閑話35・『じーけーつ、じーけーつ♪』

「うわーーーん」


「何ですかコレ」


「灰色狐、可愛いだろ」


「可愛く無いです、何ですかコレ」


そこを否定されたら何も言えない、クロリアと灰色狐、自分でも組み合わせは最悪じゃねーかなーと何となく予想出来ていた。


幼い時から端末を通して母親のように俺を見守って来たクロリア、現在の母親である灰色狐、三角関係とまでは言わないが組み合わせとしてどうなんだろうか?


客観的に見て灰色狐は可愛い、大体の人間の感性から見て可愛い、しかしそこまで否定されるとなるとどうしようも無い、そもそもクロリアはササをも凌駕する最強の一部。


純粋なエルフを一部化してキクタに対抗しようとしたが思ったソレ以上に強力なカードが手に入った、グロリアに匹敵するこいつなら覚醒したキクタと恐らくやり合える―――祟木とは相性が良かったのに。


一緒に食事をした時にお互いのオカズを交換していたし、しかも無言で……互いに何か感じるモノがあるのだろうか?無言ではあったが悪く無い雰囲気であった、現状は最悪の雰囲気だ、誰か助けて。


昨日はかなりの大雨だった、その泥濘の地面の上で灰色狐が絶叫している、必死に逃げようとしているが尻尾を掴まれていて脱出が不可能な状況、ぶちぶち、毛が抜けようが掴む力を弱めないクロリア。


「何ですかコレって、確かにいきなり戦いを始めたのは灰色狐が悪いけどな……クロリアより弱いんだから手加減してやれよ」


「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


キーン、俺の言葉に呼応するように灰色狐が絶叫する、過呼吸気味なのか『かふかふ』と奇妙な呼吸をしている……漆器のような艶やかさがある褐色の肌を赤く染めて必死に抵抗している。


それを見つめるクロリアの視線は絶対零度、いきなりどちらが一部として優秀なのか決めようと灰色狐が提案した、その言葉が言い終わる前に足元を崩して馬乗りになって両手を振り上げてボコボコに殴った。


地面にぶつけた反動で浮かび上がる顔面をさらに殴り付ける、俺が止める前に数発もソレを叩き込んだ、灰色狐が丈夫なお陰で助かったが常人では死んでいる………灰色狐、お前の取り柄は丈夫さだ。


「うあーーん、き、キョウの生暖かい視線がこいつは丈夫さだけが取り柄だなと告げておるー!」


「ほら、もっと一生懸命逃げなさい………獣で一度試して見たかったんです、トカゲの尻尾切り」


「な、何なのじゃこの悪魔っ!言っている事が怖すぎる………い、言っている事がとても怖いのじゃー!」


「まあ、確かに言っている事が怖いな」


否定出来ない、草履でしっかりと地面を踏み締めて脱出を試みる灰色狐、泥濘さえ無かったらな、まあ、それでも無理か……ぜーはーぜーはー、戦いに負けて逃げる事もままならない灰色狐、流石に可哀想だ。


視線で促すと呆れた様子で手を離す、そそくさ、台所に出るアレのように素早い動作で俺の後ろに隠れる灰色狐、息子の背中に隠れるのって母親としてどうなんだろうか?クロリアは何も言わずにこちらを見つめている。


俺の左目と同じ青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる美しい瞳がこちらに向けられる、くるんと上を向いた睫毛と大きな瞳、誰もを魅了する幼くとも美しい人工物………神のお人形、グロリアも小さい時はこんなんだったのか?


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白だ、クロリアは小さいのでかなりブカブカで手元は袖の中に隠れてしまっている……………施設を逃げ出す際にアレしか手に入らなかったらしい、似合っているし可愛いぜ?


「灰色狐、大丈夫か?主に尻尾」


「はぁはぁはぁはぁはぁ」


瞳孔が開いていてヤバい、薄暗い空に漂う雲のような色合いの髪の色……襟首より短い位置にきっちりと切り揃えられたサイドの髪……前髪も同じようにきっちりと切り揃えられていて几帳面さを普段は強調している。


しかしその自慢の髪型も今やぐしゃぐしゃに乱れてしまっている……東の方で着られている東方服(とうほうふく)は服の脇からスリットにかけて幾つか紐を結ぶ部分が存在している……そして脇に近い部分は斜めに紐が取り付けられていて特徴的だ。


それもまた幾つも紐が解けて艶やかな肌を大きく露出する破目になっている………本来であれば黒の布地に蝶々の刺繍が良く映えるのだが波打ってしまっていてそれもまた無残な仕上がりになっている、顔も血塗れだし、逆らう相手を選ぼうぜ?


「キョウさん、まだ躾が終わっていません、返して下さい」


「た、体罰は駄目だぜ?」


「たい……ばつ?ええ、大丈夫ですよ」


最初の疑問形、その時点で何も信用出来ねーぜ、カタカタカタ、失禁しそうな勢いで震えている灰色狐を守れるのは俺しかいない、守り切れなかったらご褒美で灰色狐の失禁シーンが見れるので俺は勝とうが負けようが痛くも痒くも無い。


一応は良い息子を演じて灰色狐の好感度を上げとくか、今更上げる必要は無いけど最近の灰色狐は踏んだり蹴ったりな出来事ばかりで可哀想だし、でも今回の件はこいつの仕業だしな……どうせなら失禁するまでボコボコに……邪悪な思考。


「キョウ!な、なんなのじゃあ」


「いやいや、何でもねぇぜ、クロリア!灰色狐を虐める奴は俺が許さねーぜ」


「き、キョウ、好き」


チョロイ、こいつの未来が不安になって来た、そんな俺達の寸劇を鋭利な視線で眺めているクロリア、幼児なのだからもっと愛らしい表情をなさい……お前のオリジナルのグロリアからして無理な話か、灰色狐の頭を軽く叩いて安心させてやる。


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で遊びながらクロリアはもう片方の手で何かを掴んでいる、少し視線を外した隙に何をした?裾を上げて何かを差し出す……剥片(はくへん)と呼ばれる大きな石を砕いた際に採取出来る薄い欠片だ。


これを素材にして原始的な剥片石器が作られる、どうしてそんなものが………クロリアの近くにあった大岩が見るも無残な姿になっている、使徒のみが扱える無色器官(むしょくきかん)で岩を砕いたのだろう、何故かそれを俺に差し出す。


「石器にしなくても剥片のままで小狐ぐらい捌けます、はい」


受け取る、紅葉のような小さな手、なのに雪のように真っ白。


「灰色狐、やるよ」


「う、うん、なんでじゃ!?」


「じーけつ」


クロリアが歌う、灰色狐に剥片を渡す事で最悪の事態を回避したと思ったのに。


そんなつもりじゃなかった!


「じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ」


「きょ、キョウもまさかそのつもりで……あばばばば」


泡噴いとる!


「じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ、ほら、キョウさんも一緒に仲良く合唱しましょう………私の可愛いキョウさん」


目に一切の光が無い、アレだ………従うしか無い。


「じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ」


「じ、じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ、じーけーつ」


「ばばばばばばば、きゅう」


泡噴いて気絶した……灰色蟹、咄嗟にそんな単語が浮かんだが口に出すのは止めた。


ニコニコ、本家にも負けない邪笑、視線を逸らしながら後退りする。


「キョウさん、尻尾の毛を全部剃るのが終わってませんよ?」


「……はい」


灰色狐、お前が悪い。

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