第52話・『グロリアと踊ろう♪姉妹で踊ろう♪』

散々だった、見知らぬ男に告白された―――こめかみを押さえながら溜息を吐き出す。


相手は興奮しているのか何を言っても無駄だった、グロリアが食べ終えるのを待って逃げるように店を出た。


追加したホルホグ十人前を数分で食べてくれた時は本当に感動した、これで逃げれる……グロリアの大食いに初めて感謝した。


「ったく、最悪だ最悪だ最悪だ」


「そこまで嫌がるものですかね、私も同性に告白される機会は何度もありましたが軽く流しましたよ?」


「そりゃグロリアはモテ……ん?同性?」


「ええ、あっ!いきなり団子が売ってますよ!買いましょう」


会話を強制的に打ち切ってグロリアが軽快な足取りで屋台に走って行く、店主の老人が顔を赤らめてにこやかに対応している……幾つになっても美人と話すのは嬉しいよな………中身は邪悪だけどな!


いきなり団子はサツマイモと小豆餡を小麦粉で作った薄皮に包んでそのまま蒸したお菓子だ、小豆と芋があれば何処でも作れる、そんなお菓子に興奮するなんて可愛い奴だぜ。


ホクホク顔で紙袋を受け取っているグロリア、あれだけ飯を食べて酒を飲んだのに胃袋大丈夫か?心配しても意味が無い事はわかっている、手を振りながら戻ってくるグロリアについ笑ってしまう。


「おや、その笑い方は珍しいですね」


「何でもねぇよ、話の続きだけど同性に告白されたってマジか?」


夜の闇は怒声と笑い声で溢れている、酒場の明かりが人々を高揚させて仕事終わりのひと時を提供している……グロリアはさっそく紙袋からいきなり団子を取り出して大口を開けて食べ始める。


どんな美人でも大口になったら美貌も崩れると思うがグロリアは大口を開けようが綺麗だ、何だか無駄にエロく見える、綺麗に並んだ白い歯と桃色の口内、性的な興奮を感じてしまう……やべぇ。


視線を逸らして溜息、俺とグロリアの二人は目立つのか若い男が度々足を止めて呆けたように俺達を見つめる、グロリアならわかるんだけどな…………………男を見て何が楽しいのやら、先程の出来事を思い出して体が震える。


「もぐもぐ、同じシスターですけどねェ」


「近親相姦だ!」


「もぐもぐ」


「近親相姦だよな!シスターは同じ細胞で出来てるんだろ?フー!」


「もぐもぐもぐ」


「近親相姦で百合とか罪深いなオイ!え、近親相姦百合って字面すげぇなオイ!それで聖職者ってどれだけ禁忌を重ねるんだよ!」


「もぐもぐもぐ、ぱんち、きっく、もぐもぐもぐ、きっくきっくきっく、もぐもぐもぐもぐ、ぱぱぱぱぱぱぱんち」


「へぶら!?」


食事をしながら暴力を振るうグロリア、最後の連続パンチには殺意を感じたぜ!往来のど真ん中で派手に地面に倒れ込む俺、ざわざわざわ、周囲がどよめきながら俺達を囲む。


喧嘩かと思われたか?しかしすぐに皆が去ってゆく……オイオイオイ、せめて暴力女の尻に敷かれて可哀想とかグロリアの胸に突き刺さる捨て台詞の一つや二つ吐き捨てて去ってくれ!


最近の暴力はちょっと笑えないんだぜ?


「ルークレット教のシスターを同時に二人も見れるだなんて今夜の御祈りには力が入るよ」


「髪の色と目の色が一緒だったし姉妹なんですかね?ルークレット教のシスターは顔は同じでも髪の色や目の色は違いますし」


「ねえねえ、双子のシスターよね?雪のような銀髪で二人とも綺麗ねぇー、神様も罪深い、折角だからもう一度……」


「姉妹揃って買い食いってシスターも普通の人間と変わらないんだな、あんまり見ると無礼になるから立ち去ろうぜ」


う、うーん、何とも言えない会話が聞こえる、グロリアは去ってゆく彼等を軽く手を振りながら見送っている……何だかおかしな事を言っていた、姉妹とか何とか。


グロリア以外にもこの街にシスターいるのかな、グロリア一筋なので興味は無いが胸のサイズだけは確認したい、もしも貧乳だったらルークレット神の変態性がより強まる事になる。


ケツを叩きながら立ち上がる、ぶん殴られた両頬がまだズキズキと痛む、ユルラゥが愚痴を垂れ流しながら回復してくれる、薬草かお前………体内に自生する薬草なのかお前……ありがてぇ。


「いてぇ!グロリア……いてぇ!」


「そんなに自己主張されても知りませんよ、しかし姉妹とは……どちらが姉で妹なのか問い詰めれば良かったですねぇ」


「姉妹?………変な事を言ってたな、この街にいるグロリア以外のシスターの事だろ?」


「え、キョウさんもしかしてわかってない?」


「んー?」


「こ、これはドン引きですね……田舎者故の鈍感さなのか資質的なモノなのか、そのままのキョウさんでいて下さい」


「何だよ、はっきり言えよ」


「バーカ」


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳を細めてグロリアが吐き捨てる、桃色の潤った唇から放たれたのはそんな不躾な言葉。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服を遊ばせてクルクルと回る、大道芸かとつい笑ってしまう………肝心な事は何も教えてくれないグロリア、ご機嫌になっちゃって何があったんだ?


一種の奇行だが美人ってだけで許されてしまっている、シスターってだけで聖なる行いに見えてしまう、グロリアが回る度に口笛と拍手が巻き起こる、先程の人数を越える数、多くないか?


グロリアは回っているから良いけど俺は突っ立ってるだけだぜ?恥ずかしくなって逃げ出したい、人混みはあまり得意では無い、い、田舎者なんで!あたふたとしながらグロリアに助けを求める。


「あはは」


笑いながら無視されただと!?


「妹さんも踊らないんですかー?」


「二人で踊ってる所がみたーい!おねがいしまーす」


「シスターって意外と普通なんだ、もっとこう……会話も出来ないような高尚な」


「がんばれ妹ちゃーん!」


そして謎の声援、酔っ払いも加わって逃げ出せる隙間が無くなった、い、いもうとォ、そんなのはいないぜ?いるのは俺だけだし……グロリアが手招きしている、皆には天使のような微笑みに見えるだろ?


ザ☆邪神、タスケテー、変態男に告白されるし謎の熱気に包まれて逃げ出せないし今夜は最悪だ、この場で味方がいるとしたらザ☆邪神だけなので下を向きながらグロリアに近付く……そのクルクル回るの何なのさ!


「う、うあぁぁ」


「顔が真っ赤でリンゴのようですね、可愛い」


「あぁあ、はやく、にげようよ」


「駄目ですよ、キョウさんも踊りなさい」


「や、やだ!」


「駄目、命令です……踊れ」


冷たい視線、まるでグロリアに見捨てられるような錯覚を覚える、観客の熱気とグロリアの冷気、耐え難い二つの温度に触発されてグロリアの手を取る。


ダンスなんてした事が無いし人前で何かを披露した事も無い、真面目に畑を耕すだけの平凡で穏やかな人生だった、なのにグロリアに良いように遊ばれて弄られる、体もだ。


力の入らない俺の四肢を上手に誘導して微笑みながらステップを踏んでいる、絵本で見た事があるような幻想的な光景、されるがままに操られる……俺の体では無いようだ。


「うわぁ、綺麗ー」


「お姉ちゃんダンス上手だなー、妹さんは緊張し過ぎだぜー、かわいいー」


「ひゅーひゅー」


「ありがたやありがたや」


うあぁぁ。


「キョウさん、楽しいですねー」


「?!??!?」


「ふふ、可愛い人」


俺の疲労を感じたのかグロリアが足を止める、成すがままにその腕の中に納まる、甘い匂い、一斉の拍手と怒声とも思える激しい歓声。


頬っぺたが無駄に熱い、ぽかぽかして風呂上がりのような感覚、蕩けた瞳でグロリアを見上げる、片手を空に掲げて歓声に応えている………堂々としてまぁ、綺麗だぜ。


「男だろうが女だろうが私から貴方を奪おうとする人間は許しません」


グロリアが俺を覗き込む、そのまま首筋に噛み付く、歓声がより激しくなる………真っ白な俺の肌は容易な事で痣が出来る、痛い、肉食獣に捕食される草食動物のようなやるせない気持ち。


何を、してる?


「首筋を隠さないで……皆に見えるようにしなさい」


「あ、う……どうして?」


舌が上手に回らない、早く帰って寝たい。


「貴方が誰のモノかわかるでしょう?……返事は?」


「あ、う、うん」


「そう」


グロリアは頷く、まるでそれが当たり前の事のように………周囲の絶叫などどうでも良い。


グロリアがそう言うのならそれが正しい、だって俺はバカだから………しかしねむい……カサっ、告白して来た男から無理矢理渡された名刺が地面に落ちる。


蜘蛛の足が全て蛇で出来ている奇妙な絵柄が視界に入る、それはグロリアが先程教えてくれたパステロットの紋章だった。

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