閑話37・『仕方のねぇ主』
主が眠ったのを確認して具現化する、今日は場所が場所だったので何だか恥ずかしい、まさか主のケツの肉を使って己の血肉を生成する事になるとはよォ。
他の一部が具現化すれば流石の主も気付くだろうけどこのナリだしなァ、アホ面でベッドの上で眠っている主を見下ろす……銀色の髪をクシャクシャにして大の字で眠ってやがる。
主の中は嫌いじゃねーぜ、でもこうやって一人で行動するのも好きだしよォ、むー、そこは許して欲しいぜ?羽を広げて浮遊する……空気に振動が伝わり主の鼻先を刺激する、クスクスクス、くしゃみしてーか?
「さて、夜のお散歩だぜ、主も悪党なら殺していいって心の底で思ってるし獲物を探すとするぜ」
血が騒ぐ、大気中の塵の影響で月が普段より大きく青く見える……賢者や錬金術師やエルフ学者の知識は非常に便利だ、何の学も無い家出妖精が『科学』を扱えるようになるのだ。
科学に反する妖精の力を使ってドアを開ける、一人で散歩をするのはドキドキするぜ、一人で獲物を探すのはドキドキする、一人で獲物を仕留めるのはドキドキドキする、ドキが一つ多いぜ?
一人と言っても巨大な主の精神の一端末であるので心は繋がっている、主が眠っている時にだけこのような好き勝手な振る舞いが出来る、他の連中は何だかんだで主に強い忠誠心を持っているのでこんな風には出来ない。
「ぶんぶんぶーん、おっ、何か音するぜ!」
謀略を張り巡らせて人を殺すのは何か違う、そこはもっと情熱的に事を成したい、つまりはだぜ?殺したい相手を見つけたらソッコーで殺す、んで血に酔って肉を暴いて臓物を引き摺り出す、んー、素敵な時間だなぁソレ。
今日の宿は特別ボロい、主が夢中な毒舌シスターは見た目は何処かの国のお姫様かと疑うくらいに綺麗なのに劣悪な環境で寝る事に抵抗は無い、ありゃ良い女だぜ、何処まで落ちぶれても横にいてくれる強さがある。
さっさとくっ付けば良いのに、主の幸せはオレの幸せでもあるし、主に家庭が出来るとこうやって自由に飛び回れる時間も増えるだろうし、妖精の気質は何事にも縛られ無い事だけどオレはこうやって縛られて管理されてるからな。
そこに不満は無いぜ?しかしこうなりてぇなーってのは妖精でも考える事だぜ?主もそこの自由を奪おうとはしていない、その自由に甘えて夜の散歩が出来るのだから感謝しねーとな、みんな良い子ちゃん過ぎるぜ。
「なぁんだ、水の音か、つまんねーの」
洗い桶に透明な水が入れられている、洗濯をした様子が無い……水面に波紋が広がる、恐ろしい程に小汚いボロ宿だがサービスは行き渡っている、次の支度を既に済ませているだなんて人間ってホントーにせっかちだよなぁー。
あまり飛び回ってシスターに気付かれると厄介だ……ボロ宿を飛び出す、あのシスターは恐ろしい程に勘が働く、主の事は大切に思っているようだが主の一部に対してどのように思っているのかわからねぇしな、接触はしない方がいいぜ。
蒼い月は妖精の血を激しく滾らせる、聞いた話によるとよォ、神様は妖精を最初に誕生させたらしいぜ、よりにもよってこんな怠け者の遊び人を最初に生み出すなんて神様も意外に頭が良くねぇのかもな、最初で失敗しちまってる。
外から見てもホントにボロ宿、こんな所に寝泊まりしてるだなんて我が主よォ、何か一部として少し情けない気分になるぜ?……尽くす事は尽くすけどやる事はやって欲しい、頑張れ主、取り敢えず英雄を目指そうぜ?なんかスゲーんだろソレ。
「人間の街も深夜は静かだなぁ、あっ、セックスしてらぁ、好きだね人間、こぇぇぇ、セックス動物め」
ケッ、窓から見える光景に唾を吐き捨てる、やだやだ、年中発情している種族はコレだから………しかし肉と肉をぶつけて何が楽しいのやら、人間はよくわかんねーぜ?
どの窓から見える光景もそんな歪なモノ、おいおい、カーテンの意味がねぇじゃねぇか!人間ってもしかしてよ、バカなんじゃねーかなァ、死に際の人間の行動には詳しいが生きている人間の行動はよーーわからん。
「あっちもぱこぱこ、こっちもはめはめ、他人と一つになるってそんなに良いものかねェ」
蒼い月は妖精だけでは無く人間もおかしくさせるのだろうか?どいつもこいつも他人とくっ付いて喘ぎ声と水音を垂れ流して………一人で街を散歩している妖精のオレがバカみてぇじゃねぇか。
今夜は居場所が無いぜ、仕方が無いのでボロ宿に戻る……ここは確かにオンボロだがぱこぱこもはめはめも無いので落ち着く、主と毒舌シスターがぱこぱこはめはめしいたら嬉しいがそれは暫く無理だろう。
二人とも出生も環境もまともな人間とは言い難い、妖精のオレから見てもそう見えるつー事はぶっ壊れてるんだろう?欠けちまった精神が互いにぴったりくっ付いて恋に発展しやがった……………まるでジグソーパズルのようにな。
オレにはそんな奴ぁいねぇ、異常だから仲間から距離を置いたし里を出た、同族にも嫌われて人間にも恐れられてたった一人、そりゃ人間殺すの大好きだし、妖精も人間も怖がるよなぁ、わかってるぜ、んな事は。
到着、きたねぇ部屋、ん?ベッドの膨らみがねぇぜ?
「ユルラゥ」
頼りない声、それは知っている声だが知っている響きでは無い、振り返ると黒曜石を思わせる漆黒の瞳と青と緑が半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳が体を射抜く、今夜の月のようだ、暗闇に浮かぶ蒼月。
しかしそこにいつもの煌めきは無い、夢遊病者のような足取りでこちらに近付いてくる、こんな夜中に部屋の真ん中に突っ立ってるのはおかしな事だぜ?……どーしたよ、主、相談事なら聞いてやらん事もねぇぜ。
「何処に行ってた?」
「ん、おお、少し夜の散歩にだぜー、主よぉ、人間っておもしれぇのな、どいつもこいつも腰振ってさ、他の動物と違って色んな体位があるのな」
「おもしれぇわけねえだろ」
「そうか?」
震えている、エルフライダーの能力で強制的にエルフとまったく関連性の無いシスターを取り込んだせいで主の精神は非常に不安定だ、体にも影響が出ているし精神状態はさらにぐちゃぐちゃー、可哀想に。
だからなるべく優しく語り掛けてやる。
「勝手に、行くなよ………俺のユルラゥ」
「なぁんだ、寂しいなら寂しいって素直に口にすれば良いのに、仕方のねぇ主だなぁ」
母親を見つけた子供のようだ、夜のお散歩も暫く禁止だなァ……近寄って頬にキスをしてやる、こんなにデカいのにこんなに小さいのに甘えてどーすんだよ?………ああ、セックスはわかんねぇけど少しわかったぜ。
主の一部になって心と体が繋がった、それは楽しい事だぜ、色んな刺激がある……そして主の事をどんどん好きになる、これもまあ……セックスみてーなものなのかなァ、光の無い瞳で睨む主に優しく微笑む。
「主はオレがいねぇと寂しいんだな」
「………調子に乗るな」
「ツンデレか!それでもオレは嬉しいぜ、幸せだぜ、この性癖のせいで仲間にも人間にも嫌われてたし誰にも必要とされなかった」
望んだ事でもあるんだぜ。
「でも主はオレが少し夜の散歩に出掛けただけで泣きそうになるだろ?なあ?オレが今感じているこの気持ちはきっと嬉しいって感情だと思う」
主の顔を見た瞬間、きゅーんってしたぜ?きっとそれはそうなんだろ?……人間を殺した時に感じるソレに近いようでまったく違うようで、共通してるのは最高!って事だぜ。
「答えない、寝るぞ」
「うへへ、主は素直じゃねぇーなぁ、添い寝しちゃる」
「昔な、怪我をしたハトを拾ってきて部屋で飼ってたら睡眠時に俺のベッドに忍び込んでな、寝返りの際に……な」
「なんでそれを今言うんだぜ?!」
ハトなんかより主の平和の象徴なんだぜ?
オレはな!
「主すき」
「人を殺さなくなったら好きになってやる」
今夜は殺さなかったから今は好きって事だろ?
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