第45話・『貴方の為のグロリア』
培地(ばいち)と呼ばれる安定した生活環境の中で私は体を丸めて生れ落ちる日を待っている。
炭素源・ビタミン・無機塩類………栄養素の供給源に困る事は無い………困るのは日々の時間の過ごし方だ、体に繋がれたケーブルを通して情報だけは自由に閲覧出来る。
フロート板ガラスよりも6倍以上の強度を持つ強化ガラス越しに見る世界はいつも同じモノだ、法服や白衣を纏った人物達が忙しなく資料に何かを書き込んでいる。
『……………』
「14302号は勇魔から与えられた第一使徒の遺伝子と我々の『シスター』の遺伝子を組み合わせて誕生させたものだが」
「それ故に幼少期は精神が安定しなかったようですが………第一使徒を模して誕生させた『シスター』との遺伝子の折り合いも良かった」
「しかし14302号以外の同タイプは全て破棄しましたから……人間の形になる事すら難しかった」
「上層部の命令でこの実験は終了したはずだったのに………新たに一体製造せよとは……しかも安定している」
「……新たに誕生する『最後の天命職』の守護者役を含めて番いにするとか………かの力に呼応して安定しているのか?」
「安定しているな、今までの廃棄物の予算を返して欲しいよ……上層部から渡された『改造コード』を埋め込んだのも関係しているさ」
「最初から『最後の天命職』の為に命が目覚めたんだ、他のシスターよりも生きがいはあるだろうさ、何も無い人生よりはな」
「私達よりもな」
「ははは、違いない」
軽やかな会話、自分が生み出された理由は知っている……14302号と呼ばれる特殊な個体はルークレット教の開発斑にとって一種のトラウマのようなものだ。
勇魔から与えられた第一使徒の遺伝子、その力を『シスター』に付与する事が出来ればルークレット教に逆らう異教徒を今以上に抹殺出来る……開発初期の熱狂は凄まじかったらしい。
しかし一体の成功例を誕生させるもその『ノウハウ』は見つけられなかった、偶発的に誕生した成功例……彼女は幼い時からずば抜けた頭脳と戦闘力を有していた………………他のシスターを圧倒する程に。
『………………』
しかし彼女の開発経緯は『誕生』させる事の一点のみ、自分は違う………他のシスターが全てルークレット神の使徒として誕生するのと違って『最後の天命職』にお仕えする為に生み出された。
『最後の天命職』は極秘だが既に確認されている……神からの啓示を受ける前に既に職業が決定付けられているのだ……魔法を通してかの存在の成長過程がリアルタイムで伝達される…………キョウ。
自分がまだ知らない太陽に照らされた世界で彼は熱心に体を動かしている……作物を生産しているらしい、その表情を見る度にあやふやな『生まれ』が確信に変わる……この人にお仕えする、子供を孕む。
『…………………』
教団にとってそれがどんな利益になるのか……その情報までは読み取れない、しかし関係無い……他者に与えられた目的だとしても映像を通して彼を守りたいと思っている感情は私のものだ。
開発されたのは14302号の方が先だが明確な意識を確立したのは自分の方が先だ、幼い時から『キョウ』を見守って目覚めの日を待っている……幼い彼が成長する過程を見守る内に一つの意識が芽生える。
―――――ルークレット教は彼と私を利用しようとしている、そして私は誕生した―――ああ、だとしたら、だとしたら。
『ルークレット教から貴方を守る』
「?」
「今……気のせいか……カモフラージュの為に目の色と髪の色を変えるらしいぞ、綺麗なのに勿体無いな」
「どうせ俺達のモノじゃないんだ、愛しい愛しい『最後の天命職』の為の仕様なんだから……黙って従えば良いんだよ」」
「しかし、能力の制限が『最後の天命職』に出会う事で解けるのは面白く無いな、どうせなら最後まで秘密主義で……」
「阿呆、対象を守れないだろう……能力の制限が解除されれば14302号に近い能力が得られるんだ、一人で事足りるな」
「化け物が化け物を守るなんて、それが神の意思なのか……」
「神が人工的に生み出した子供が神の子供を守るんだ、それが真実だ…………今のお前の発言は黙っておいてやる、少しは周りに気を配れ」
「ああ、すまない」
風冷強化法で作り上げたガラスは現代の文明基準から大きく逸脱している…………650~700℃まで加熱したガラスに空気を流し込んで急速に冷やす事で生成する事が出来る。
熱処理をする事で表面層と内部の密度差を与える事で応力場を形成するのだ、圧縮応力層を生成する技術は他にもあるが教団は好んでこの技術を活用している………さて、誰に与えられた知識と技術?
神とはこうも明確な技術と知識を与える存在だっただろうか?私のオリジナルはそれを口にして幽閉された過去があるらしいが……同一の遺伝子を持つ私も同じような疑問を抱いてしまっている。
「しかし今日は良く動くな……幼体のままで良いのか?」
「同行して旅をするのなら便利な方が良いらしい、まあ、小回りが?」
「それは冗談の類だろうに……言われた通り、エルフの細胞の付加は止めたぞ……これでこいつは絶対的に上に立てる」
「ああ、エルフライダーがもしも………もしも、勇魔以上の存在に成長した時に、それを抹殺する役目が……なぁに、それが無ければ子を産んで貰って幸せになぁ」
「そうだそうだ、番いだものな、幼体のままで子供が出来るかどうかは試してだ」
「そこは任せよう」
―――――抹殺?あの可愛らしくて愛らしい私の存在理由を?……成程、これは有益な情報を得た、何より……私の開発目的も理由もこの部署の人間と上層部しか知らない。
他の開発部門にも情報は伝わっていない、絶対厳守の神からの命令、だとしたら…ここに存在する有象無象が死のうが建物が消えようが組織は全力でその事を揉み消すだろう。
しかし……私には武器が無い、そしてキョウさんに会えるまで能力も最低値に設定されている、遺伝子に刻まれた呪縛はそれ以外の『解放』を認めようとしない……忌々しい研究者達め。
ゆっくりとゆっくりと計画を練る。
「14302号がエルフライダーのお目付け役になったらしい」
「はあ?………どうして?彼女は幹部入り間違い無しだろ?どうしてそんな事に……」
「わからん、上層部も認めている………14302号は独特のパイプを上層部に持っているからな……しかしそれではあまりにも」
「ああ、神の意識が乱れているとしか……これを生み出して番いにしろと仰ったのに………新たな番いを与えるとは……しかもオリジナルだと?」
「…………破棄せよとはまだ、何なのだ、何なのだっ!」
そうか、私のオリジナルが私の立ち位置を奪ったのか……よろしい、私が行くまでしっかりとキョウさんを守護しなさい、あらゆる敵から……あらゆるルークレット教の信者から……。
ピシッ、魔力を流し込んで強化ガラスに僅かな罅を入れる……………世界に誕生するタイミングは全て私が決める、あの人に出会うタイミングも全て私が決める、私の事は全て私が決める。
そこに教団もオリジナルも関係無い、自分が決めて自分が望んだ、あの人を守るのは私……愛するのも私、あの人の為に開発されたのが私………あの人と出会う為にこいつらを殺すのも私です。
くは♪
「え、罅が……」
「オイ、オイオイ」
うん、まずはここを蹴破って部屋中にある『紙の資料』を手に入れてそれで割れたガラスを包んで武器にしましょう、状況は簡単です、きっとコロスのも簡単です。
そして貴方に私は出会う、貴方の『グロリア』は偽物ですよ?オリジナルですが貴方の為に誕生したわけでは無いです、貴方の為に誕生したのは今から殺人を犯すここにいるグロリアです。
くふふ。
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