第54話・『大変な変態がいる、もっと言えば大変変態がいる』
灰色狐を連れてくるのは反対だった、ここ最近の義母の行動には違和感を感じている。
自分だけのパイプを幾つも張り巡らせて組織の中で自由奔放に振る舞っている、まるで餌を待つ蜘蛛のようだ。
組織に敵対するパステロットを根絶やしにする事は現状では最重要とすべき事案、街に子飼いを放す。
「シスターの複製を求めるとは、時代も時代じゃな……あれは国家規模の施設と神の恩恵が無ければ誕生させる事は叶わん」
ルークルット教のような世間的に知れ渡っている組織だけでは無くあらゆる地下組織や秘密結社に喧嘩を吹っ掛けるパステロットの行動には疑問が残る。
星定めの会に干渉を初めて既に半年、こちらもルークルット教とまでは言わないが現代の文明基準から大きく逸脱した技術を幾つも独占している、それを欲している。
そもそも組織の成り立ちから目的まで何もかもがあやふやなのだ、陽炎のように揺らめいては人を不快にさせる……この街に本部があると言うのなら徹底して駆逐すれば良い。
何よりも自身であるタソガレ・ソルナージュの能力は多勢を駆逐するのに向いている、単体でも小さな国家ぐらいなら消し去る自信がある、そのような事態はなるべく避けたい所だ。
組織が用意した宿の一室は中々に贅沢なものだった、義母と二人で使うにしてもやや広すぎる、このような気遣いは不要なのだが人の上に立つ者が受け入れるべき贅沢である事は承知している。
「余はそのような事に興味は無い、あまり俗世に踊らされるなよ」
「かー、可愛く無いのぅ!小さい頃はあんなに素直に甘えてくれたのに」
「そうか?記憶に無いな……おい、脱いだ服はせめて畳め」
「嫌じゃ、めんどい」
「…………………好きにしろ」
天蓋付きの仰々しい装飾がされたベッドの上で灰色狐が笑う、無理矢理同行したせいで同じ部屋に泊まる事になった、それに対して不満は無いが重要な任務の前なのに緊張が解けてしまう。
母と娘であるから仕方の無い事だ、全裸になって尻尾と体を丸めて胎児のような姿で受け答えをする母、昔から自由奔放で掴み所の無い人だ……組織への忠誠心は薄いが信頼は出来る人材。
最高幹部側近の席に座ってから以後の昇進を断っている、在籍の長さや組織への貢献度、様々な点を考慮してお目付け役の意味合いが強いポジションで自由気ままに振る舞っている、優秀であるからこそだ。
「灰色狐、少し勝手が過ぎるぞ……今回の鎮圧作戦も多くの者が関わって緻密に練り上げたモノだ、それがわからないお前では無いだろ?」
「なんじゃ、娘を心配して同行しただけじゃ、それに儂の能力があれば事が悪い方向に転がる事もなかろう」
「それはそうだが」
「無理に子離れさせようとすると泣くぞ」
「っ、勝手にしろ」
クスクスクス、母性に溢れた母の艶やかな表情、見た目は子供なのに良いように手玉に取られる、血を連想させる紅の瞳が優しく細められる。
猫のような瞳孔と合わさって獲物を狩る肉食獣のようだ……自分の子供に何よりも甘い野生の獣、この立場が逆転する事は無いだろうなと心の中で呟く。
「しかし、あまりにも贅沢過ぎる」
「経費じゃ、楽しめ」
ゴシック建築で構成されたこの建物は多くの貴族が愛用すると言う、尖頭アーチに始まりソレを構成する交差リブヴォールト、見上げた瞬間にここに泊まるのかと少し引いた。
迷路模様の敷石が並べられた床は奇妙な程に光り輝いている、部屋中に存在する装飾や彫像は職人の魂が籠められた芸術作品、それ等に囲まれて睡眠するのか……余は寝れるだろうか?
「普通の部屋で良かったのだがな」
「組織が許さんじゃろ、晩飯が楽しみじゃなー、何じゃろなー」
ウォルナット材が施された豪華絢爛な装飾が成された木彫りの椅子、ビロード布地を使って丁寧な張り装飾が施されている、座ると体に吸いつく様な素晴らしい心地良さ。
作戦の為に汗を流している者もいるのに自分達だけこんな……聖女と呼ばれて御旗として掲げられて偶像化されつつある、だからこそ敵対する組織を根絶やしにして血を流して現実を否定するのだ。
灰色狐は娘である余が前線に立つ事を不満に思っている、敵対する者を殺すのは自分の役目だと言って大陸中を飛び回るのだ………少しはその重荷を自分も背負いたい、それなのにお前が同行してどうする?
「まったく、作戦は早朝にかけて……だ、飲み過ぎるなよ?余は面倒を見ぬぞ」
「飲むし、面倒も見てもらうぞ?刺身は出るかのぅ、楽しみじゃな♪東方料理は大好物じゃ」
今は普通に見える、しかし些細なズレを感じる………口では言えないが大好きな母。
灰色狐……何かが、何かがおかしい。
ほんと些細な……。
「フフ」
嗤う灰色狐がとても印象的だった。
○
栄養素、浸透圧、水素イオン濃度、完璧に管理された培養液の中で何人もの人型が体を丸めて縮こまっている。
パステロットはたった一人の人間が運営する組織、自分の細胞から生み出した存在を洗脳教育して優秀な手駒へと成長させる。
望んだ職業では無かったがその能力には感謝した、薄暗い地下で息を殺して何人もの自分を生み出す、究極的な自慰行為とも言える。
「シスター、シスターは素晴らしかったな」
組織を立ち上げたのもホムンクルスの製造に手を染めたのも全てはルークルット教を模した実験だった、差異はあるが実験は順調に進んでいる。
シスターの細胞は手に入ったがそれを形にする事は出来ない、人間の細胞とはまったく違う……どのようなアプローチをしても崩壊して消えてしまう。
シスターとはある意味ではルークルット教そのものだ、シスターを誕生させる事が出来たなら第二のルークルット教として多くの信者を抱えて大陸を牛耳る事が出来る。
調べている内にシスターにも様々な『種類』がある事に気付いた、目的に合わせて手を加えて遺伝子を改良している?大陸中を歩き回って情報をかき集めた。
「しかしあの二人は素晴らしい、見た事が無い!大量生産品のシスターとは違う!」
初めて見る髪の色、瞳の色、そしてあの佇まい……まるで人間のように冗談を言って気ままに振る舞う、それは多くのシスターに見られない驚くべき特徴。
一人はシスターにしては珍しく何処か他者を見下したような瞳をしていた、特にもう一人のシスターと絡んだ際には何の容赦も無しに殺気を放っていた、全身が震えた。
その美貌たるや!一面の雪景色を連想させるような美しい銀髪に青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳、まったく同じ容姿のシスターの情報は無い……………新型だ。
「それよりもそれよりもそれよりも、あの娘は良いなぁ、あれ、欲しいなぁ、閉じ込めて調教したい、あああ、解体して繋ぎ合わせて抱き枕にしたい」
勝気な表情が浮かぶ、先程のシスターと同じ髪の色をした少女……癖っ毛でボサボサで短い髪がその表情に非常に似合っていた、そもそも癖っ毛であるシスターを初めて見た。
顔は多くのシスターとほぼ同一だがそこに野趣溢れる要素が幾つか見られる、猛禽類を連想させる鋭い瞳と自信溢れる表情が新鮮だった、体に幾つも細かい傷があるのも驚いた。
美しさを最上とするシスターからは考えられない要素、さらに瞳も片目だけ黒色で黒曜石のように爛々と輝いていた……完全に管理されたシスターが虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)とは!
人工と野生が合わさった新しいシスター、服装も何処かの農民のようにみすぼらしくて斬新だった、そうだ、捕まえたら新しい服を拵えてあげよう、前者のシスターと一緒にね……姉妹なのかな?
「欲しい、欲しい、あの二人の、いや、二つのシスター欲しいな、欲しいんだもんなぁ、早く早く早く、あっ、お洋服を最初に作ろうか、あと解剖用のメスも」
今までに無い新型のシスターに心が弾む、股間が熱を帯びて濡れている……あまりの喜びで失禁したのかと確認する。
なんて事は無い、興奮した際に口から溢れた粘度の薄い涎が股間に垂れていたのだ、そして失禁もしていた。
?
「欲しい欲しいほすぃ、キョウ」
姉と思われるシスターが呼び掛けた名前。
それは既に手に入れた。
次は本体だ。
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