第55話・『不器用すぎる人工生物の傑作』
街は大騒ぎ、あちこちで火の手が上がっていて悲鳴が鳴り響く――火消が足早に街を行き来している。
粘土瓦や石瓦で構成された瓦葺きと防火仕様の漆喰大壁で構成された土蔵造りの建物が多い、火事は暫くしたら鎮火されるだろう。
グロリアは涼しい顔で侵入者を片付けていた、本人曰く手早い方法で拷問したらしくある程度の情報を手に入れたとか……クロリアと同化して先を急ぐ。
狙われているのは俺とグロリア、つまりはシスターだ、反論をしたい所だが俺の体の細胞の多くはクロリアに汚染されている……シスターと言ってしまえばシスターだ。
「ササ、えーっと、あの錬金術師もシスターを欲していたけどそんなに価値があるものなのか?」
「ありますよ、無敵の美少女戦士を予算が続く限り無限に生み出せるんですよ?欲しがっている輩は世界中にいますよ」
「へぇ、モテモテで良かったなグロリア」
「皮肉を言っているつもりなら男の癖してシスター扱いされて拉致されそうな自分を客観視しなさい」
「……お、おかまじゃねぇぜ?」
「あらら、可愛い物言いをして」
裏路地に入って追手を斬り裂く、次から次へと湧いて来る……グロリアの動きは見ていて勉強になる、屋根の上から飛来する敵が地面に着地をする前に手早く斬り落とす。
無表情に淡々と足を止める事すらしない、空中からの攻撃は強烈だが体勢を変える事が難しい、しかし普通の人間だったら空中から飛来する敵に対して恐怖を感じてしまう。
その刹那の戸惑いが勝負を決する、落下する人体の速度を舐めてはいけない、しかしグロリアはまるで何でも無い事のように常識を覆す、全ての敵の着地を許さずに空中で殺し続ける。
地面に足を着ける事が叶うのは絶命した後にだけ、俺はグロリアの背中を追いながら震撼する……首が飛んで血飛沫が舞う、死人の数は二桁に届いただろうか?ご愁傷さまと心の中で呟く。
「何だか楽しくなって来ました!」
「普通は楽しくならねぇぜ、具体的にどんな所が楽しいのか説明してくれ」
「通説では死人……死人の魂は宙に浮いていると言われています」
「うん」
「つまり足が地面に触れている状態……それこそが生きている状態ですよね?」
「逆説的だけど良いんじゃね?地面に立てている状態は自分で自分の体重を支えているわけだからな」
死んだら地面に立てないしな、現実主義のグロリアにしては珍しい、付き合ってやるか、瞳をキラキラと輝かせて夢見る乙女のような顔つき、素材が良いだけに直視出来ない。
横に並びながら走り続ける、ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらグロリアはもう片方の手で追手を難無く斬り捨てる、飛来するタイミングを完全に読み取って呑気に欠伸をしている。
「ふぁ、つまりです………宙に浮いている状態は生きていて、こうやって斬り殺されて地面に着地したら死人になっている」
「そ、そうだな」
「本来の現象と逆転しているわけです、笑えませんか?」
「笑えないけど」
「ちぇ」
口先を尖らせて愛らしく呟く……見た目は愛らしいが言っている事は殺人鬼の理屈だ、グロリアは自然体で戦闘を楽しむ……………恐らくは本人の意思では無くそんな風に教育された、いや、遺伝子に無理矢理刻まれたのか。
グロリアにどのような偏った性癖があろうがどうでも良い、俺は彼女に拾われてここまで来たのだから……しかしホムンクルスってのはどいつもこいつも同じ顔をして同じ背丈をしていて気持ち悪い、何だか不気味だ。
こんな存在を大量に生み出せるのにシスターを生み出す事は不可能なのか?ササの錬金術でも無理だったしシスターって一体何なんだろうな、悲しい事に俺も肉体的にはほぼシスターなのだ。
ちゃんと知っておきたいぜ?
「キョウさんが冷たいので怒りで殺人も捗ります」
「シスターの台詞じゃないって!まったく……いいかグロリアよぉ、世間の人間はシスターに対して敬意を持って……」
「フフ」
「ん、んだよォ」
「いえいえ、私の名前を呼んでくれたと改めて思っただけです、最初はシスター・グロリアと畏まっていたのに」
今更そんな事で笑うんじゃねぇよ、何だか恥ずかしくなって視線を逸らす………女は卑怯だ、いきなりわけのわからない事を言って男を戸惑わせる。
剣先を自由自在に走らせて追手を惨殺するグロリアは夜の闇の中でしっかりと輝いている、こんなに最悪な状況で最低な事をしているのに最高に美しい……何て矛盾だ!
俺の容姿が変化したせいでシスターの二人組だと思われている、つまりは目立つ…路地裏に逃げ込んだのは正解だったがグロリアには別の目的があるようだ、黙って従う。
「沢山殺しました」
むふー、何だか鼻息が荒い、青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が潤んでいる、あまり見た事が無い表情に戸惑ってしまう、オイオイ、どうしたよ?
子犬を思わせるグロリアに似つかわしく無い表情、全ての面で自立して自由で自我が強い、そんなグロリアにまったく似合わないソレは……………媚びている?しかしどうして媚びているのかわからないぜ!
ゼェゼェ、俺は俺でグロリアの速度に合わせて走っているので少ししんどいぜ、姉ちゃんとクロリアの細胞が頑張ってくれています、その二つでやっと互角、やっぱりグロリアってあらゆる意味で規格外だよな。
んで、何をすりゃ良いんだよ?
「キョウさんはまだまだ雑魚キャラなので追手を……2人ぐらいですかね?」
「そ、そうだぜ」
「私は17人殺しました、キョウさんが雑魚キャラである事を差し置いても驚異的な数字だと言えるでしょう」
美術家が生涯を費やして完成させるような一点の澱みも無い美貌を見せつけながら彼女は言葉を連ねる、全てが正論で全てが事実、男として情けない、下唇を噛み締めながら黙って言葉を聞く。
あまりに完成された『美』は人形のような無機質さを備えている、しかし最近のグロリアは表情が豊かで見ていて飽きない……常に邪笑を浮かべていた過去が懐かしい、潤んだ瞳とやや赤くなった白い頬。
「こほん、褒めて下さい」
「褒める?え、何を褒めたら良いんだぜ?」
「ぐ、グロリアは人殺しが上手で凄いなぁとか、そ、そんなんで良いですよ?」
感性がおかしいっ!テレテレしながら横目でこっちを見ている、俺がグロリアを褒める?俺なんかに褒められて嬉しいのか?今日のグロリアは別の意味で大胆で積極的で戸惑ってしまう、褒める所なら他に沢山あるのに!
自分が美少女で全てに置いて万能な事実に気付いていない?いや、冗談では自分の事を美少女と呼称しているけどな、恥ずかしそうにしているグロリアを見てごくりと喉を鳴らす、こ、これ褒めたら俺も人間失格じゃねぇか?
確かに殺した敵は俺たちに害を与える存在、それを処分した事に対しては正当性の一言で片付けられる、しかしその行為を褒めてくれとはこれ如何に?だけどそこにグロリアの歪みを感じてしまう、哀れに思ってしまう。
俺自身が歪んでいるようにグロリアもその出生の特殊さから普通の少女では考えられないような思考をしている、他人に褒めて欲しいと強請ったのは初めてか?褒めて欲しくて沢山殺したのか?滑稽な程に不器用で健気だ。
だったら俺もクズになろう、人命を奪った行為を褒めるとしよう、だってこの行為を褒めてやれるのは世界中で俺だけに与えられた特権なのだから。
「グロリアは人殺しが上手で俺を守ってくれる、凄いぜ、いつもありがとうな」
「は、はいぃ、頑張りますからね」
頑張りますからもっと褒めて良いんですよ?そんな幻聴が聞こえた。
グロリアが足を止める、目の前には亀裂の入った小さな建物、周囲には雑草が生い茂り陰気な雰囲気が漂っている。
「さて、黒幕をサクッと殺しましょう」
「え!?首謀者の居場所まで聞き出していたのか?適当に逃げ回っていたんじゃねぇの?」
「よし、また褒めるチャンスですよキョウさん!」
褒めるつーか優秀過ぎて引いた……この女、やっぱり怖い。
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