第46話・『運命の愛するお姫様』
何故か自然と理解した、彼が何かに傷付いて心を閉ざしているのだと………お仕置きで買い出しを命じたのが数時間前、それまでは普通だった。
しかし部屋に戻って来た彼は必要以上に明るく振る舞って心で泣いているように思えた、涙袋がほんのり赤く染まっている………泣いたのでしょうか?
不安と同時に感じたのは苛立ちだった、しかも胸の中心から全身に広がるような例えようの無い激しい苛立ち、やがてそれは怒りに変化して憎しみに転じる……誰が泣かせた?
感情の赴くままに自分の部屋に戻ろうとするキョウさんの手を掴んで部屋に引き戻す………農作業で歪に変化したゴツゴツとした指の感触…………………男の子ですね、しかし扱いは女性のように丁寧に……。
腰を片手で引き寄せてもう片方の手を高く引っ張る……………まるでお姫様のように丁重に丁寧に細心の注意を払って体重を移動させる………何が起こったのかわからないのかキョウさんは呆然としている。
「えっと、俺………部屋に帰りたいんだけど」
日焼けした肌に鋭い瞳、猫科の動物を思わせるしなやかな体つき、ボサボサの手入れのしていない黒髪に黒曜石を連想させるような深く底の知れない瞳、顔立ちは平凡だが一度見たら忘れられないような不思議な魅力がある。
褐色の肌には蚯蚓のように古傷が幾つも走っていて痛々しい、私の知っているいつものキョウさん………………違いがあるとすれば泣いた形跡が随所に垣間見えるだけ、しかもそれを隠そうとした痕跡がある、どうしてですかねェ?
王子様に抱かれるお姫様のような格好で私に抱き留められているキョウさん………私としてはそんな心境でこの人にいつも接している、とても大事な私のお姫様……なのに誰かに虐められた事実を私に隠そうとしている。
信用が無いですか?
「キョウさん、目元が腫れてますよ?泣いた後に頬を手で擦ったでしょう?………そこが赤くなってますねェ、いけませんよ、ハンカチで拭かないと」
「ッ」
内緒事を暴露されて表情が強張る、私の大好きなキョウさんは嘘が苦手で正直者………どのような感情なのかはわかりませんが私を険しい表情で睨み付ける。
黒曜石のような瞳が波打って揺らめいている、どうにかして真実を隠そうと脳内で様々な策を練っている……キョウさんはおバカさんだから無駄ですよ、無駄な事をするより真実を私に話して下さい。
あまりにもその表情が必死過ぎて軽く喉を鳴らしてしまう、抑えようにも我慢の限界だ………つい品の無い笑い方になってしまうが許して欲しい、キョウさんは顔を真っ赤にして唇を震わせている。
普段は自由奔放に振る舞っているがキョウさんは純粋だ、バカにされれば腹を立てるし褒められれば有頂天になる……………そして男としての尊厳を踏み躙られて拘束されたら頭が真っ白になって顔が真っ赤に染まる。
真っ白で真っ赤で面白いですねェ、ふふ、だけどねキョウさん……私は苛立っています、憎しみが胸の内に重なって層になって行くのがわかる。
貴方はその愛らしい泣き顔を私以外の誰かに引き出されたのですか?
「ほら、暴れようとしないで」
「は、離せ!グロリアっ!痛いっ、痛いからっ!」
「暴れるから痛いんですよ、どうしたんですかキョウさん?いつもの様にセクハラ紛いの発言をして道化を演じないのですか?……そんな余裕はありませんか?」
「う、あ、うるさい、うるさいうるさい!」
反抗的ですね、余程ショックな事があったのか口調が幼くなっている……キョウさんは感情を自制出来るタイプだ、それなのに今日はこんな単純な揺さぶりで面白い程に反応してくれる。
腕を様々な角度に捩じらせて私の体から逃げ出そうとするキョウさん、涙目になって鼻の穴を大きくして必死だ……死に物狂いと言っても過言では無い、しかし私はそれを容易に捩じ伏せる。
力の方向性、僅かな所作、相手の表情――それらの情報を統一させて答えを導き出す………力任せのキョウさんではこの『絡まった』状況から抜け出すのは至難の業だ……涙目で必死に抵抗する様は中々にそそられる。
ああ、でもそんな事はどうでも良いです……ねぇ、焦らしていないでそろそろ教えて下さいよ、貴方を泣かせた『奴』をね。
「ああもう、キョウさん……五月蠅いなぁ」
「ぐ、ぐろりあ」
「…………キョウさん、誰に泣かされたんですか?」
「あ」
「誰に泣かされた?答えろ」
「ぐろりあ?」
「答えろ」
覗き込む、私の大好きな真っ黒な瞳を………………自分でもわからない程に苛立っている、興奮している………部下の前では決して見せない衝動に任せた行動、泣いている同世代の男の子に強制的に真実を語らせる。
キョウさんの頬に涙が流れる………その涙を誰に泣かされて誰に見せたか答えて下さい、鈍間(のろま)なのですか貴方は?それとも脳味噌がとても小さいのか……大丈夫です、鈍間だろうが低能だろうが私が大事にしてあげます。
だから答えて下さいね?………さっさと答えろ。
「ご、ごめん、ごめんなさい……」
「謝って欲しいわけじゃないですよ?キョウさん………ちゃんと私の言葉を聞いていましたか?」
「ひっ、許して、許して」
「………」
キョウさんに歪みがある事は知っていた、貪欲に求めるのに時として素っ気ない、自分の命よりも大切な人を失った人間に見られる症状………………エルフライダーの能力が発現した時の状態はそれらの要素が様々に組み合わさって表面化したのだろう。
涙を流して身を縮めるキョウさんは私の知っているキョウさんでは無い、幼い少女のように暴力に対して抵抗出来ないまま恐怖で震えている…………………トラウマで苦しんで壊れて泣き出して………これも私だけのキョウさん、誰にも譲りたくない。
衝動のままに強引にキスをする、罅割れた唇が少し痛い……強引に舌を捩じり込ませて口内を蹂躙する、視線はキョウさんに固定したまま……瞼を閉じて顔を真っ赤にして良いように扱われている、純粋な性行為を彷彿とさせる体液と肉の交流。
鼻で呼吸していないのか苦しそうに喘ぐ、そんな事はどうでも良い……泡立つ唾液が口の端から下品に流れ落ちる、必死に私から逃げようとするキョウさんを決して逃がさない……キョウさんの涙が口内に流れ込んで良い塩梅だ、もっと鳴いて泣いて。
私のお姫様、私に泣かされなさい……他の誰でも無く私に。
「ぷはっ、許してあげません」
「………ぐろりあ、舌いてぇから……もううごかせない」
「呆けてしまって、ふふ……………キョウさん、大丈夫ですよ?私が守ってあげますから………だから教えて下さい、誰に泣かされましたか?」
「ぐろりあ」
「へ?」
「ぐろりあとおなじかおをしたちいさいこ、けほっ」
「?……えーっと、ルークレット教のシスターですか?この街に派遣されていましたっけ」
「ちがう、ぐろりあ……ぐろりあだった、こころも……」
「へぇ」
腰砕きになって倒れそうになるキョウさんを抱える……………お姫様抱っこと俗に言うソレ………………情報は引き出せた、私とまったく一緒………ルークレット教のシスターは同一の遺伝子を持っているが時期や目的によって多少の違いは存在する。
私とまったく同じ………キョウさんの言葉からそれは見掛けだけでは無く『様々』なものが同一だとわかる、エルフライダーの能力は相手を『自分自身』にして自分の一部へと変化させる、相手との境界を崩して自分の精神と肉体と同一にする。
そんな人間の精神や情報を読み取る事に長けたキョウさんが『同じ』と言っているのだ………私の出生はやや複雑だ、後になって調べてわかった事だが私とまったく同じ『シスター』はこの世に存在しない、同じ遺伝子を有するシスターは確かに存在する。
そこにプラス要素で組み込まれた遺伝子が私を特別な『シスター』にした、だからキョウさんの言っている事はおかしい…………おかしいがキョウさんの言葉を信じる、シスターを生み出せるのはルークレット教だけ、私の後に開発された?
「はい、キョウさん……ねんねしましょうね」
「…………」
ベッドに寝かしつけるとすぐに寝息を立てて穏やかな表情になるキョウさん………誰がキョウさんを泣かせた?誰がキョウさんを傷付けた?―――――許さない。
そうだ!殺してあげましょう。
「取り敢えず、ルークレット教の上層部は信用出来ませんね……私の同一個体がいるとして……………ルカに連絡して………殺して」
キョウさんの涙を指で拭き取る、舐めるとしょっぱい……キスを思い出す。
ああ……キョウさん……まるで子供の表情だ、疲れ果てて眠っている……この人を泣かせた女がこの空の下にいる……私とまったく同じ存在だろうが関係無い。
泣かせた、泣かせてしまった、キョウさんを……大切なこの人を………泣いている愛らしい表情を見た?許せるはずが無い、だから私は剣の柄を撫でて嗤う――――アハハ。
「キョウさん、私のお姫様」
貴方を奪おうとする偽物の悪い王子さまは私が退治してあげますね?
出来るだけ残酷な方法で。
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