第48話・『偽物は叫ぶ』

愚弄された、それは問題では無い、問題があるとするならば理由付けにキョウさんを利用した事実、怒りでつい奥の手を見せてしまった。


目の前にいるのはオリジナルの私、幼体である私と違ってキョウさんと同じ17歳の肉体を持っている、そこは戦闘に置いて大きな差になるだろうか?


彼女は光で私は影?……使徒とシスターの二つの細胞を組み合わせて誕生したのでは無く、唯一の成功作であるオリジナルのグロリアの細胞から誕生した。


つまりは彼女が本物で私は贋作、同じ細胞を持っていてもどちらが世界に先に誕生したかで物事は決定する、だから捨て去った……後追いの能力はいらない、


キョウさんの為だけのグロリアになる為に『グロリア』を捨てる必要があった。


「いたた、興味深い攻撃ですね、少なくとも聖騎士の能力とは思えない、シスターは細胞に職業固定を組み込まれているはずですが」


「企業秘密です」


言わなくても簡単な事、私は培地(ばいち)の中で育成される段階でシスターの細胞より使徒の細胞が多くなるように端末を操作した。


オリジナルのグロリアよりも勇魔の第一使徒に近い存在になっている、しかしあまり細胞を多く含んでも反転して人間では無くなってしまうので微かな差異でしか無い。


職業は何になるんでしょうね、お告げを受けるような生活環境では無かったし興味も無かった、能力が予測される聖騎士で無ければ良いだけ……願いは叶い、オリジナルと対峙している。


第一使徒の力が疼く、私がキョウさんに対して強く感じる愛情もこれが原因なのでしょうか?だとしたら愛の発生源はオリジナルより私の方が強い、やはり結ばれるべきは私で排除されるべきはオリジナルである彼女だ。


「見て下さい、この一面の麦畑を」


「戦闘中に何を言っているのですか貴方は………」


オリジナルのグロリアが口を三日月の形に吊り上げて笑う、不快感を与える邪笑…青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる瞳が細められる、空に輝く星のように瞬いて気分が悪い。


その美しい瞳は私だけのもので良い、キョウさんも随分と気に入ってくれているようだし、どうしてこの人にそれがあるのだろうか?無論、オリジナルであるから仕方が無いのだが納得は出来ない。


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を弄りながらこちらを注意深く観察している、自分の言葉に相手がどのような対応をするのか……同じ遺伝子を持ちながらも育った環境が違う、その隙間を埋めようとしている。


埋めて弱点を探ろうとしている。


「麦畑のようですね、キョウさんも幼い時から一生懸命育てていました」


嫉妬を煽る、彼女はキョウさんの過去を知らない……無論、会話の中で思い出話として教えて貰った事もあるだろう、それは情報としては微々たるモノ、私には端末を通じて幼いキョウさんを見守って来た自負がある。


父親に農作業を教えて貰いながら一人で全て出来ないもどかしさに涙した勝気なキョウさん、年上の男の子に虐められながらも我慢して自分の夢の為に努力したキョウさん、おねしょを隠そうとして母親に叱られたキョウさん。


様々な色彩に彩られたキョウさんとの思い出、オリジナルのグロリアには無い記憶の積み重ね……目の前の彼女はたまたま私より早く開発されてたまたま私より早くキョウさんに出会ってたまたま彼に恋された……あは。


そこは私の特等席だったはずですが?


「そうですか、でも違います……これはドクムギです」


「へえ、キョウさんとの思い出に比べたら答えを間違った事すらどうでも良いです」


単子葉植物・イネ科・ドクムギ属、遺伝子に組み込まれた知識が自然と脳裏に浮かび上がる、まるで機械ですね……シスターはやはり人間では無い、神に都合の良い生命体、人間で無くとも人間を愛する事は出来る。


私でもキョウさんを愛する事が出来る、しかしどうしてドクムギに注視する?世界中の温帯域に分布している汚染環境にも強い植物、春から夏に成長する、真っ直ぐに伸びて分枝しない穂を出すのが特徴……穂の長さは最長で30cmになる。


特徴は小穂が穂軸よりも太く、穂軸はザラザラしている……人の手で栽培する麦類の擬態雑草の一つで特徴も幾つか重なっている、草型が直立する点、非脱粒性である点、休眠状態から目覚める点、様々な活動が麦類と酷似している。


しかしどうしてこんな物を植えている?


「神経毒のロリンアルカロイドや麦角アルカロイドを生成する有害植物のはずなのに……こんなにも」


「その毒が売れるのですよ……元々は雑草ですからね、丈夫で生命力に溢れていて病気にも強い、そもそもロリンアルカロイドは自分を害する昆虫類に対して生成されるものですし」


「それは知識としては……」


「ロリンアルカロイド、ロリアンドロイドか!……とキョウさんが興味を持ちそうな素敵な毒名です」


「キョウさんが……?」


「村を出て悪い事も覚えてしまいました、ロリとか好きですよあの人……知ってますか?私達のグロリアにも単語として含まれているんですよ」


「知らないです、貴方を殺してその思い出も私のモノにすれば良い……」


私の知らないキョウさんとの思い出、微々たるものだ……しかし恐ろしい事実に気付く、私がキョウさんと積み重ねた記憶は一方的な監視に過ぎない………仕方が無かった。


しかしオリジナルのグロリアのものはキョウさんと互いに想って積み重ねた尊い記憶、本来なら私が有していた甘酸っぱい記憶、それを一方的に奪って下らない口上を垂れ流している。


見えない尾を展開させる、魔力では無い使徒の無色器官(むしょくきかん)……角、羽、尻尾、糸、衣、全てが透明で人間に視認できない器官、触れようとしても触れられない魔性の器官。


使徒が意識する事で初めて実体を持って起動する、だけど認識した相手に接触するだけで相手は接触出来ない、一方的な力の関係……相手は触れられないのにこちらは触れられる……フフ。


「ふむ、空気にすら触れていない、接触して初めて私に衝撃を与える………先程は寸勁(すんけい)の要領で衝撃を与えて見ましたが空に流されて消えました」


聖騎士のスキルでは無い、しかしシスターは特殊な生命体なので戦闘に関する技術の幅は広い、勁(けい)と呼ばれる運動量を敵との接地面に流す技術………接地面以外の肉体から運動量を流し込む特殊な技だ。


体重の移動による対象の吹き飛ばしが一般的だが寸勁まで扱える者は少ない、勁と呼ばれる作業だけでも運動量を生み出して接触面まで移動、さらに完全に接地面が重なった瞬間に発動、三つの工程が必要となる。


距離によって分勁や零勁とも呼ばれる寸勁……………勁の力は対象との接地面以外の体の運動量の移動技術にある、それだけで得られる成果は微々たるもの、最も恐ろしいのは対象が脱力した部位を通して全身に衝撃を流し込む事。


つまりは三つの工程を踏みながら相手の油断も誘わなければならない、オリジナルのグロリアは腕を十字にして私の尾の攻撃を受けた後に次の攻撃の体勢に入る為に弛緩した尾を狙って寸勁を繰り出した……恐ろしい技術。


前述した通り、シスターの戦闘技術の幅は広い、しかしここまでの技術は遺伝子に埋め込めない、彼女が何かと戦う為に鍛えた特殊な技術、シスターは神の兵器なので他の職業の技術も努力すれば己のモノに出来る。


「成程、見えない部位ですか……接地面から既に透明、衝撃だけが私に伝達する…面白い器官をお持ちで」


「我ながら観察力が嫌になりますね、否定しても貴方は確信しているようなので肯定しましょう、この無色器官はあらゆる物に触れてあらゆる物に触れさせない」


「体に纏えば無敵ですね、とてもとても便利な代物ですが何処でそれを手に入れたのでしょうか?私にはそんな気持ちの悪い器官なんてありませんし」


「私も勁の技術なんで保有していませんねェ」


「あはは」


「あはははは」


「「あははははははははははっははは」」


声が重なる、幼い私の声と若い彼女の声、元々は同じ声であるはずなのにこうも差異があるのか?ドクムギの畑が優しい月の光に照らされて浄化されている。


私は衣で全身を覆って尾を展開させる、使徒が無敵な理由の一つ……無色器官を発動させれば現世でそれに敵う者はいない、この力でキョウさんを守ってあげる。


相手にどのような秘策があるとしてもシスターの能力の範囲内だ…………私には人知を超越した使徒の力がある、そしてそこから受け継いだ純粋な愛がある、キョウさんを愛する為に生成された使命がある。


目の前のこの人には何も無い、対峙して理解出来るのは鬱屈した感情………………この人は世界もキョウさんも不幸にする………魔女だ、そして私はそんな魔女からキョウさんを取り戻す王子様……そうなのだ。


「死になさい、今までご苦労様」


「バカですか貴方、死ぬわけないでしょうに………手に入れるべき物は奪う、手に入れるべき地位は得る、手に入れるべき組織は育てる」


「へえ」


「そしてキョウさんは私の半身です、手に入れるべきものでは無い……既に私のものなのです、貴方が何であれどうであれ、奪いに来ただけの泥棒でしょうに」


「それを私に言うのですか、私はキョウさんの伴侶として開発されたのですよ?貴方の細胞を使って世界に誕生した」


「ばか」


「っ」


「されたのですよ?何ですかソレ、人の都合でキョウさんを愛しただけでは無いですか、私は偶然に出会って自分で選んで彼に恋をしました、本人には言えませんけどねェ」


「…………」


「私を選んだのがキョウさんなのでは無く、私が選んだのがキョウさんなのです、私の天使のようなお姫様にオモチャ如きがガキ臭い手で……ションベン臭い手で触れないで下さい」


「殺してあげます」


「どうぞ、やってみて下さい」


尾を振るう、彼女の実力は本物だ……並のシスターでは無い、経験値から考えても無色器官が無ければ勝てなかった………道端や荒れ地で育つドクムギがこうも管理されて成長している。


私も毒を持ちながら管理されて成長した、しかし本物に負けるわけには行かない、本物は管理されない状況で成長して歪んで狂ってそれにキョウさんを巻き込もうとしている、お姫様を犯そうと舌なめずりしている。


「ふふ、キョウさん♪食べ頃ですよ、偽物のグロリア………エルフの細胞も因縁も無い、だけど無理矢理侵してみますか?」


「なにを――――――――――」


鋭利にした尾が貫いたのはオリジナルのグロリアでは無い、その背後から庇うように出現した―――――――。


――――――――――――――――――――――――――――キョウさん。


―――――――――――――――――――――キョウ。


「え、あ、血、キョウ、え」


脳が焼き切れる、映像が映像として記憶出来ない、私は何をしています?


笑っている、大切なキョウさんが血を流して倒れるのに……オリジナルは、あ、キョウさん、は、早く、止血しないと。


ぁぁ。


ぁあ。


ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア亜嗚呼ああああああああああああああ。


「キョウさん、心に罅(ひび)です、行きなさい……私が貴方に命令します」


「あ、うん、おいしそ、ぐろりあ」


ぺきぺきぺき、愛しいその人が血塗れの手で無色器官を抱き締める、だめ、そんなに引き寄せたら傷口が……胸に開いた穴が広がる。


やめて、やめて、おりじなるのぐろりあ、そのひとはあなたにもたいせつな、なにをしているの、きょうさんはじゅんすいだから、やさしいこだからあなたのことばにしたがう。


やめさせろ―――――――――――――あぁ、あああ、ああああ、しんじゃやだ、


やだ、きょう――――――やだよ、おとうとぎみ。


おとうとぎみ!


「だったら貴方の肉で埋めなさい、偽物が」


おとうと、ぎみ。


わたしのぼうや。


かえしてよ。


あるじ。


ゆうま。


かえして。


わたしのぼうや。

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