第50話・『クロリア・デート』
妙に目立つようになった、通りすがる人々が顔を赤らめてこちらを見つめる事が多々ある。
掘っ建て小屋のような店に売られている電光(でんこう)ガラスを覗き込む、落雷で砂や石が溶解して形成されたガラスだ。
古代から売り買いをされた天然のガラス、色彩を持ったガラスだが姿を映し出す事は出来る………店主に頭を下げて覗き込む。
「ふーん」
ボサボサの癖っ毛はそのままだが細氷(さいひょう)のように日光を受けて強い銀色の光を放っている、艶やかさもあって氷晶(ひょうしょう)のように光を反射させて屈折させている。
とても綺麗で幻想的な髪の色、俺ってこんな色だったけ……でも生まれた時からこの髪色だったはず、瞳の色は右は黒色……何となく慣れ親しんだ感じがある、左だけが青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる色彩をしている。
風貌としても何処か丸みを帯びていて中性的な容姿に思える、年齢よりもやや幼いと言えば良いのだろうか?しかし不機嫌そうにそれを見つめる顔は俺のモノで間違いない、肌は薄気味悪い程に白くなっていて血管が透けて見える。
日の光のせいで修行で負った古傷がミミズ腫れのように浮かび上がっている、血管とミミズ腫れのような古傷が奇妙に組み合わさって何だか気色悪い、ボリボリ……銀髪を手で掻き回す、何だかしっくりしない。
中性的でやや幼げな容姿のせいか座り込んだ赤ら顔の路上生活者に口笛を吹かれる、どのような意味合いなのか知っているので無視をして先に進む、ここまで治安が悪いとファルシオンを腰からぶら下げているだけでは心許ない。
「闇市で美味しい食べ物買って来てとかシスターの台詞じゃないわな」
大きな溜息、街外れにある巨大な闇市………統制から外れた法外に設けられた独特の市場経済原理を持って取引を行う市場、決して街の暗部でも無ければ恥部でも無い、これが無ければ流通は上手く回転しないのだ。
生活物資や産業資材を公定な価格に統一するのは当たり前な事……………物価を中央が決定するのも当たり前な事、しかしそれらの当たり前の基準に届かない人間も必ずいる、その配給の不足を補う為に闇市は存在するのだ。
闇市の初期段階は物々交換が基本だ、しかしここの闇市はかなり成熟しているらしく生活用品市のように様々なモノが売られている、竹を編んだざるの上には野草や魚が積まれていて中々に食欲を誘う……さっきまで満腹だったけど。
中にはざるの上に水嚢(すいのう)と呼ばれる麺類を茹でる際に使われる取っ手付きのざるを重ねて販売している輩もいる、これではどっちが商品でどっちがざるなのかわからない、ひょっとこのような顔をした店主がニヤついている。
「お嬢ちゃん、この闇市は初めてかい?」
「は?……初めてだけど、俺は男だぜ、そしてサヨウナラ」
「そんな見た目してるんだから気を付けなよ!」
どんな見た目だ、グロリアに知らない人は無視するように言われている……やや過保護過ぎやしないか?そう思ったけどこんな早朝に闇市にお使いを頼む時点で過保護では無いな!グロリアは何だか疲れているらしくベッドで丸まっている。
何だかご褒美が欲しかったので耳の後ろの匂いを嗅いだら女の子の匂いがした、やったぜ、グロリアの全身の匂いを把握するまでもう少しだ、とても変態チックだが最近は変態でも別に良いかって気分になっている……都会に染まっちまったな。
無性に悲しい、多くの店が狭い路地に密集しているが大半が食物屋である……どう見ても堅気の商売をしていない男たちが上等な服を着て注意深く市の中を見回している……そうか、的屋(てきや)が地割を決めているのか、そりゃそうか。
「妙に見られてるな、やだやだ、注目されるのは好きじゃないぜ」
あっちが上等な衣服ならこっちは最低の衣服に上等な容姿だ、客観的に見ても俯瞰的に見てもその事実は変わらない、どうしてこんなに俺がビクビクしないといけないんだ?やがて怯えは怒りに変化する、さっさと買うモノを買ってここを去ろう。
筵(むしろ)やゴザできちんと土地が区分されている、よしず張りでしっかりと線引きされている様子を見ると中央の市場よりこっちの方がちゃんとしてるなと妙に感心する、廃材やガラクタでバラック建ての店まで構える者もいて中々の猛者だ。
性的な視線を向けられるのは女の子だけで十分だ、気色が悪い……尻の辺りに視線が突き刺さる、今度はグロリアと一緒に来よう、グロリアは完全無欠の美少女だが完全無敵でもあるので軽く睨むだけで大体の男達は縮こまってしまう。
あ。
「クロリア」
『はい、キョウさんがあまりにも可愛いので変な事態に陥ってますね』
エルフの要素が皆無のクロリアの具現化には耐え難い痛みが付き纏う、腹に浮かび上がったクロリアの幼く冷たい声が脳裏に直接響く、容姿としては幼いグロリア…そして何故か俺に似ている、俺が似ている?そもそも本体は俺だから後者か。
服の隙間から癖の無い銀髪が少し出ている、オイオイ、腹毛みたいじゃね?ギャランドゥ!これで一人では無くなった、痛みで奥歯を噛みしめたら顎が痛い、そんな俺の幼い行為を彼女は純粋に心配する、クロリア、グロリアに似てる俺の一部。
好きな女に似ている一部が俺自身の器官として存在している何て奇跡だぜ、歩きながら顎の下を撫でてやると猫科の動物のようにゴロゴロと甘い声で鳴く、グロリアの細胞と同じ細胞つーかそんまま……クロリアに何が良いのか聞いて見ようか?
「グロリアに朝食の買い出しを頼まれてな」
『……へぇ、あの女』
「俺の腹から溢れる殺意、わはは、見ろよクロリア、俺の方を変な目で見てたオッサン達が蜘蛛の子を散らすように逃げてくぜ」
クロリアの殺意は刃のように人間の奥底の恐怖を容易く呼び起こす、そこに関して言えばグロリアと大差無いんじゃなかろーか?しかし殺意を向けた対象はオッサン達では無くてグロリアに対するもの、ままならねぇな!
思考を読むがクロリアにエルフの細胞も因縁も無いせいか難しい、心と肉体は一つなのに思考が読み取れないのがもどかしい、そんな一部もいて良いじゃん、こいつは俺で俺はこいつでその事実は誰にも否定なんて出来ないのだから。
『食べては寝て食べては寝て家畜ですかアレ』
「本人曰く疲れているんだから許してやろーぜ、しかしあんだけ食って特に運動もしていないのにどうして太らないんだ」
『全部下で出しているんですよ』
成程、って成程じゃねーし……俺達は街の方で既に食事を終えている、クロリアと祟木を出して飯を一緒に食べたのだが朝っぱらから幼女二人を引き連れて飯を食う俺って何なんだろ?祟木はパンとコーヒーだけで小食だった……酒は浴びる程に飲むけどな。
クロリアは凄まじかった、小さいグロリアなのだから当たり前だけど俺の5倍以上の量を無言で黙々と食べていた、所作や動作は慎ましく品があるのに頬はリスのように膨れていて何とも愉快な絵面だった、普通の食事をした事が無いらしい。
「しかし折角ここまで来たんだ、闇市でしか買えない代物を買おう」
『キョウさん、見て下さい……馬車に轢かれてネズミが死んでますよ?』
「え、あ……可哀想にな」
『あれで良いんじゃないですかねェ?』
「あれは駄目だろ、グロリアにぶっ殺されるわ」
腸(はらわた)をカラスに突かれている毒々しい血肉を剥き出しにしたネズミの死体、あの色合いから予測するにヤバい感染病を有している…あれを持って帰れと?ニヤニヤと唇を吊り上げて笑う様はグロリアそのものでその悪意をグロリアそのものに向ける。
無視をして立ち去ると『チッ』と舌打ちをする、声は幼女なのに妙に年季の入った舌打ちだ……顎の下を撫でて落ち着かせようとするが甘噛みをして意思を伝えてくる、いや、グロリアに嫌われるのは俺は嫌だかんな?歯形と唾液がたっぷり付着した右手を振るう。
「残飯シチューがある、これで良いか……この器に入れてくれるか?」
「いいよ、お嬢ちゃん……これを買ったらさっさと街に戻りな」
「お嬢ちゃんじゃねーし、しかしオッチャン優しいな………多めにやんよ」
少し多めに代金を渡す。
「お嬢ちゃん優しいな、多めにやるよ」
「え、俺の話を聞いてねぇぜ……そして多めに入れたら多めに代金をあげた意味が無いぜ」
「お嬢ちゃん、大人の意地だぜこいつはよ」
最後まで訂正しないのな、垢塗れのヒゲだらけの頭部でハゲ散らかした心は優しいオッチャン、前者で悪口言いすぎて後者のフォローが全然なっちゃいねー、しかし嫌いじゃないぜ!
残飯シチューは名前は強烈だが闇市には欠かせない料理の一つだ、大鍋で様々な具材を煮込んだトロミの無いスープ……それでシチューを名乗るのだから何だか卑怯だ、しかし味は悪く無い。
様々なルートを通して集めた加工前の食材や加工済みの料理を大なべに開けて煮詰めるだけ、腐敗を防止する為に砂糖やカレー粉を混ぜ込んで日持ちのする玉葱を大量に加えるのがこの料理の特徴だ。
見ただけでもニンジン、セロリ、チーズ、ジャガイモ、うずら豆、スパゲッティ、肉らしき塊、コンビーフ、何かの骨………まあ、残飯だしな、しかし闇市でしか買えない味ではある。
「さて、帰るか」
帰ろうと踵を返す、そこには見知らぬ男達が壁のように立って道を塞いでいる……ああ、オッチャンを見ると顔を蒼褪めさせて震えている。
成程な、まあ…………堅気の人間じゃないのはわかるけど、俺を捕まえて何がしたいのやら、ナニがしたいのか、ここの闇市は賑わいはあるが商いをしている人間の顔は深く落ち込んでいる。
こいつら、か。
「少しあちらでお話をしないか、お嬢ちゃん」
「しねぇー、クロリア」
「気張りますか」
ずるるるるる、化け物を見るような目でこっちを見るなよ。
出現したと同時に俺の腰に差したファルシオンを掴むクロリア………数分間空を見上げる、さて、帰るか。
「クロリアー、帰るぞ」
「はいはい」
残飯シチューはやっぱりクロリアと帰りに食べた、グロリアに素直にやるのなんかムカつく。
「グロリアよりも私を優先したのですか?」
「そうだぜ」
「♪」
平和な朝の一幕。
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