閑話41・『黙って私を見てれば良いんだよ』

じーっ、視線を感じる、振り向けばグロリアが気怠げにこちらを見つめている。


ベンチに座って何をするわけでも無く俺を見詰めている、何処か呆けたような表情、度々欠伸を噛み殺している。


この街には憩いの場として公園が設けられている、権利を声高に叫ぶ昨今の風潮が良い方向に転がった、良質な環境を享受して散歩を行う権利は都会では当たり前のモノなのだ。


流石に子供達が遊んでいる横でファルシオンを振り回すわけには行かない、木刀で素振りをしながら首を傾げる、首を傾げたのはグロリアへの意思表示だ……言いたい事があるのなら言えよ!


「ふっ、ふっ、ふっ」


「もぐもぐもぐ」


公園に足を運ぶ前に近くの露店で買ったサンドイッチを一心不乱に食べている、昼飯を一時間前に食べたはずだがグロリアの食欲は留まる所を知らない、周囲の視線が痛い、物凄く痛い。


この世界を統べるルークレット教のシスターがこんな時間帯に仕事もせずに呑気にベンチに座ってサンドイッチを食べている、皆の視線は非難のソレでは無く純粋に心配しているのだ。


市民の皆さん、これが通常営業のグロリアです………そして不本意ながらるルークレット教のシスターと似た容姿をした俺は一心不乱に木刀を振っている、これに対する皆の視線には動揺が含まれている。


公衆の面前で素振りをするシスターなんているのか?そんな視線に俺は男だ!と叫びたくなる、しかし男である自覚があるのに俺は男だ!と叫ぶのは如何なものだろうか?何だか言い訳に聞こえるぜ。


「もぐもぐもぐ」


「グロリア、俺の分も残しといてくれよ」


「もぐ、大丈夫です……ハトにパン屑を与えているのですが……食べ残しが幾つかあるので」


「ハトの食べ残しじゃなくてちゃんと俺用に一個残しといてくれよ!」


「平和の象徴でもあるハトの食べ残しですからきっとスピリチュアルフードとしてキョウさんに恩恵を与えてくれます」


「太るぞ」


「もぐもぐもぐもぐ、大丈夫です、美少女ですから私」


理由が理由になっていない、バゲットにバターと臭みの少ない鶏レバーをパテにした物を塗ってたっぷりの香草とベーコンを挟んでいる、如何にも露店で売られていそうなサンドイッチって感じで食欲を刺激する。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白、そこにソースが落ちて汚れてしまえと心の中で吐き捨てる……しかしグロリアは上品にサンドイッチの山を平らげていく、あの山を運んだのは俺だぜ?


食事をしながらも青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳は俺の方を見詰めている、何か怒らすような事をしたっけ?相手をしてられないので無視をして素振りを再開する、帰りに絶対サンドイッチを買うからな!


「キョウさん、クロリアのせいで私に似ちゃいましたね?前の面影もしっかりありますが」


「ふっ、ふっ、ふっ」


「無視をしないで下さい」


「うぎゃ!?」


スリングと呼ばれる投石紐を用いて狩りに出る事は良くあった、一度投げてから次の投擲に入る時間も短いし威力も大きい、何より次弾が尽きる事は無い……………弓よりも簡易で弓よりも威力が大きく弓よりも物資を必要としない。


古代の戦いでは投石部隊の役割は大きく、重要視されていた、そんな歴史のある投石だが実戦で使えるようになるにはかなりの鍛錬が必要だ、石の形状は様々で構成される物質で質量も変化する、しかしグロリアは適当に投げたはずなのに狙いも速度も完璧だ。


戦闘に関する事ならば全て自然に扱える、それがシスターでありグロリアだ、クロリアの危機回避能力が無かったらまともに頭部に当たっていた……………金切り声を上げて空気を切り裂いて草むらに消える石に恐怖を覚える、殺す気だったよな?


「また無視をしたら次は当てます」


「今のも当てるつもりだったじゃねーか!クロリアが感知しなかったら死んでだぜ!」


「またソレですか、クロリアクロリア、聞き飽きました」


広い場所での鍛錬を提案したのもクロリアだ、狭い所で縮こまって鍛錬するよりも広い場所で全身の筋肉をフル稼働させて鍛えた方が効率的だと……………クロリアの名前を出した時点でグロリアは少し不機嫌だった、そして時間が経過するにつれて苛立ちが高まっている。


クロリアのお陰で大好きなグロリアに近付けた、それはとても喜ばしい事だ、そして俺の体の中で最も美しいと思うのは幼いグロリアであるクロリア、だからここ数日、自慢をして誇らしげに語って何度も名前を口に出した、なのにグロリアは喜んでくれない。


苛立ちの含まれたグロリアの一言で周囲の空気が凍る、日光浴をしていたカップルも虫取りをしていた少年も微睡んでいた老人も皆一斉に凍り付いている、当事者の一人である俺はグロリアの言葉の真意を理解出来ずに戸惑ってしまう。


白磁の陶器を思わせる肌を日の光に晒しながらグロリアが立ち上がる。


「んだよ、何も悪い事をしてねぇのに不機嫌になられると流石に迷惑だぜ」


「そうですか?不機嫌になった私も可愛いでしょう?そんな私が大好きで貴方はそのような姿になったのだから」


履き口に折り返しのある個性的なキャバリエブーツで地面をゆったりと踏み付けながら近付いて来る、俺は悪い事をしていない、だから堂々と正面から睨む、眉間に皺を寄せて不機嫌に髪を指先で遊ばせるグロリア、普通の人間が見たら一秒で逃げ出したくなる殺意。


呼吸が感じられる距離で互いに互いを睨む―――――クロリア、どうして威嚇している?不機嫌でも相手はグロリア、敵では無いぜ?


「クロリアなんて貴方の一部でしかない」


「え、いや、そこか?そりゃそうだよ、俺だし、クロリア俺だし」


最初の一声が予想外過ぎて狼狽える、足が足であるように手が手であるようにクロリアは俺の一部であるクロリアだ………そこを平然と口に出されても何も言い返せない、どうしたんだよ、何を苛立ってるんだよ?


さっさと稽古に戻りたい、クロリアがアドバイスしてくれるんだぜ。


「また、虐められたいのですか貴方は……泣いて謝る姿は中々に滑稽でした」


「っ、嫌がらせがしたいんなら勝手にしろ」


「クロリアに言われて稽古をしてクロリアにアドバイスされて喜んで、見てたらわかりますよ?動きが私達に近付いています」


振り向いて立ち去ろうとするが体が動かない、蛇に睨まれた蛙のように絶対的な強者を前に体が拒絶反応を示している。


ジ―っ、グロリアが覗き込む、俺の表情を俺の内心を俺の中のクロリアを――――やめてくれ、虐めるのは俺だけで良いだろう?クロリアは可愛くて優秀な一部なんだ、大好きな女の子が大好きな女の子を虐めるのは好きじゃないぜ。


「またか、また」


「グロリア?」


「私と出会って暫く旅をして、口にするのは私の名前ばかり、そんなキョウさんが可愛かったのに今は駄目ですねェ」


「え」


「捨てちゃいましょうか?」


捨てる、クロリアが呼び掛ける、聞くな。


聞いたのに聞くなって、捨てられる―――――――――――――――――――――――クロカナが俺を捨てたように。


捨てられる、捨てられる、捨てられる―――――――――――――――――――――――――俺が悪蛙を捨てたように。


イタイイタイ、イタイ、目の奥が何だかイタイ、なんだったけ、捨てるのか、何を捨てるのか?捨てたら嫌だ、すてちゃやだ。


「フフ、やっと私だけを見てくれましたね、嘘ですよ……捨てるわけが無いでしょう、貴方は誰のモノですか?」


「ぐろりあ?」


喜んで貰えるように足りない頭で考えて答える、だってそうしないとまた脅されるから……聞きたくないあの言葉をもう一度言われるから。


やだやだやだ、クロリア、黙ってろ、黙れ、今はグロリアと話をしている――――だまれ、いちぶふぜいが。


「そうです………あぁ、キョウさんはやっぱり素敵です、私にも貴方と同じ能力があって貴方を取り込めたら良いのに」


「いやだ」


「そうですね、他人では無いと辿り着けない結末もありますから……そのままクロリアを無視して私とお散歩を楽しみましょうね?鍛錬もしなくて良いです」


「うん」


グロリアが喜んでくれるならそれが一番だ、


それが一番嬉しい。

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