閑話36・『部下子のせいで朝から修羅場』
クロカナが死んだ、死んだ上に裏切った。
死んだのか?殺したのか?殺されたのか?断片的にしか思い出せない、わかるのは大切なモノを失った事実だけ。
今の俺はまともでは無い、家族とは暮らせない、クロカナもいない…………大切な人がいない、失ってしまった、永遠に。
筵(むしろ)で寝るのは辛いのでベッドを拵えた、頭の方を高くして低い足の方に体がずり落ちるのを防止する部位を取り付けた。
船底形に曲線させたこだわりの代物、ベッド全体を傾斜させれば寝返りは楽に出来るし、床ズレも防ぐ事が出来る大工仕事は嫌いでは無いのだ。
「アク」
不躾に無感動に吐き捨てるように囁く、俺の横で懐炉として全裸で眠っていた少女を呼び起こす、散々虐めて『変化』させたので俺の声に反応して大きく震える。
つつー。指先で幼児特有の丸みを帯びた腹を撫でる、誰よりも何よりも大切にすると約束したし誰よりも何よりも俺の所有物として遊び尽くすと約束した……コレで遊んで既に三か月。
こいつは誰かに仕えている、直感にも似た激しい嫉妬、だから俺だけを崇めて俺だけを意識するように作り直した、面白い事はこいつがあまりに無垢であまりに純粋だった事、仕込みは終えた。
何だか体から透明な触手がウネウネと出現しているような錯覚……それをこいつの小さな頭に埋め込むと俺を讃えながら激しく体を震わせる、目垢も鼻水も充血して真っ赤に染まった瞳も優しく舌先で拭ってやった。
クロカナは死んだ、何度も心の中で確認する………あいつ、俺を……わからない、様々な教えを受けた、師匠だと慕っていた、でももういらない、俺にはアクがいる、何処までも純真で無垢で俺の邪悪さで汚染させられた。
「キョウくん」
「まだ、欲しいのか?」
「あ、キョウ」
体に名を刻んだ、所有者は所有物に名前を刻まないとならない……誰かに取られないように、誰かに盗まれないように、誰が見ても俺のモノと理解出来るように……俺ってこんな人間だったっけ?
柔らかな肌に刻まれた痛々しい傷口に何を言って良いのかわからずに目を逸らす、俺はこんなにもおかしくなった、だから家族と一緒にいられない……クロカナのせいで俺はおかしくなってしまった。
アクの無垢な視線は俺には毒だ、酷い行為をした現実が心を蝕む、そもそも、この娘をクロカナの代わりにしようと何故思った?人間なのか?疑問を全て投げ捨ててこうして監禁して同棲している。
「ここでの生活はどうだ?」
「どうしたんですか?」
「お前が俺のモノじゃないからだ、不安になる……お前、誰かに命令されてここにいるだろ?頭が悪い俺でもわかる」
「キョウ、嫉妬してるんじゃねーですか?」
「しっと?」
「は、はい、恐らく……です」
鴉(からす)の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪がさらりと流れる、夜の帳を思わせる底無しの黒色をした瞳が俺を見上げる……しっと、嫉妬?
素直に頷く事も否定する事も出来ない、どうしてかこいつを見ていると苛立つ、苛立って誰の手にも届かない場所に監禁したくなる、現状のように。
出会った時と同じようにこいつが宙に浮かんで彼方へと消えてしまったら……想像しただけで気がおかしくなる、それはずっと昔にも味わった事のある虚無感。
ぶか、こ。
「ぶかこ」
「え」
空気が凍る、何となく口にした意味の無い単語、誰もが口にする場を繋ぐための意味の無い言葉、何だよソレと言われれば笑って済む下らない一言。
アクの表情が固まった事よりも自分の中で一気に虚無感が強くなった事に焦る、俺はここで何をしているんだと……そんな虚無感、自分の今を全否定されているような虚無感。
朝食の支度を……………現実逃避をした頭脳が日常への回帰を促す、しかし体が動かない、アクの瞳は冷ややかだ、しかし芯には炎が灯っている、燃え盛っている……恐ろしい力で首を掴まれてベッドに押し付けられる。
息が出来ないのはどうでも良い、アクが俺を殺そうとするなら俺は…………………クロカナが俺を裏切ったようにこいつも俺を裏切るのか?大事な存在を殺すのか、殺せるのか、出来るけどさ……辛い。
「主の、勇魔の一番大切なのは弟君で……二番目は部下子で」
ぶかこ?
「部下子の一番大切なのは弟君で………他はいなくて」
首を……ぶかこ、ぶかこ、何度も反芻する、涙が出る。
「弟君が……一番大切だったのは部下子で二番目が勇魔で」
ゆうま、何だか懐かしい響き……愛憎、そうだ、好きで嫌いで殺したい。
「悪蛙が一番大切なのは今は貴方なのに、なのに」
そうだよ、ソレで良いんだよ。
「キョウくんが……あぁ、キョウが一番大切なのは今もあいつなんですか?」
お前だよ、そう決めた。
「悪蛙はっ!誰の一番でもないのにっ!昔から!ずっとずっとずっと………一番にして下さいよぉ」
意識を失う前にやらないと。
抱き締めてやらないと。
泣いているから。
好きだから。
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