閑話32・『姉ちゃんとお買い物、そしてユルラゥの棚……別名は虫かご』

姉ちゃんは意外と乙女チックな所がある、今年で24になるが見た目は幼女だ……中身もやや幼女かな?


眉の手入れも欠かさないしお洒落な小物を好んで購入する、俺の一部の中では女子力が高い……その反面、小さな子供が欲するような玩具に興味を持つ。


育った環境がスラムのようなものだから仕方が無いと言えば仕方が無い、祟木や宇治氏の資産が有り余る程にあるので物欲をコントロールするのが大変だ。


「姉ちゃん?一つだけだからな」


「…………………うん」


人形は知っている、しかしヌイグルミはあまり見た事が無い……型紙に細かく合わせて裁断した布を縫合して綿や蕎麦殻等を内部に詰めている、動物を模して成型したものが多い。


田舎では親が木製や土製の材料に胡粉や草花の搾り汁で着彩をした手作りの人形を子供に与えるのが一般的だった、それとここにある商品はあまりに色々と掛け離れている………職人の仕事はすげぇな。


防犯目的等ででガラスケースに覆われている陳列棚をキラキラした瞳で姉ちゃんが見ている、両手をペタペタとガラスにくっ付けている……店の迷惑になるから止めなさいと口にしたが桃源郷状態の姉ちゃんには通じない。


「しかしヌイグルミって高いのな、祟木と宇治氏の貯蓄からすればそうでも無いけど……本当に一つだけだからな?」


「………クマさん、ワンちゃん、ネコちゃん、ヒツジさん」


「ちゃん付けとさん付けの明確な差を教えて欲しいぜ……時間は腐る程あるんだ、ゆっくり選びな」


「………ん、優しい」


「そ、そうか?」


姉ちゃんはすっかり俺の一部に成り下がった、互いにとってそれがベストで当たり前な事だ……姉と弟が一つになるのは当たり前だろう?姉が弟の為に機能するのは当たり前だろう?そんなパーツなのだから……フフ。


何かを買い与えるのは彼女が俺に成り下がったからだ、状況から言えば成り上がったか?手に入れた少女は強くて穏やかで勇ましい、もしかしたら他人に自慢したくなって肉体を与えてデートしているのか?


自分の思考が正常なのか鬼畜なのかはわからない、一部が多くなる程に俺の精神は拡大して蠢きを増す……姉ちゃんの魂と意識と融合したので目の前のヌイグルミが素晴らしいものに思える……ヤダヤダ、姉ちゃんの意識を弾けない。


「主よォ、あんまり物を買い与えるのは感心しねェーぜ…………特に完全に染まったばかりだ、厳しくいこーぜ」


「姉ちゃん、頭撫でていい?」


「……………ダメー」


「ちぇ」


「姉弟揃って小さな命の囁きを無視するのは止めようぜェェ?泣くぞ、本気で泣くぞ!」


「………………この子、飛んでる音がハエと一緒」


ポツリ、畔の水面のように穏やかな瞳をヌイグルミに釘付けにしたままに毒を吐き出す、身体的なトラウマを容赦無く攻撃している………艶やかで弾力がありそうな『赤ちゃん肌』を蒼褪めさせるユルラゥ。


瞿麦(なでしこ)を彷彿とさせるピンク色の髪が気のせいか萎れた感じに見える、しっかりとしたウェーブで腋にかかる程度で切り揃えられたその髪を仕方なく撫でてやる…………小さいので力を入れ過ぎない程度に。


姉ちゃんは見た目はのんびり穏やかとしているが中身は中々に攻撃的だ…………子猫だと思って近づいたら獅子だったりする………ユルラゥを具現化したのだって姉ちゃんが妖精をもっと見たいと強請ったからだ……それでコレ。


「は、ハエ、オレが………ハエェ?」


「落ち着けユルラゥ、お前はウンコに群がる習性が無いだろ?安心して良いぜ……ウンコに群がったらほぼハエだけど」


「え、こんなに愛らしいのにその一点だけがハエとの違い?」


「両手を擦り合わせて笑ってみ」


「こ、こうかな………えへへ」


「…………ほぼハエだな」


「こ、こんなに愛らしいのにっっっ!」


自分で何度も『愛らしい』と口にして印象付けようとしている汚い妖精、やっぱハエじゃねーか………肩に止まって頬を膨らませているユルラゥが可愛いのでこれ以上は責め立てない事にする。


しかし陳列棚には様々な工夫が成されている、ヌイグルミの傍に花を添えたり紙に紹介文を書いたり………その近くに何も無い棚がある、ああ、人形を置く為の棚も販売しているのか……中々に興味深い。


「………うわぁ」


「姉ちゃんは暫く思考停止状態だしな、しかし棚だけを販売か……中々に丁寧な仕事をしてるぜ……お、ユルラゥ!ここに座ってみろよ」


「あん?」


精霊棚(しょうりょうだな)にユルラゥを誘導する…………夏に行われる祖先の霊を祀る祭事に使われる精霊棚……………木台の上に真菰(まこも)のござを敷いて位牌(いはい)やお供え物を置く為の特別な棚だ。


精霊も妖精も違いなんてねぇだろう…………不機嫌そうに白くて細い素足を組んでそこに鎮座するユルラゥ、美しい瞳で本体である俺を睨み付ける…………やや吊り目がちの瞳は縹(はなだ)と呼んでもおかしくない程に明度が高い薄青色をしている。


語呂合わせの冗談に付き合ってくれるのだからユルラゥも変な所で律儀で真面目だと思う、ありがてぇありがてぇと手を擦ってお参りすると頭部に唾を吐き掛けられた……鳥の糞のようなものだ、妖精の唾…………どっちも嫌だな。


「姉ちゃん、ユルラゥに唾を吐き掛けられて傷付いたからお尻触って良い?三秒だけ、三秒だけな」


「……………ダメー」


「畜生ッ!!影不意ちゃんだったらケツ揉み放題なのにッッ!」


「ケッ、ペッ」


「二度も唾を吐き掛けられた!姉ちゃん………頼む、あるのか無いのかわからないチッパイを揉ませてくれ」


「……………ダメー」


「畜生ッッ!!!影不意ちゃんだったらチッパイ揉み放題なのにッッッ!!」


「主にとって影不意は何なんだよ」


「………むふー、これにする」


熊のヌイグルミを指差して笑う姉ちゃん、何とも無垢な笑顔に毒気が抜かれてしまう………店員を呼んで取り出して貰う、俺の格好を見て訝しそうに首を傾げたが祟木と宇治氏の名前を出すとこれでもかと言うぐらい低姿勢になる。


世間的に名が知れているのは『力』だ……ヌイグルミを受け取る、手触りが何とも言えない………モヘヤと呼ばれるアンゴラヤギの毛だ、生糸と同じ光沢を持っていて毛足が長くて通気性も良い、繊維の腰が凄まじく強い利点もある。


逆に欠点もある……………毛が抜けやすくて静電気が発生する確率が高い、短所と言えばその程度だ……南にある産地では一年に一度しか毛刈りをしない為に長い繊維を産出している、これもそこのものだろうか?


手触りが心地よい――いいな。


「………んー」


「ああ、ごめん姉ちゃん……ホラ、大事にするんだぞ?」


「………………」


「主、妖精の力で姿を消している健気なオレにも何か買ってくれよォ」


熊のヌイグルミを抱いてご満悦な姉ちゃん、太腿近くまで伸びた紅紫(こうし)の色彩を持つ髪を犬の尻尾のように左右に揺らして感情を表現している―――こんなに喜んでくれるなら買い与えた方も嬉しい。


その流れを利用して何かを買って貰おうとするユルラゥの腹黒さよ、俺は頷きながら店員を呼び寄せる。


「精霊棚(しょうりょうだな)下さい」


「かしこまりました」


「え、いらねーぜ」


「後、茄子とキュウリ下さい、割り箸を刺すんで」


「かしこまりました」


「い、いらねーぜ……つかそんなものねぇだろ!」


「ああ、ごめんユルラゥ……ホラ、大事にするんだぞ?」


「いらねぇぜ!!」


姉ちゃんとまったく同じように買い与えたら全力で阻止された。


仕方の無いハエだ。

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