第51話・『愛のままに我儘に』

「パステロット?」


スブラキと呼ばれるこの地方特有の郷土料理を食べながら阿呆のように聞き返す、一口大の羊肉を串に刺して焼いている……単純な料理だ。


添えられたソースに馴染みが無くて最初は嫌悪感があった……………何度か食べている内に味に慣れる、水切りヨーグルトにキュウリとニンニクを細かく刻んで混ぜ込んでいる。


味付けは塩、オリーブ、コショウ、蒔蘿いのんどか、蒔蘿に関して言えば地元で香草として焼き魚に添えたりして使われていたので懐かしい風味だ……村を出て既に一年ぐらいか?


蒔蘿は栽培が難しくて苦労した、高い日射量を必要とする事は知っていたが少しでも日陰になるとすぐに萎えて枯れてしまう、肥沃で水はけの良い土を必要とする点も難題だった……楽しかった。


茴香ういきょうと呼ばれる香草も近くの土地で同じように栽培していたのだが同じセリ科だったせいか相性もあってか交雑してしまって全ての商品価値が無くなってしまった時は流石に泣いた。


しかも移植を嫌う傾向があるので移し替える事も出来ないし、後で聞いた話だが蒔蘿と茴香が交雑し易いのは常識らしい……………どちらかを植える際にも近くに自生している片方の香草を根絶やしにする事から始めるらしい。


「そうです、まあ、簡潔に言えば秘密結社ですね」


「何かかっけー!」


「男の人ってどうしてこうも頭の中がお花畑なのでしょうか?頭部を繰り抜いて中身を見たいですね」


「頭部を、ん?聞こえなかった」


「?繰り抜いて中身を見たい?」


「クリ抜いてか」


「繰り抜いてですね」


「クリ抜いて」


「……………何が言いたいのですか、えっと」


「ひぃ」


問答無用で拳が飛んで来たのでギリギリの所で回避する、こちらの言葉の意図を理解していないのに感覚だけでぶん殴ろうとした……お、恐ろしい女。


クロリアの直感が無ければ回避は出来なかった、避けられた事をまったく気にしないで食事を続けるグロリア……ホルホグと呼ばれる羊肉と根菜の蒸し焼きをモグモグと食べている。


ここら辺は羊が有名なのか?焼けた石と材料を交互に樽の中に敷き詰めて蒸し焼きにする単純な料理、全ての部位が大皿に山盛りにされていて血も腸詰にして別皿に載せられている。


羊の部位を全て使う大胆な調理、新鮮な羊肉を味わって欲しいのか塩っ気だけで香辛料の類は入っていない、羊の解体は良くしていたがここまで無駄の少ないものは初めてだ、勉強になる。


残るとしても蹄、毛皮、気管、胆嚢……そんなものか、この地域ではそれ等も全て加工して道具として使ってるらしい、明日にでも街を散歩してみるかな?


「取り敢えず、この街ではパステロットの目撃例が幾つも上がっているので関わっては駄目ですよ」


「珍しい、ヤバい相手なのか?」


「どうでしょうね、国家転覆を狙ったりルークレットの教会でテロを起こしたり、良い噂は聞かないですね」


恐ろしい勢いで皿を片付けてゆくグロリア、それなのに所作は美しい、食器の音もしない……………食べ物が小さな口に運ばれて消えてゆく、そしてフォークが鮮やかに宙を舞う。


しかしルークレットの教会でテロか、事の顛末を聞くと『私と同じ能力を持ったシスターが必ず一人はいますからね』と笑いながら答えた、犯人グループは一人残らず惨殺されたらしい。


ルークレット教、星定めの会、パステロット、不必要なものが多過ぎる、前者の二つはいずれ消すとしても今はまだ必要だ……………多くの人員を抱える組織ならドラゴンライダーに転職する術を知っている可能性がある。


星定めの会は灰色狐が暗躍して良い感じに手駒を増やしている、エルフの選別が済んだなら宇治氏を派遣しても良い……灰色狐は人を騙して染めて壊すのが実に上手だ、こんど会ったら頭を撫でてやろう、気分で虐めてやろう。


「お前!」


「おや」


「ありゃ」


カウンターの原形が横木であるのは酔っぱらった客が店員に手出しするのを避ける為だ、しかしそこに乗り上げて首を掴んだとあればソレはまったくの無意味になってしまう、店の中に緊張が走る。


俺達を含めて十人程度しかいない、服装からして全員が冒険者だろう……乗り上げたあいつだけが違うか、このような状況であってもグロリアは食事を止めようとはしない、少し睨むが軽く流される。


あそこの会話は聞こえなかったがどんな状況であれいきなりの暴力はよろしくねぇな、首を掴まれているのは俺やグロリアと同じぐらいのガキ、ふふん、男か女かわからねぇナヨナヨした容姿をしている。


この時間帯に酒を扱う店で働かせてるつー事は男か?他人の容姿に口を出すのは下品なので好きではないが男だったらもっと鍛えないと駄目だぜ?それを前にグロリアに熱弁したら貴方は頭を鍛えなさいと冷たい一言を頂いた。


他の冒険者が動く気配は無い、下手に恨みを買うよりも小さな良心を潰して見逃す方が楽だからだ、恨みを買いやすい冒険者特有の考え………しかし俺はそんなのは嫌だ、助けられるのなら助けるし助けられないのなら見捨てる。


今回は助けられる、それだけの事。


「おい、やめろよ、そのガキ放せや」


「ああん?」


「お、おい、君!」


「やめとけって」


同業者は守ろうとするのにそれ以外は関係無いか、これもまた組織か……冒険者って自由奔放なイメージがあるので少しショック、髪の長い筋骨隆々の男だ…………何処かきな臭い雰囲気がある、欠けた歯の多さが尋常では無いし目も血走っている。


俺の方を見て鼻で笑う。


「何だ、女か」


「はぁ?」


頭の中で何かがキレる、閃光が走る………いきなりぶん殴りたい衝動に駆られるが同業者の前だ、後でソレを弱味にさせない為にも相手からの攻撃は必須、俺から手を出してしまえば全てが悪い方向へと転がってしまう可能性がある。


しかし女か、容姿のせいか舐められる事が多い……………そして舐めるように全身を見られる、生理的に無理だ、さっさとぶん殴って全てを終わりにしたい、そもそもグロリアがルークレットの名前を出してくれたら全てが穏便に済むのに!


首を掴まれたナヨナヨくんが捨てられた子犬のようにこっちを見つめている、その視線も何だか気恥ずかしい、しかしこの巨漢……何がどうしてナヨナヨくんをそのような目に?理由はわからないが全面的にこいつが悪いか、それで良い。


「はぁー、何だか最近そんなのばっかで萎えるぜ」


「へへ、別嬪なんだから年齢なんて気にしねぇで店の外に立てば良いじゃねぇか、買ってやるよ」


「おぇ」


吐き気がした、俺は嘔吐を見る方で嘔吐をする方では無いんだがな………くくっ、生暖かい視線をグロリアの方へ向けると無言で視線を逸らされた、少しだけ顔色が悪いような…………俺の嘔吐に対する情熱が伝わったのか?


そんだけ食べたら良い嘔吐が出来るだろうに、くくくくくっ、さらに期待を込めて視線を向けるとグロリアは既に背中を向けている、それおかしくね?どう考えてもおかしくない?もぐもぐもぐ、こちらに背中を向けて食事を続けている。


クロリアやグロリアよりは低いが少し甲高くなった声で相手を挑発する。


「うっせぇゴリラ、森に帰れ」


「テメェ、女だからって言って良い事と」


「うっせぇゴリラ、森に帰れ」


「お仕置きで殴られる事ぐらい覚悟してんだろーな!その後は二人で夜の街へお出掛けだーっ!」


え、ゴリラと?鈍重な動きで振り上げた拳は重量感があって中々に凄そうだ、ファルシオンを抜けば事が大きくなる―――――姉ちゃんの細胞が疼く、姉ちゃんの声が響く、姉ちゃんの筋肉バカが火を噴くぜ。


左右に足を開いたまま体を沈める、顔の前で十字に構えていた腕が『一瞬』揺れる、右手を前に押し出して左手を前に倒す、右手を前に落とすだけの工程に左手による押し出しを組み合わせる単純な仕組み。


「あ?」


「うっせぇゴリラ、森に帰れ、三度目の正直で森に帰れ」


「っっっ」


「螺螺鳥(ららどり」)


しかしその単純な仕組みで二倍の速度で拳が前方に突き出される、振り上げた拳が当たる前にそれが奴の腹に突き刺さる……そのまま左手の上に固定した右手を腕に沿って横に払う、追撃、腹にのめり込んだ左の拳の上から右の拳を叩き付ける。


限りなく近い部分に二度の攻撃……威力は凄まじい、相手は吐血しながら後方へと吹っ飛ぶ、姉ちゃんの技と筋肉半端ねーわな、あれ、違う違う、これは俺の筋肉と技だ……姉ちゃんは俺の一部に過ぎない、あいつの全ては俺から始まっている。


そうだよな?


「ありゃ、加減が出来なかったか」


「キョウさんのひとごろしー、あっ、ホルホグを三人前追加で」


ざわざわざわ、周囲のどよめきがどのような事を意味するのかわからない、店にいた多くの冒険者が信じられないって表情でこっちを見ている、あのな、信じられないのはこっちだぜ、助けれる力はあるのにそれを行使しねぇだなんて、最悪だ。


戦闘に入る前に解放されていた店員に駆け寄る、店の奥から店主らしき人も出て来る、介抱してやるのは甘やかし過ぎか?男だもんなぁ………グロリアのいる席に戻るか、何より三人前追加しやがったからな、俺にも少し食わせてくれ。


立ち去ろうとして、何かに手を掴まれているのがわかる、ん?さっきのナヨナヨくん?


「何て勇気ある素敵な女性だっ!結婚を前提としたお付き合いをして下さい!」


「ん?」


「キョウさんのひとたらしー、あっ、やっぱりホルホグを十人前追加で」


ん?何か色々おかしいぜ?

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