閑話38・『部下子と悪蛙、届かなかった未来』

ローマンコンクリートを煉瓦で覆うように形成して作られた巨大な城壁、城壁の内側は完璧に整理されている、非常事体に魔物兵を配置出来るように歩哨通路が開通されている。


城壁の上には遠距離魔法を扱える魔物が配置されている、それ以外にも城壁に矢狭間を設けて弓矢を扱う兵士たちが常駐している……………人間の文明を真似て熱湯や油を流し込む為の幾何学的な凹みが加えられている。


城壁の壁面から飛び出た半円形の側防塔にも矢狭間を設けて城壁に貼り付く敵兵に対して左右からの攻撃を射掛ける事が可能となり純粋な暴力で人間を圧倒していた時代が終わりを迎えようとしていた。


「キョウの覚醒が早まっているからね、高位のエルフ族が戦争を仕掛けてきてもおかしくは無い」


主は何でも無いように微笑んだ、それに対して何も言えずに魔王の間を足早に立ち去る、まるで自分の所有物のように弟君を扱う主に対してどうしようもない焦りと生理的な嫌悪感を覚えてしまう。


魔法によって容易に砕け散らないように特殊な魔力素材と土と煉瓦を含む多くの材料で構築された城、外からの敵に対して死角を無くす為に形状は複雑化して鋭利な先端のように端々が突き出てしまっている。


星形要塞と呼ばれる複雑な形、主は……………勇魔さまは変化を好む、この城が長い時間を掛けて変化しているように目覚めの時が近い弟君の変化もあいつは好ましく受け取っている、あいつとつい主を呼び捨てにして吐き捨てる。


「部下子は弟君がいなくなるとどうなるんだろう?」


世話役を解消される?しかし弟君は人間の世界の何処かに生れ落ちるわけでソレに対して何も干渉しない主とは到底思えない、かなり重要な案件のはずだが何一つ話題に出ない、何か考えがあると見た。


何処までも弟君を自分のモノのように扱う、彼にだって自分の人生がある、世界に誕生して自分の望むように生きて欲しい、甘えん坊で泣き虫だけど根性はあるはずだ、男の子だもんね、しっかりしなきゃ。


あいつに対して感じている不快感と疑心、だけれどそれを感じた所で部下子に出来る事は限られている、裏切りは大罪だが嘘は軽罪、それを利用して弟君の将来が幸せになるように手助けをしたい、あいつには内緒で。


「自分とほぼ同質の力を与えた主が悪い、腹黒いのは主も従者も変わんないのよね」


小国なら納まるぐらいの巨大さを誇る魔王城、魔法で転移しながら自分の領土へと戻る、使徒には特別な権限が与えられていて土地を保有する事が許されている、私兵を禁じられているだけで自由度は高い。


モット・アンド・ベーリー形式で構築された部下子の城、モットは小山、ベーリーは外壁である、丘陵地域の周囲の土を掘り出して空堀を構築する、その土を使って丘の上に丁寧に盛土をする……………一人でも時間を掛けたら出来る。


小山は質の良い粘土で固めて構成する、その天辺に石造の天守を作るのだが質の良い石が魔王城周辺には少ない為に人間界まで足を運んだ、主のように何も無い空間から有象無象に物質を構築する事は部下子には出来ない、出来るのは壊す事だけ。


丘の周辺を鉄の塀で囲んで貯蔵所を配置すれば完成、建築に関して言えばモット・アンド・ベーリー形式のように容易く出来るモノを他に知らない、効率性を重視する性格は昔からだ、他の使徒は時間を掛けて丁寧に我が家を建築しているしね。


「ただいま」


「おせぇですよ」


返事は無いはずなのに返事がある、遺伝子からして自分と同じ声のはずなのに随分と響きが違うものだ、額に手を当てて軽く溜息、知らない仲では無いが我が家を我が物顔で使われると少し傷付く。


悪蛙、使徒の仲間で部下子の妹……勇魔の第三使徒である事を考慮すれば初期型と言っても良い、後継の姉妹と違って能力の細分化では無く巨大な力を単純に扱う事に長けている、部下子よりは弱いけどね、そもそも他の使徒と大きく逸脱した性能を与えたのは主。


そのお陰で暗躍出来る、城の中には来客用の部屋が幾つもあるのに部下子の部屋で我が物顔で怠けているのは許せないな、ベッドの上で寝転んでいる悪蛙を問答無用で蹴飛ばす、ぐぇー、同性から見てソレってどうなの?な叫び声を上げながら床に転落。


柔らかいお腹の蹴り心地は最高だったので主に対するストレスをぶつけるように何度も蹴飛ばす、なにこれ楽しい、弟君にも今度教えて上げよう……部下子のお腹を蹴るのって凄く楽しいよ♪しかしやがてリアクションが薄くなってつまらなくなる。


床の素材はこだわりの白大理石、そこに悪蛙の汚らしい涎が広がっている。


「それ、ちゃんと自分で掃除してね」


「ひでぇですよ!何も悪い事をしていないのにこの仕打ち!部下子のベッド良い匂いがするーって悶えていただけですよ!」


「キモイ」


「き、キモくねぇです」


「いや、ホント、ホントに無理……キモイ、見て、この鳥肌………痒い、かりかりかり」


「あぁ、掻いたら駄目ですよォ、あ、痣になっちゃうです!使徒でも女の子なんだからそこは……」


「テメェのせいだろ」


「は、はい、すいませんです」


口調が乱れる、凹んでいる悪蛙を見てクスクスと笑う、冗談を本気で受け取る無垢さが彼女にはある……何だかんだで弟君が部下子と同じ位に懐いているのは悪蛙だと思う、愛情の示し方は違うけどね。


それを悪蛙がわかっていないのがまた楽しい、本人も無自覚だろうが弟君を強く意識している、部下子は弟君に対して母性を持ってしまった、だから彼の未来が心配で勇魔の企みを何とか壊してやりたい。


それが成功した時に弟君の隣にいるのが悪蛙なら……互いに意識しているし悪蛙は信頼出来る、実力もあるし人間や魔物に対して遅れを取る事は無い、ソレに部下子と一緒で主に対して不信感を抱いている。


この妹になら部下子の息子を……弟君を託しても良い。


「なんですか、その何とも言えない視線は!そりゃ、勝手に部屋に入ったのは悪い事ですがお腹を何度も蹴られる程の罪ではねぇはずですよ!」


「そうだね、そのお腹で将来は赤ちゃんを産むんだもんね」


「へ?だ、だれのでしょうか?」


弟君の、口には出さないで手を差し出す、掴んで立たせてやる、鴉の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪は部下子と同一のものだ……肌は白でも黒でも無い中庸の色をしていて親しみが持てる。


瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色、一切の光を映さない黒色は世界の淵のように絶望的だ、初期の使徒達には外見の差異はほぼ無い、まるで自分自身を見ているような錯覚を覚える。


髪型は毛先軽めの黒髪ボブ、何だかお洒落について色々と語ってくるのがややウザい、しかしそれも女の子にとって必要な事だし弟君もきっと喜んでくれる……早く弟君が世界に誕生しないかな?


姑として頑張りたい。


「うっ、寒気が……何か体が震える、わけもなくこえぇのです」


「そう、お腹空いているなら食べてく?」


「は、はい!ピーマンは食べれません!」


「大きな声で言う事じゃないでしょう、まったく」


使徒にしては優し過ぎるこの娘が弟君と結ばれる。


きっとそれが部下子の望む未来だ。

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