第47話・『グロリアバトル』

過去を振り返る事は私にとって珍しい行為だ、更待月(ふけまちづき)……奇妙に欠けた月が半割れの卵のような形で空に浮かんでいる。


夜更けに昇るのこの月は人々の気持ちを高揚させる、何時もならキョウさんとお酒を飲んだり他愛無い話を楽しんだり……穏やかな時間を過ごしている。


キョウさんは疲れて眠ってしまったし私にはやるべき事がある、赤ら顔の日雇い労働者と思われる人々が楽しそうに声を上げてジョッキを掲げている。


私もキョウさんとお酒を楽しみたいです。


「あは、自分自身に誘われるだなんて」


自分が他者に向ける殺意はこうも冷たく鋭利なのかと改めて思う、勿論、まったく同じ遺伝子を持っていても環境も経験も違う……差異があるとすればそこだけだ。


街を出て農道に入る、農道には通行権の制限があって荷馬車や役畜(えきちく)と呼ばれる農作業に適した大型の動物が行き来する……だから一般人は交通の妨げになるので立ち入りを禁止されている。


高低速混合交通と呼ばれる渋滞状態を避ける為だ、また農作物の集荷や肥料等の運搬で交通に使用される回数も半端では無い……『農道』として管理されている道は農場として成功している証でもある。


「……………」


夜中にそこに無断で立ち入る事になるとは……ここでは様々な動物が使役されている、体の上に直接人間が乗って利用する馬などの動物は乗用獣、荷物を載せて遠くまで運ばせる動物は駄獣、犂(すき)やソリ等の牽引で用いる動物は輓獣と呼ばれる。


ならば私と同じ血肉を持ちながら私の一番大切な存在を奪おうとする獣は何と呼べばよいのでしょうか?どちらにせよ………畜生の類で違いない、二足で歩かずに四足で地面を踏み締めて歩けば良い、私と同じ姿ならさぞ笑えるでしょう。


キョウさんは私の容姿も大好きなのでそのように落ちぶれて四足動物に成り果てた『私と同じ存在』を見て性的興奮を覚えてくれるでしょうか?ああ、私はキョウさんが喜んでくれるのであればそれがどのうような喜びの種類であろうが関係無いのです。


倒錯的な愉悦なのだとしても。


「やあ、本物さん」


「初対面でその一言が出るとは……中々に面白いですね」


耕地と耕地との間に設けられた物置に使われる開けた土地、そこに彼女はいた……殺意と憎しみと僅かな好意、最後のソレは少し意外ですが私には何の関係も無いです…………ルカの報告では偽装の為に髪の色や目の色を変えている可能性があると言っていた。


青と緑の半々に溶け合ったトルマリンを思わせる瞳をキラキラとさせて私を見つめている、ベールの下から覗く艶やかな銀髪は雪景色を彷彿とさせる………ニヤニヤと吊りあがった唇の端が意地の悪さを感じさせる……納得の三点。


胸の幅の肩から肩までの外側で着る独特の修道服は一切の穢れの無い純白で教団のシスターに与えられる支給品、魔力に対する抵抗力があり自然治癒能力も完備している……………身長は私の胸の位置ぐらいしかありませんね、他人として自分の容姿を見るのは初めてだ。


眠りから少しだけ覚めたキョウさんに聞いた容姿と格好では無い、キョウさんに出会う為の演出と………髪の色と目の色は何かの条件で元通りになるように仕組まれていた?キョウさんに出会う事で?……………だとしたら教団はキョウさんの秘密を知っている事になる。


職業を与えられる前の天命職を既に知っていた?ふふん、だとしたら色々とおかしな事になりますね、そしてこの子は……………幼い私はキョウさんと何かしら深い関係にある?もしかしたらキョウさんの為に開発されたのでしょうか?状況からして有り得ますね。


私がキョウさんの職業固定の儀式にいた事がそもそもの歪みの原因?疑問しか浮かばないし確信も幾つか得る……確実にわかった事は教団は信用出来ない、私のキョウさんに何かしようとしている………予定を早めますかね、こいつを殺して。


「キョウさんは大丈夫ですか?私に会った事がショックだったようですが」


「大丈夫ですよ、あまりに暴れるので少々乱暴な方法で眠り姫になって頂きました」


「へぇ」


「早く帰ってキスをしてあげないと、眠り姫を起こすのは王子様の役目ですから」


「ふふ、それは貴方なのですか?」


ベールの下から覗く艶やかな銀髪を片手で弄りながら彼女は問い掛ける、癖も同じとは恐れ入る………年齢は10歳程度、キョウさんが朝方に私の名前に『ロリ』が入ってるぞ!って騒いでいたのが懐かしい、貴方がコレを呼び寄せたんじゃないですかねぇ。


修道服が少し大きめなのか彼女の手元は袖の中に隠れてしまっている、キョウさんの話では二刀使いのはずですが獲物は見当たらない、魔王を倒した勇者の聖剣を極限まで分析して簡易量産したシスター専用の聖剣も持っていないようだ――正規のシスターでは無い証拠。


幼い容姿なのに何処か大人びた雰囲気を纏っている、瞳は何処までも艶やかで冷たい、氷柱のような視線だ……桃色の唇を小さな舌でペロリと舐めてこちらを注意深く観察している………出会い頭の戦闘を期待していただけに少し拍子抜けです。


しかし私が幼い頃ってこんなにも生意気でしたかねェ、ふふ。


「ああ、キョウさんから伝言です」


「?なんでしょうか?」


「お前なんか大嫌いだ」


「―――――――――貴方」


「グロリアの姿をしているのが気持ち悪い」


「―――――――――――――」


「俺のグロリアは一人だけだ」


「――――――――――――――――――――――」


全て嘘ですよ?でも貴方には辛いんじゃありませんか?


「グロリアに殺されて死んでくれ偽物」


「――――――――――――――――――――――――――――」


「あと性格が生理的に無理」


「―――――――――――――――――――――――――――――――――」


「本物のグロリア大好き」


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――」


「との事です♪」


瞬間、私の体が吹っ飛んだ―――いたたた。


殺りますかね。

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