それをしたら四肢を削がれて頭部を弾かれて不良品に変えられてしまう……………異常なまでの執着、誰かが弟君の特別になる事を許さない偏執的な愛情、糸の伸びる菌糸のような粘着質な愛情。
夜の帳を思わせる底無しの黒色をした瞳、無感情、だけれど不思議な色合いをしている、部下子を彷彿とさせる僅かな煌めき、主がいないから呼び捨てにした?初期シリーズはどうもおかしいわ、弟君に対して様々なアプローチをしているように思える、どうしてだろうか?
主が住まう城で弟君を呼び捨てにした、その恐怖で奥歯がカチカチと小刻みに音を鳴らす、全身が硬直するような錯覚、汗が溢れて止まらない、視界が歪んでいるのは汗のせいか恐怖で涙をしているせいか、絶対にダメな事を平然と行いやがった、こいつ!
「貴方、罰を受ける覚悟があるの?」
「―――――――――――――――――――――――キョウは元気だった?」
驚愕、最悪だ――主はいないのよね?いたとしたら二人揃って現世からお別れだ、老婆のような褪せた白色の髪の隙間から何かが見える、何だアレ、眩暈がしていて良く見れない。
「悪蛙、食べてた?」
「貴方、何を、主にちゃんと……」
「見てみ?」
髪を掻き分ける、耳がある……………部下子とも違う悪蛙とも違う、この娘の耳を初めて見た、いつも長い髪で隠していた、尖った耳、エルフの耳、使徒として誕生した時から種族をエルフとして固定した?部下子と同じ遺伝子を持ちながら種族はエルフの特殊個体。
そんな事は知らない、主が生み出したのだから主は知っている、六課化が弟君の世話役になれなかった理由はもしかして……………何が起きている?同じ使徒であるのに悪蛙も六課化もアタシの知らない事実を次々と―――。
「―――――――クスクス、六課化の出番、筆頭使徒の立場を欲するのなら第十一使徒に気を付けて」
「貴方は、貴方はどうするの?」
それではまるで自分がその役職を辞めるような!
「キョウ専用の餌になる、六課化はその為に作られた」
蕩けるような表情で彼女は両手を天に掲げて高らかに叫んだ、エルフの耳が嬉しそうに上下に動く。
アタシ達は―――使徒って一体なんなの?
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