第49話・『ソーセージじゃなくて魚肉ソーセージでも良いじゃない、カニじゃなくてカニかまでも良いじゃない』

おなかすいた、どうしてかな?僕はそう思った……お腹なんて僕にあったっけ?


いつの間にか足が勝手に動いて外に出ていた、道を歩く人々は大人ばかりで子供の姿は無い、そうなんだ、今は夜なんだ!


お腹がまた鳴る、ダラダラと涎が溢れるのを止められない、こんな時はいつもあの人が魔力を与えてくれた、懐かしい匂いを辿って足を進める。


僕は、俺は……………懐かしいあの人が二人いる、混乱する……中々に化け物じみた人だったがついに分裂したか?流石に笑えないぞ、一人が一人を殺そうとしている。


部下子が部下子を―――ザザッ、夜の闇で視界を染める、視界が急速的に狭まる、まるで夢の中に沈んでゆくような、死に向かって歩んで行くような………異様な光景。


胸に穴が開く、激痛が走る、死へと向かう圧倒的な傷口、損傷したそこに何かが食い込んでいてヤバい、痛みは薄まって寒さが訪れる、一人は笑っていて一人は蒼褪めた表情で小刻みに震えている。


「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア亜嗚呼ああああああああああああああ」


普段は冷たさを感じさせる鋭利な声なのに獣のような声で闇夜に吠える、月の光に照らされて光る銀糸のような髪と合わさって狼のようだ、とても素敵だ。


問題なのは死にそうな現状でも鳴いている女の子でも無い、胸を抉られたせいか…削られた肉のせいか……お腹が空いている、ドバドバと流れ落ちる赤い血が皮膚に触れてあったかい。


体は冷めているのに血は温かい、胸は抉られているが腹は空く、ぶかこ、誰だったけ?取り敢えず、いつもは時間通りにご飯をくれるのにご飯をくれない、絶叫して泣き喚いているだけでご飯をくれない。


俺に必要なのは失われる体温でも体液でも体でも無い、お腹が空いているんだ、どうしてだろうか。今日はとても意地悪だな……あれ、どっちがご飯をくれる……ぶか、ぶかこ……どっちが俺の?匂いが強い方か?


「キョウさん、心に罅(ひび)です、行きなさい……私が貴方に命令します」


キョウさん?―――――ああああ!グロリアじゃないか!俺の大好きな女の子、狭まった視界では彼女の姿を見る事が出来ない、嗅覚を頼りにそちらに首を向ける、どうした事か嗅覚が冴えている。


グロリアの言葉の意味はわからないけど食べて良いのかな?あっちのもう一つの…一人?一つ?こいつは俺にとって何だっけ?少し前に少しだけ嫌な思い出が………泣いて、ササにキスして、グロリアに虐められて。


全部こいつのせいか、グロリアと違って体臭に蜂蜜のような甘ったるい匂い、粘度を感じさせる匂い……ガキの匂い、腹が減る、田舎でも老いた家畜より若い家畜の方が柔らかくて美味しかった、幼いグロリア。


ぐるるるるる。ぶしゅ、お腹は減って血は噴き出る、何だか不思議な状況、しかし抉られた肉を埋める肉はそこにある、グロリア肉、美味しそう、豚や牛と違うのかな?胸に埋まっていた透明な何かが消えて空洞が出来る。


「ぁう」


「ぃあ、いや、キョウさん!」


ご飯が向こうから駆け寄ってくる、自分の足で食卓へ進む生き物は初めて見た!あはははは、その様があまりに愉快だったので気力を振り絞って瞼を開ける、グロリア……いつもの様に超然とした振る舞いでこちらを見ている、白磁の肌が興奮で紅に染まっている。


雪景色の中に紅葉があるような些細な違和感、しかしその光景はとても美しい、とても素敵だ、そんなにも美しいのに俺にちゃんと餌をくれる、そんな優しさも持っているグロリア、地面に伏せると全身から一気に力が抜けてとても気持ちいい。


死ぬって気持ちいい、幼い餌が俺を抱き上げる、幼い餌、幼い餌、グロリア……グロリアが食べて良いって言った幼いグロリア、食べて良いって言った大好きなグロリアは芸術家が半生を捧げて生み出した様に芸術的で美しい。


しかしこの幼いグロリアは幼いだけに何処か丸みを帯びた優しい風貌をしている、頬もプニプニしててとても柔らかそう、俺の歯でも上手に噛み切れそう―――――特徴的な修道服の下半身の部分が濡れている、失禁?餌なのに失禁?


それはどんな味になる?


「あぁあぁ、だめ!瞼を閉じ無いで!ど、どうすれば……使徒の力でキョウさんの一部は封じられている、こ、こんなに血が……あ、し、死」


「おなかすいた」


ぐきゅるる。


「きょう、さん?」


まるで老人のように枯れてしまった声、こんな状態で声が出せるわけ無い、でも出せた……こんな状態でお腹が鳴わけが無い、でも鳴った!


そしてこんな状態でお腹が減るわけが無い!でも減った!目の前のこいつは死にそうになっている俺を見て泣いている、さっきは闇夜に鳴いてたし、吠えてたし……俺に甘い、俺の事が好き、だから介抱している。


強請る、土煙色になった腕を伸ばす……我ながら気色悪い、餌をくれたグロリアは腕を組んだまま悠然と俺達を観察している、ふは、この様ですとも、実に楽しくて爽快な物語、これは良いお話だ。


敵で餌で偽物で俺が大好き、それはとても美味しい食べ物、なんて都合が良い!俺の事が好きで俺に甘い食べ物だなんて!しかもタイミングもぴったりじゃないか、胸を抉られて腹が減ってるんだもんな。


「おなか、おなかへった」


「ち、血を」


手で押さえる、紅葉のような小さなお手手、それじゃあ空洞は埋まらないしお腹も減ったままだ。


「ぐろりあ」


「あ、私の名前を、う、ぁ、初めて名前を、こんな状況なのに、嬉しくて…………血が、ぁぁああああああ、どうすればどうすれば」


嬉しそうな表情、そうだよ、お前はグロリア……大好きなグロリアでは無くて大好物の幼いグロリア、前者は人間で後者は食べ物、ちゃんとわかってるよ、ちゃんとわかっている俺凄くないか?


「くわせて」


「へ」


「おなかすいた、ぐろりあすき」


好き、美味しそうだからスキー。


「すきって―――――――――――――偽物の、わたしを、だったら、こんな幸せを教えて、死なないでください、くださいよぉ」


「じゃあ、おれのになって」


「わたしは……私は生まれた瞬間から……貴方のモノです」


幼い声は震えて震えてか細くて、くふふ。


そうか、今更来たか……離乳食、遅すぎる……胸に穴が開いてからでは遅過ぎる。


「じゃあ、一つになろうか」


「きょうさん、キョウさんの、私は他人として貴方を愛したいのに……あぁぁ、私にはエルフの要素も因縁も皆無なのに」


逃げようとはしない、彼女は俺の事が大好きなので俺がしようとしている事もわかる、成程、要素も因縁も無かったら食えない、しかし人間だって腹が空けば砂を飲み込んで腹に入れる事は出来る。


こいつは空腹を満たす為の試練、良いよ、無理矢理お腹に入れてやる……触れた頬が、白い頬がズブズブと傷だらけの掌に沈んでゆく、一番大切なグロリアと同じ姿をした餌、食べ応えがある。


俺の事が大好きだなんて餌の癖に砂の癖に変なの。


無理矢理、きもちわるい、おえぇ、でも減ってる、ああ。


「ァァァ、キョウさん、キョウさんの……ずっと見て来た、大きくなった掌、それが、私を」


「うめぇ」


「きょうさん、おいしいですか?………………フフ、ちゃんとかんでたべないとだめですよ、おかあさまにむかしそれでしかられたのですから」


「うっせぇ!」


「やんちゃなきょうさん、わたしのぼうや」


腕が脈動して餌を吸収する、一つの生命が目の前で吸収されて栄養と糞に成り下がる様は性的興奮を呼び起こす、それの見た目が美しくて親しみのあるものなら尚更だ、屈折しているかな?


ぽろぽろぽろ、今夜の星の瞬きのように美しい涙が目尻から……繋がる、餌なのにウンチになるのに俺の事を愛する為に誕生した悲しい過去、決定付けられた悲しい過去、自分では何も決めれない生み出された生命。


「あ、お前、嫌いじゃないかも」


今度は本心だった。


「うれ……しい」


その言葉も本心だった―――頭が痒い、左目が痛い、肌が日焼けした後のようにヒリヒリする、そして胸の痛みは失せてゆく―――お腹は満たされた。


けふ。


「あら、キョウさん……左目と髪の色…肌の色も私と同じになっちゃいましたね」


「ん?グロリアか、お揃いって何か恥ずかしいな」


「ふふ、そうですねェ………食事の後は?」


「ごちそうさま」

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