閑話39・『第十使徒は俺に優しくねぇな』

グロリアにたまには甘えて無いで一人っきりでクエストを攻略しなさいと言われた。


冒険者ギルドに立ち寄って自分でも出来そうなクエストを探す、街外れにある廃城に住みついた魔物の退治。


廃城って所に魅力を感じて依頼を受ける、俺以外にもこのクエストを受けている人間が一人いるらしい、どんな奴だろうか?


「思ったよりデカいな、一日で終わらせようと思ったのに」


この地域の権力者によって古い城を破城(はじょう)する政策が成されている、別名では城割(しろわり)とも呼ばれる極端な政策である。


観光資源として古城が扱われるようになってからはあまり聞かない政策、ここの地主は何を考えているのか……支配力と求心力を高める為だけに先人の遺産を壊すだなんてさ。


この城は魔物が住み付いているせいでその政策から逃れている、魔物の殲滅では無く狩り取る事を目的としている今回のクエストの内容は嬉しい、何匹か残してやるぜ。


「入り口もデカいわ」


腰に差したファルシオンの重みが心を軽くさせる、様々な経験を得てそこそこ強くなったように思う、稽古でグロリアに一撃食らわせる事はまだ無理だけど呼吸を乱す程度には成長した。


毎日の鍛錬と長旅による足腰の強化、さらにグロリアの無茶振りと多くの一部を取り込んだ事で戦闘力だけでは無く多くの知識と才能を手に入れた、クロリアを取り込んだ事でグロリアに匹敵する血肉を得た。


それで容姿が変化した事は………うん、変化したよな?それは何だかはっきりしない、昔からこうだったように思えるし最近変化したようにも思える、それでも戦う事に適した体になった事はとても嬉しい事だぜ!


「あっ、か、確認しねぇと」


グロリアに言われた事を思い出して麻袋の中身を確認する、グロリアに渡された手製のお弁当、回復薬数点、野宿する為の必需品数点……一応は城の中なんだけど野宿に該当するのかね?施設は古びているし該当するか!


どうやら忘れ物は無いらしい、グロリアの奴………自分で命令した癖に過保護過ぎるぜ、これでクエストを攻略出来なかったら本当に恥ずかしい、魔物の首を幾つか持って帰れば良いんだよな、さて、頑張ってみるか。


土嚢作りの材料を入れたりする麻袋の感触は慣れ親しんだもの、農民としての過去を少しだけ思い出す……それが今では古城で魔物退治だもんな、何だか遠くへ来たもんだな、ちょっと笑ってしまうぜ。


「人間の骨ばっかりか、死臭はしないな……最近は挑戦者不足か」


城門に繋がる跳ね橋には骨が密集している……下に流れる川を覗き込むとそこにも様々な武器や防具が沈んでいて錆びてしまっている、少し気合いを入れ直すかな!これだけの数を屠った魔物ってどんなのだろう?


ギルドでも情報は無かったし生きて帰って来た奴がいないって事か……蝶番を貼り付けた木製の橋桁を城壁面に固定したロープで逆側に跳ね上げる事で橋を完成させる……はずなのだが何時からこのままなんだ?


古くなった木の板の上を歩くのは中々に勇気がいる、妖精の力を解放して体に纏わせる……万物を操る妖精の力で草履を僅かに浮かせる、セコイ、セコイけど川に落とされるよりはマシだぜ!城の中に何とか辿り着く。


埃臭い、そして家畜小屋のような臭い、床にはスレートと石灰岩タイルが敷かれているが死体の山に覆われて侵食されている、折角の職人の仕事が台無しだ…………少しだけ腹立たしいが人の作ったモノは風化するのか決まりだ。


横梁が自己を主張して天井から剥き出しになっている、中々に攻めたデザインしやがって!妖精の力で周囲を感知する、魔物の気配が幾つも感じられる、つーか天井にいるじゃねぇか、ファルシオンを抜いて宙に掲げる。


『ガウウッッ!!』


横梁の隙間から何かが俺を目指して飛来する、動体視力には自信があるが刹那の攻防で見極められない、体が勝手に動く……ファルシオンは重量を最大限に活かす武器、上段からの振り落としや床に接触した跳ね上がりで追撃する際には速度出せる。


しかし空中から飛来する敵に対してはあまりにも使い勝手が悪い、けれど体内に取り込んだクロリアの腕力がそれを容易く行う、まるで羽根を扱っているようにまったく重みを感じないファルシオン、衝撃と回避、剣先に重みを感じた瞬間に後方へと下がる。


二度目の攻撃は許さない、相手の正体に少し驚きながら呼吸を整える、まず目に入るのは灰褐色の体毛に異常に発達した四肢、そして家畜には無い野生を感じさせる鋭い眼光、犬歯を剥き出しにして唸る姿は人間が持つ潜在的な恐怖を呼び起こす。


狼?いや、一般の狼の二倍以上はあるし魔力を感じる、一般的な狼との差異はそれだけだ、初めて見る魔物だ、ここら辺の地域特有の種類だろうか?横梁の隙間から落ちて来たって事はあれぐらいの高さはジャンプ出来るって事だよな?


「強そうじゃねぇか!」


『………ガッ』


低い姿勢からの地を這うような突進、距離を取ったのは失敗だったぜ、あんな弾丸のような速度では近くだろうが遠くだろうが関係ねぇ、距離を取った分だけ加速と突進力が底上げされる。


二度目の衝撃、ファルシオンを盾のように使う事になるとはな!ファルシオンの刃に牙が食い込む、金属と金属が擦れるような音が周囲に鳴り響く、どんな硬度をした牙だってーの!押さえ付けようとする前足を掻い潜り無防備になった腹を蹴飛ばす。


ファルシオンに噛み付いているのが良い固定になって蹴りやすい、獣の腹は柔らかくて弱点のはずなのに硬くて弾力性がある、ゴム鞠を蹴飛ばしているような奇妙な感触、振り回される頭部と飛び散る涎が強い飢えを感じさせる。


このままではまずい、腰の辺りが甘く震える、性的な欲求に近いソレはすぐさまに形を成して出現する、クロリアの無色器官(むしょくきかん)が狼型の魔物を一撃で吹っ飛ばす、甲高い悲鳴を上げて恐ろしい速度で後方へ吹っ飛ぶソレを呆然と見つめる。


魔物より遥か上位の使徒の力、クロリアの無色器官かと思ったがコレは俺のモノのようだ……意識してもう一つ出現させる、これはクロリアの?髪の色や目の色ばかりでは無く体が使徒化している?様々な疑問が浮かぶが今はこいつに助けられた。


追撃しようとファルシオンを構えて無色器官を展開させる、ラスボスがに雑魚に成り下がった感覚、これはやっぱり卑怯じゃねぇーかな?しかし命の奪い合いで全力を出さない方がどうかしている、俺は全力でこいつを殺す。


「あーーー!ちょっと待ちなさいよーーー!その子はアタシの獲物なんだから!」


「あん?」


『……グルルル』


場に相応しく無い甲高い声、そちらに意識を向けた瞬間に狼型の獲物は素早く離脱する……畜生、また横梁の隙間か!妖精の力で気配は掴んでいるが追い掛ける事は不可能だ、何せこっちは二本足であちらさんは四足、追いつけるわけがねぇ。


緊張を解いてファルシオンを腰に戻す……何だか騒がしい奴がこっちに近付いて来る、あの魔物のようにここを去るか?しかし敵の巣のど真ん中で他の人間と合流出来るチャンスを逃がすのはリスクが高いような気がする。


妥協するか、会ってみて合流するか単独で行動するのかを決めるぜ。


「あれ?何だ、ルークルット教のシスターじゃない、聖職者は相手が魔物でも殺したら駄目でしょうに」


「シスターじゃねぇし、俺は男だ………チッ、ちんちくりんの高飛車女かよ」


「はあん?な、何なのよアンタ!失礼よ!無礼よ!……あ、あいさつ、挨拶まだだった……はじめまして!」


「おう」


汗を拭いながら返事をする、初対面のはずなのに何だかな、黒みを帯びた赤い髪が目に入る、あまり見ない髪の色だ、何処の出身だ?首を傾げながらそいつを観察する、女の子を観察するのは好きだ、それが美少女なら尚更である。


髪の色は蘇芳(すおう)だ、古書などでは血の色を表現する際に好んで使われるが実物を目にするとその美しさに驚いてしまう、そんな特殊な色彩をした髪を左右で括り両肩に掛かる長さまで伸ばしている、ツインテールである。


瞳の色は雨上がりの後の晴天の澄んだ空のような爽やかな色彩をしている、真空色(まそらいろ)をしたその瞳は色合いに反してやや吊り目がちで切れ長である、長い睫毛と綺麗に整えられた眉毛が女の子を感じさせて中々に憎らしい……そして愛らしい。


身長は俺より頭一つ分小さいぐらい、年齢は同世代だと思うがペチャパイなので何とも言えない、白い肌にやや赤みが差しているのは興奮しているからか?コート・オブ・プレートをしっかりと着込んでいるので冒険者なのは間違いない。


「アタシの名前は重傘・ロックスター、世界一の魔法剣士になる女よ」


「へえ、俺はキョウ……お前もクエストを受けて?」


コート・オブ・プレートはジュポンとよばれる胴衣の上から板金を重ね合わせた鎧を着込む事で完成される……鎧としては軽装であり女性でも装備する事は可能である、これが発達したのがチェインメイルだが生産性に置いては前者の方が遥かに優秀である。


板金は二次曲面であるし加工がし易いし、板金を革や布地の裏側に留めた容易な構造は職人で無くても簡単に製造が出来る、動きやすくて整備も楽なので初心者の冒険者が好んで着込む、こいつはどうなんだろうか?


「そうっ!魔物を全て退治して名を上げるのがアタシの目的!あんたこそ中々やるじゃない!戦ってるの見てたわよ」


「やめろよ、視姦されるのは嫌いだぜ」


「死姦されるのは嫌い?……大丈夫じゃない?死んでるなら意識無いし」


「思ったより可愛げがねぇ!?何なんだお前………ツンデレっぽいから純情キャラだと思ったのに」


重傘(おもがさ)は何でも無いように呟く、少し怖くなって後退する、所作や体捌きを観察して一安心、どうやら俺より弱いらしい、いきなり攻撃されても困るからな、魔物もちゃんと対処しねぇと駄目だが人間も一緒だ、いつ裏切るかわからねぇ。


ササや祟木の意識が俺に流れ込んでくる、何処までも現実的に思考する二つの脳味噌は俺にとって最大の宝だ、油断を決してしないで会話を楽しむ、重傘は一人っきりで活動している冒険家で職業は魔法剣士、カッコいい職業だぜ。


「あんたは?剣を扱ってるけど動きは雑だし……戦士とかでしょ?」


「そんなんでいいぜ」


「あっ、ちょっと勝手に行かないでよ!!女の子を無視すると」


「モテないんだろ?」


「男に好かれる体質になるわ」


「そっち!?」


俺としてはさっさと立ち去りたい、こいつは何だか苦手だ、嫌いでは無いが苦手、足早に去ろうとしても後ろを追い掛けて来る、俺の戦い方に興味を持ったのか様々な質問をしてくる。


無色器官を使って敵を吹っ飛ばしたのがまずかった、魔法では無いわよね?と何度も問い掛けて来る、素直に魔法じゃないと口にしてもさらに面倒な事態になりそうなので無視をして先を急ぐ。


「ちょっとー、キョウー、見た目が女の子のキョウー」


「………」


「あっ、そこに良い感じの死体があるわよ!股間のブツを取り替えてもっと男らしくなったら?あっ、無理かー、その顔だしね、アハハハ」


煽られている。


「キョウーーーー、どうしてそんなに怒っているの?ああ、もしかして無色器官の事ー?大丈夫」


「な、に」


「アタシにもあるから」


先程の魔物の一撃が赤子のソレと錯覚する程に激しい衝撃、体が浮遊して景色が一瞬で移り変わる。


吐血、腹が捩じれたように貫通している、渦巻き模様の傷口を手で押さえて地面を転がる、ヤバい、こいつは相当にヤバい。


「お久しぶりね、弟君………今日はアタシが貴方をテストしてあげる」


眩暈、衝撃、痙攣、生理的な全てを無理やり抑え込んで立ち上がる……欠けた歯と頬の内側の肉片を吐き捨ててファルシオンを構える。


まさかここに来てラスボかよ、あー、頭イテェ、今の俺にはさっきの狼型の魔物で事足りているんだぜ、畜生。


「勇魔の第十使徒、重傘・ロックスター……敬愛すべき主の命令と同胞たる悪蛙の無念を晴らすべく貴方を……そうね、死なない程度に死にたいと思うぐらい虐めてあげる」


「………アク?」


視界が……歪んだ。

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