閑話40・『悪蛙とキョウ、凶悪、ずっと』

使徒の特殊能力なのか傷口の修復が遅い、抉られて穿られた腹は毒々しい色で脈動している。


血を大量に失ったが気絶する程では無い、しかし戦闘するのはややキツイ、ファルシオンを地面に突き刺して体を無理矢理起こす。


使徒?アク?………頭痛と眩暈が仲良く手を取り合って脳味噌を揺さぶっている、体の修復に能力を酷使し過ぎて一部を取り出せない、まずい状況。


「大丈夫?お腹抉れているわよ?死んじゃ駄目よ、主に叱られちゃう」


雨上がりの後の晴天の澄んだ空のような爽やかな色彩を瞳、清らかな色合いなのに瞳には殺意が浮かんでいる。


真空色(まそらいろ)の瞳に浮かび上がった殺意を正面で受け止めて体勢を立て直す、勇魔の使徒?あいつは俺の敵では無かったはず、こいつの独断か?


勇者と魔王の能力を併せ持った第一の天命職が生み出した戦闘生物……オイオイオイ、ラスボクラスはまだ早いって、グロリア助けに来ないかな?ハハ、男の子なんだから気張らないとな。


音も無く空気の振動も無い接触時にダメージを与える無敵の攻撃、無色器官が襲い掛かって来る、何とか避ける、避けても避けた実感が無い、何となく見える透明な塊が俺の命を奪おうと自由自在に動き回る。


クロリアの血と肉が敵の無色器官を捉えている、頼りになる一部だぜと苦笑しながら攻撃を回避する、こちらも無色器官で対抗したいが傷口の修復が先だ、あまり意識しないようにしているがかなりヤバい事になっている。


「畜生!俺を殺そうとしたんだから俺に殺されても文句を言うなよ?女の子はなるべく傷付けたくねぇけどな!」


「大丈夫よ、貴方の実力ではアタシに何も出来ない」


「乳ぐらい揉んでやらぁ!」


「アタシに揉む乳が無いからそれは無理、ごめんね」


「意外に自分を俯瞰で見てやがる!?うわああああああああ、死にたくねぇ!乳がねぇなら揉んでデカくしてやる!だから揉ませろー!」


「少しトキメクわね」


こいつ頭おかしくね?忙しなく飛び回りながら回避を続ける、基礎体力の向上を感じる、一部の力を使わなくても何とかやれている……反撃はまったく出来ていないけどな!


楼門が無色器官に粉砕されて何割か吹っ飛ぶ、装飾的建築物としての意味合いも強い美しい外観、それを問答無用で吹き飛ばすのだから使徒って奴はまったく………あれ、俺は他の使徒を知らないはず。


なのに何人かの顔が浮かんだ、それは霧のようにあやふやで頼りない記憶、意識した途端に砕けて消えてしまう、俺はグロリアと出会うまで農民として生きて来た、こんな奴と会う機会なんて無いはずだ。


それなのに胸が痛い、抉られた腹よりも胸が痛む、幻痛が確かな色を持って痛みを訴えている、現実なのか幻なのかわからない表現出来ない痛み、あまりに鋭い痛みに足取りが大きく乱れる、無色器官が頬を掠めて頭が激しく揺さぶられる。


「ぐぁ」


「弟君、辛そう……昔からすぐに顔に出るよね弟君、っても今と違ってプニプニした球体だったけど可愛かったわよ?部下子に懐いていたのは可愛く無かったわね」


「……ぶか、こ」


「そう、アタシは部下子が大っ嫌い…………主に一番『愛用』されていたのにそれが当たり前みたいな顔しちゃってさ」


「ハァハァ、自分達の事を表現するのに『愛用』だなんて言葉を使うなよ、心があって血肉があるんだろうが!あんまり好きな表現じゃねーぜ」


「貴方が一部に対して感じているモノと一緒でしょうに、でも兄弟よね、残酷で優しい所がそっくり」


勇魔と似ていると言われても嬉しくも無いし悲しくも無い、こいつにとって主である勇魔は己の全てを捧げても良い相手らしい………瞳を見ればわかる、ササと同じ瞳、宇治氏と同じ瞳、狂信者の歪みに歪んだ信仰が垣間見える。


愛されて信じられる事は慣れている、一部がいるから信者がいるから大好きな人がいるから、しかし他者が他者を信仰する様を見せられて感じるのは何とも言えない不快感、俺は……………勇魔に似ている?魂の兄弟だから?


防衛機能と同時に居住機能を有した楼門が粉々になる様を見ながら思考する、避けながらもさらに思考する、どうやったらこいつに勝てる?どうやったらこいつの信仰を砕ける?ああ、こいつの力の源は信仰と愛情だ、俺の一部と同じ。


だったら強くて当たり前じゃねぇか、勇魔の一部と言っても良い存在、おかしい…こいつらを生み出した?天命職、勇魔とエルフライダー、始まりと終わり、全てが鏡合わせのように感じる、全てが同一のように感じてしまう。


避ける、不可視の攻撃は速度を少しずつ上げている。


「やば、い」


「そうそう、主に一番愛されている弟君の事は………フフ、でも部下子ほど嫌いじゃないわね、同性じゃないからかしら?」


「うるせぇ!さっきから俺の知らない事を!知らない名前を!」


「部下子も悪蛙もさ、主に似ている弟君を好きにならないで主をそのまま愛すれば良いのに、アタシのように」


嫉妬、そして追撃、読み取った感情と迫り来る不可視の一撃……………吹き飛ばされる、体が引き千切られるような感触、そもそも全身が痛すぎて何処が抉られたのかわからない。


意識が……ぶかこ、あくがえる……………うばわれた。


かえせ。


おいで。


よこせ。


でて。


あく。













憎い相手では無い、しかし主が最も大切にしている存在である事実が過度な暴力を訴える、殺さなかったら大丈夫、どうせ主と同じ化け物だ。


復元して回復して他者を取り込んで自分をより強化する、主から教えられたエルフライダーの能力は驚愕の一言で人知を超越している、使徒であるアタシですら素直にそう思う。


だからこそ主と並び立てる?胸が痛む、それはアタシの役割だ………部下子が消滅してから主は自分の片腕となる使途を求めている、その位置を誰よりも欲しているのは間違いなくアタシだ。


古城を背に無色器官を展開する……意識が途切れたのか弟君は力無く地面に倒れ込む、意識の無いお人形、お人形遊びは得意だ、そしてお人形を壊すのも得意だ、部下子にそれで叱られた事が何度もある。


だったら、ねえ、貴方の大切な弟君をお人形にして遊んでも良いでしょう?壊しても良いでしょう?悔しいでしょう部下子、死んじゃったら一番大切な人を守れないのよ?貴方のように、悪蛙のように。


アタシは生きる、生きて主を守る、本当に愛すべき人を裏切った貴方たちはそこで見ているが良いわ………弟君が蹂躙される様を。


「さあ、四肢を削ぎましょうね」


「げ、こ」


「え」


弾かれた、無色器官が軽々と弾かれた………弟君の背中から手が飛び出している、子供の手、小さな小さな紅葉のような子供の手、不可視の器官を何でも無いように弾く、煩わしいと軽々と弾く。


その声に聞き覚えがあった……何処か甘ったるい、使徒として威厳が足りない幼い声、死んだはずだ、滅んだはずだ、主がアタシに嘘を言うわけが無い、他の使徒も信じている……あの娘は死んだと。


そもそもエルフでは無い、エルフの要素も因縁も無い、そして人間やエルフとは比べ物にならない程の情報量、全ての点で取り込む事は不可能のはず……エルフに関与しない存在を取り込めば自分が汚染される。


弟君がシスターのクローンを取り込んで精神や肉体が変化したように、そうだ、全て観察していた、それなのに、シスターのクローン如きで汚染される能力なのに、使徒を……アタシ達を取り込んでいる?


「げこ、げこ」


「あく、がえる」


鴉の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪、肌は白でも黒でも無い中庸の色をしていてる、瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色、一切の光を映さない黒色は世界の淵のように絶望的だ……何かが繋がる。


弟君の右の瞳の色と同じ、いや、いつから……………この黒い瞳は報告では生まれた時から、そうだった、そうだったはず、じゃあ誰の瞳の色?誰を無理矢理取り込んで汚染された瞳の色?悪蛙の瞳の色?


使徒を取り込んでいた、誰よりも何よりも最初に……そんなバカな、勇魔が己の能力を最大限に活用して最高の魔力を与えて長い月日を掛けて生み出した使途を……だとしたら、弟君の能力は?


「悪蛙っっっ!答えなさい!いつから取り込まれていた!どうして主に報告しなかった!」


「げこ」


「貴方……言語を……知能を……全部、弟君に……」


じーっ、血に濡れた弟君を一心不乱に見詰めている、ぞくり、背筋に寒気が走る。


全裸で古城に降り立った悪蛙はアタシの知っている彼女では無い、何があったかは知らない、しかし誇り高い使徒が主以外のモノに成り下がっているのが不快だ、貴方、どうしてそんな風になってまで。


弟君を守ろうとしているの?


「げこ、げ、にあ、に亜嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああ」


絶叫で世界が軋む、使徒の能力では無い、弟君の傷口を確認した瞬間に恐ろしい程の魔力が溢れ出る、初期型である悪蛙の保有する魔力はアタシの数倍、まともにやりあったら勝てない。


距離を取ろうと無色器官を展開させる、しかし、しかし……刹那に激しい痛みに地面に倒れ込む、左腕が無い、あったはずのものが一瞬で無くなった、溢れ出る血は人間と同じ真っ赤なもの。


悪蛙、片手に掴んだアタシの腕を興味無さそうに地面に投げ捨てる、何をされたのかわからない、無色器官でも魔法でも無い、このままでは勝負にならない、何よりも主にこの事実を伝える事が先決。


潮時だ。


「妹として最後に尋ねるわ、貴方………そんな風に知能もプライドも無くして愛する人の肉に成り下がって満足なの?」


「……あう」


「―――――――辛くないの?」


「し、あ、あせ、きょう、すき」


「何があって」


「きょう、すきー」


微笑んだ悪蛙の姿は記憶にあるものと同じ無垢なもので、どうしてこの娘が使徒なんだろうと改めて思う。


そしてどうしてそんな風になって幸せそうなの?


「しあ、あせ、きょう、あく、ふたりいっしょ」


キョウ、アク


凶悪………お似合いね。


「またね」


報告しないと。

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