閑話34・『洗脳して支配して愛して――悪魔』

少し事情があって今は家を出て山の中で生活している―――――――――あまりの言葉に何も聞き返せない、あ、雨風凌げねーじゃないですか!


そんな悪蛙が連れて行かれたのは山の中にある小さな建物……今の人類にはまだ早い技術、プレハブ工法で建てられているのがわかる、だ、誰の仕業ですかねー?


プレハブ工法は製作場所での品質管理の下で部材を生産するので品質が安定していて高い精度を確保出来る、さらに建築現場での作業が著しく軽減されて工期がかなり短縮される。


「悪蛙以外にもお目付け役がいるんですかねー、信用ならねぇ主ですよ」


「中々に立派な建物だろ?暫く家を出て生活する事が決まってから色々探してたら見つけたんだ、村にも近いし掘り出し物だぜ!」


「だ、誰が建てたかわからない怪しい建物に平気で住めるなんてどんな感性ですかこの野郎」


「入るぞ」


プレハブ工法の特徴は大量生産によって低コスト化を図る事が可能な点だ、さらに容易に解体出来る構造になっていて『数年の一人暮らし』が終わればすぐに解体して証拠が消せる。


画一的なデザインは仕様として仕方が無いがこの建物は知識が無い人間からしたら普通の山小屋にしか見えない……欠点もあって構造形式にもよるが間取りの自由度が低くて増改築が困難だ。


小屋の中は意外と整理整頓されている、トイレや水場の用意がある上に自炊が出来るように暖炉も完備されている、暖炉とオーブンの二つの機能を持つペチカと呼ばれる設備だ……中々に重厚な姿だ。


「い、いいじゃねぇーですか!これがあれば冬も安心して過ごせますよー!うぅ、浮浪者みたいな生活はヤダですよ!女の子ですし!」


「ああ、これは俺が後から作った、この建物増築し難いから苦労したぜ」


「うおおお!ぬくぬくですよー!パン窯にも使えますし内壁に水をかけて蒸発させれば蒸し風呂としても使えますし!え?」


「パン好きなのか?じゃあ今日の夜飯はパンとシチューにするか」


「作った?」


「パンなら今から作るけど」


「じゃねぇーですよ!ペチカを一人で作ったんですか!?」


「ああ、そうだけど………嫌いな食べ物ってあるか?」


「ピーマン!じゃなくてですね!」


煉瓦で作られた壁式ペチカ、重要箇所である空気調整口と煙突ダンパー共に素人仕事とは思えない素晴らしい仕上がりだ。


どうしてだかミスを探したくなる、ペチカは暖炉や薪ストーブのように石炭や細かくした薪を燃料として用いるが使用法はまったく違うと言っても良い。


本格的に稼働するには3日以上連続して使用する事が必須なので別荘や離れには向かない、しかし毎日生活するスペースにあればこれ程に心強い設備も無い。


「見た目通りガキだな」


「う、うっせーですよ!あんなに苦い食べ物を平気で食べる方がどうかしてるです」


自分の容姿にはやや自信がある、鴉(からす)の濡羽色(ぬればいろ)の美しい髪は部下子と同一のものだ………肌は白でも黒でも無い中庸の色をしているが張りがあって触り心地は最高ですよ!


瞳の色は夜の帳を思わせる底無しの黒色で主の趣味、一切の光を映さない黒色は世界の淵のように絶望的だ、普通の人間が見たら気持ち悪いと思うんでしょうか?弟君の反応は薄いですが、薄過ぎですよ!


髪型は毛先軽めの黒髪ボブです……ふふん、内側からの毛量調節でボブっぽさを残して重たくならないようにしてるです、前髪を軽めにしておかっぱ風にならないように苦心しました……毎朝気合いをいれて仕上げてるので主には笑われています。


「しかし変な格好だなぁ……この辺の人間じゃねーな……………空を飛んでたし、名前は?」


「悪蛙(あくがえる)ですよ」


「じゃあアクって呼ぶわ、俺はキョウ……適当に呼んでくれ」


「おとう………えっとえっとです」


「嘔吐?何だか運命的な言葉に聞こえるぜ………将来的に俺は嘔吐と親密な関係になるような気がする……ふひ、まさかな」


じゃなくて弟君(おとうとぎみ)です!嘔吐と親密な関係って意味がわからないですよ!頭にウジ虫でも湧いてるのですか!?


こ、怖いのですよ……この人は性的に怖いのです!ガクブルなのです!


「まあ、ここで今日から一緒に過ごすわけだ、亡くした女の代わりのお前……逃げたら許さねーぞ……絶対に捕まえる」


「うぁ」


「そして可愛がるからな、大切にする……誰よりも」


「―――――」


黒曜石のような瞳なのです、全てを見透かしているようで全てを否定しているような不思議な色合いをしている、勇魔の使徒であり一国を容易く崩壊させる悪蛙をまるで自分の所有物のように語っている。


悪蛙の全ては主のものだ、勇魔のもの……………命令で弟君を育てて命令で弟君のお目付け役になった、あまり調子に乗らないで欲しい………しかし奇妙な感情もある、部下子や他の使徒から彼を奪い取った優越感。


死んでしまった部下子は悪蛙から二度と彼を取り戻せない、劣等感なのだろうか?全てに置いて秀でて優秀だった部下子、怠惰でやる気が無くて毒舌で………………誰よりも優れていた、悪蛙は模擬戦で一度も勝てた事が無い。


尊敬した姉から一番大切なモノを奪った、しかも死んだ後に……ダメだ、主は人間の思考回路を模して使途を誕生させた、ならばこの感情は弱くて小さい人間の取るに足らない卑しい感情のはず……なのに!


「アク、お前が何処から来てどうして俺のイカれた言葉に従っているとか、どうでも良いんだ……お前は俺のモノだ……俺だけの女の子」


弟君は壊れている、とても主に似ている…………主も彼を育てたのだ、影響があっておかしくは無いがここまで似てしまうものなのか?そして主よりも悪蛙に優しくて悪蛙に甘い…………蛙を模した薄緑色の帽子を手で押さえる。


上半身と下半身が一続きになった黒塗りのローブ、上衣とスカートが一体化した形状の薄緑色のローブをもう片方の手で握り締める、部下子と同じローブだが彼女が地味な色合いを好んだのとは逆に悪蛙は明るい色を好んでます。


薄暗い小屋で狂った告白をされている、悪蛙の容姿は人間で言えば10歳程度なのでそのような言葉を吐き掛けるとは頭が狂っているとしか思えないです、そしてそれに対して何も返事が出来ずにモジモジしている悪蛙も狂っているのですか?


「あ、あのです」


「返事が先だろう?良い子なら俺が喜ぶ返事がわかるはずだけど?」


「はい」


噛まずに狼狽えずに自然と頷けた、怖い、自分が少しずつおかしくなっているのがわかる………天命職ではあるがまだ本格的に覚醒していないし身体能力も人間の範囲内、殺そうと思えば殺せる。


自分の感情がどのような種類のものなのかわからない、しかし主である勇魔に対する返事より自然と出来た、まるでそれが当たり前のように、主に命じられて仕方なく弟君の近くにいるのに……そうですよね?そうですよ!


ペチカは煙道が異様に長いので炊き口で燃料を燃やしても火付きが恐ろしい程に悪い、なのでまずは煙突直下で少しだけ燃料を燃やして上昇気流で通風を確保する必要がある、弟君は手慣れた様子でもう一つのペチカに点火を行う。


最初から二人で住む為に仕上げたように……なにか、あれ、おかしいですよ。


「はは、死んじゃったからな………もう死なせない、アクは死なせない、誰にも奪わせない、ここでずっと俺といて村を出る時もお前を連れてく、ずっとずっと」


「はい」


何で返事に『喜悦』が混じっているのですか?燃料から明るい炎が消えて澱んだ色合いに変化する、煙突ダンパーと空気調整口を少しだけ閉じる。


熾が赤色に変化すると素早い動きで煙突ダンパーと空気調整口を完全に閉鎖する、ペチカに時間を掛けて蓄熱された熱を閉じ込める大事な手順……………悪蛙の知っている弟君は赤ちゃんで何も出来なかった。


なんだか男の子なのです、変ですよ、そんな弟君なんか知らないです……可愛く鳴いてた姿しか知らないのです……何だか頬が熱い、目が潤む……呼吸も荒い、男の子らしい太い腕で色んな作業を軽快にこなす………弟君。


あう。


「何だよ、ジロジロ見て……椅子にでも座ってな」


「あ、あい」


「あい?」


「はいなのですよ!」


「ハイなのか?!知らない男に強制的に監禁されているのに嬉しいのか?!!!!こわっ!?」


「―――――――――――――――ッ」


ハイハイしてたのは貴方でしょうに!部下子の後をいつも追い掛けて……悪蛙の事なんてまったく興味が無かったのに!


今はこうやって監禁して言葉で従属させて『男の子』の支配欲を埋めている、本当に困った人なのです……悪蛙が本気になればこの山を吹き飛ばす事も容易いのですよ?


そこで妙な事に気付く、どうして悪蛙を選んだのでしょうか……悪蛙の視線を無視して弟君はペチカに夢中なのです、先程の工程で密閉が不十分だと熱が煙突を通じて外に逃げてしまう。


さらに一酸化炭素中毒の危険性もあるのでとても重要な工程なのです!炎にしてから空気調整口と煙突ダンパーを閉めるまでの一時間、ペチカ表面の煉瓦が暖かくなるまで更に一時間になるように計算して行うのが難しいのです。


「パンは何パンにするよ♪」


「…………キョウくん」


弟君とは呼べない、そして今は一つ屋根の下で暮らす男女……様々な事を考慮してその呼び名に決定――――部下子より近い呼び方、深い関係を感じさせる特別な互いの呼び方…………………アクとキョウくん、二人だけの関係。


呼んだ事に意味は無い、不安を無くす術が他に思い浮かばなかった…………怖いのです、恐ろしいのです、監禁されて捕縛されて飼われてしまった、逃げ出そうとすればすぐに出来るのに体がそれを望んでいない、動かない。


どうしてなのです、見上げる、キョウくんの腰までしか身長が無い悪蛙……視線が交わる。


「良い顔だ、飼われる事を望む、本当の主を見つけた顔だ―――――アハ」


「飼われる、ですか?」


「ああ、アクは嫌か?」


「わからないのです、どうして逃げ出せないか……こんな薄い壁、すぐに壊せるのに」


「それはアクが俺の事を大好きになっている証拠さ、こうやってな………髪を手櫛で……どうだ?」


指で髪を弄られる、なのに抵抗出来ない………部下子はこんな風に触られた事は無い……キョウくんが遊んでいるのは悪蛙で部下子では無い。


その座が目の前にある、彼の一番になる事が出来る……いや、いやです、そんなものは。







――――――――――――欲しいに決まっているのです。


「欲しいです、キョウくん」


「じゃあ俺をあげるよ……好きにしていいぜ?」


悪魔が誘う、昔から知っている悪魔、悪蛙が育てた悪魔。


「悪蛙を一番にして下さい」


「いいぜ」


部下子?


死んだ貴方が悪いのです、貰いますよ。


だってずっと欲しかった。


ざまあみろ。

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